第5話 夜の散歩 ナイトウォーク

『次は終点、箱根湯本ー、箱根湯本です。お出口は右側です。お忘れ物にご注意ください』


 少し、楓と世間話をしていると、車内にアナウンスが鳴り、電車がスピードを落とす。

 数十秒後、箱根湯本の駅のホームに着いた。

 みんなが次々と電車から降りる中、楓はまだ席から立って居なかった。

 窓から外の景色に釘付けにされていて、全く動きそうに無い。

 ……と思うと、楓は数秒で窓から離れ、立ち上がり、鞄を持つ。

 

「直人、いい知らせと悪い知らせ。どっちから聞きたい?」


 そう、スカートをはたきながら俺に問う楓。


「んーじゃあ、悪い知らせから」


「そうかと思った……その、バスを逃したわ。そこ、あそこバス停なのだけど、バスが発車してった。多分あれ、ラスト」


 窓をみつめていたのは、バスを見てたからだったのか。と、納得しながら俺も楓に続いて立ち上がる。


「なぁ、どうすんの?」


 楓の横を歩きながら聞く。


「どうするもこうするも無いわ、歩いて行くわよ」


 そう言いながら、楓は自動販売機に100数円を入れる。


「そういえば、いい知らせってなに?」


 そうやって聞くと、楓は自販機のボタンを押した。


「私と一緒に歩けることよ。喜びなさい。 」


「えー?」


 そうやって少々駄々をこねると、楓は自動販売機から午前の紅茶——レモンティーを取り出しては1口飲む。


「ならいいわ。置いていくだけだから」


「その言い方、ずるっ」


 そして、俺と楓は駅のホームを出て、山道を歩く事になったのだった。


           *

 

「き、きちぃよぉ〜」


 両膝に手をつきながら、弱音を吐く。

 歩き始めてから早28分。帰宅部エースの俺の体力は極限まで磨り減っていた。そんな中、楓はスマホのライトで夜道を照らしながら歩く。


「うるさいわねぇ……」


 楓が嫌っぽそうに言うが、そんなのお構い無しに弱音を吐き続ける。


「夜道暗いし、坂道キツいし、喉乾いたし……」


「はぁ」


 楓は分かりやすくため息を吐くと、リュックから何かを取り出しては俺に向かって投げてきた。


「おっと」


 楓が投げてきたものをキャッチし、スマホのライトで照らしてみると、それは午前の紅茶——レモンティーだった。


「お、午前ティーじゃん。これ、飲んでいいの?」


 俺が顔を上げると、楓は首を縦に振っていた。


「ん、良いわよ。だって、喉乾いたのでしょう? だけど——」


 楓は何かを言いかけていたが、それを無視して楓から貰った午前ティーを飲む。

 レモンティーはほんのり甘く、それでいて大人な味をしており、今の気分では最高の味であった。


「ぷっはぁ〜! 楓、サンキュな、生き返ったよ」


 楓に向かって親指を立てると、楓は腕を組んで立っていた。

 その顔は何だか少し、不機嫌そうな顔をしていた。


「しっかり、人の話を聞きなさいよ……ばーか」


 何も知らない俺は、楓に聞いた。


「ごめん、なんの事だ?」


 すると楓は顔を赤くしながら


「いや、その……そのレモンティー、さっきの私の飲みかけ……よ? …………良かったじゃない。ファーストキスが私で」


 そうして、強がっているように見える楓だが、俺には分かった。

 そう、楓の耳たぶ、真っ赤である。

 多分、凄く恥ずかがっているのだろう。

 その姿を見て、俺は少し懐かしい気持ちになった。


「だね。ファーストキスは、レモンティーの味だね」


 そして、真夜中の箱根の山道には——


「直人のばかっ! 照れるじゃないっ、そう言うのはよしなさいよっ! バカバカバカバカっ! ばーかっ!」


 と言い、歩くスピードを上げた楓と、


「ごめん、ごめんって!」


 と言いながら楓を追いかける俺がいた。

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虐められっ子の雨女さんは今日も綺麗。 無名の猫 @mumeineko

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