第31話

そこからは和やかに時間が過ぎていった。公爵家で魔力を回復させた後、私達は一番近い場所にある精霊の泉に向かう事に決めた。


「ねぇ、ブラッド。確かここから一番近い精霊の泉は王都外の森だったわよね?あれは今、どうなっているの?」


食事を終えて私達は部屋でくつろいでいる。


「あぁ。今は汚されて精霊達はいないようだ。俺一人では何にも出来なかった。ラナと一緒なら精霊の泉を復活させる事が出来るかもしれない」


精霊の泉は少ないながらも各国に何カ所かあったはず。精霊達は何処へ行ってしまったのかしら。

私達は神官ではないから精霊がどこに居るのかは分からないけれど、泉には魔力と共に水が滾々と湧き出ていた記憶がある。魔法使いが居なくなって泉を管理しなくなったから枯れてしまったのかしら。気になるけれど、今は二人とも休むしかない。


のんびり二人でお茶を飲んだ後、ブラッドは自室に戻り私はそのまま眠りについた。


翌日、一応城には夜のうちに精霊の泉に行く事を知らせておいたのだが、早朝にも拘わらず王太子が公爵家へと訪れ公爵達が慌てていたわ。

ツィリル陛下が一緒に泉の調査に行きたがっていたけれど、政務が忙しくて抜けられなかったようだ。


陛下は代わりにアレフィオを派遣させようとも考えたけれど、高齢のため断念。別の政務官を同行させようと思っていたところイーヴォ王太子が一緒に見てみたいと公爵家に突撃する事になったようだ。


「イーヴォ王子体調は万全ですか? 森に入りますから魔物に狙われるかもしれませんよ?」

「ラナ様、私なら大丈夫です。魔法もある程度は使えますし、魔獣討伐にも参加をしていますから自分自身の身は自分で守ることが出来ます」

「そう、分かったわ。では行きましょう」


そうして私達は公爵家の用意した馬車で森の近くまで行き、そこから泉まで歩いて向かう事にした。もちろん王太子には護衛が三人ほど付いてきている。

イーヴォ王太子を見ていると若かりし頃のツィリル陛下を見ているようで微笑ましいわ。


護衛三人はきっと王太子を止める役なのだと思う。




私達は鬱蒼とした森をひたすら歩く。心配していたけれど、魔物の姿は見られない。


「ラナ様、まだ遠いですか?」


森を歩くのに飽きてきたのかイーヴォ王太子が聞いてきた。


「もう少しよ」


精霊の泉近くまで歩いてきてはいるけれど気配が感知出来ない。ほとんど私とブラッドローの感だけが頼りね。ここだと思われる場所を確認して探し回った後、一つの小さな泉を見つける事が出来た。


精霊の魔力を感じる事のないただの小さな湧き水に見える。


「ブラッド、これは不味いわね」

「あぁ、そうだな」

「何が不味いのですか?」


興味津々で不思議そうに聞いてくる王太子に微笑ましく思う。


「何百年も魔力を注いでいないから只の湧き水に戻ってしまっているの」

「それが何故だめなのですか?」

「魔力の無い泉には精霊は宿らないの。精霊が私達を祝福してくれると今持っている自分の魔力を何倍にも増幅させたり、魔獣討伐に力を貸してくれたり、そうね、大地を潤す手伝いをしてくれたりするわ。そうすれば災害が起こりにくくなるわね」


「いいこと尽くめですね。なぜ泉に魔力を流し続けなかったのか」

「それは精霊達に祝福された魔法使いが居ないからよ。ただ魔力を流すだけでは何も起こらないわ」

「ではもうこの精霊の泉は復活する事が出来ないのですか?」

「だからこうして私とブラッドがこの泉に来たの」


ブラッドは生まれ変わってからは魔法使いの師匠から祝福を受けていないけれど、前世の祝福を受けたままで生まれ変わった。私の影響もあるかもしれないけれど。


「私達は精霊の祝福を受けているから多分元に戻すことが出来るわ。イーヴォ王太子、それに護衛の三人は少し下がってちょうだい。それと、私達は魔力を泉に注いでいる間、魔物が現れるようなら退治してちょうだい。わかったわね?」

「ラナ様、分かった」


王太子はそう言うと、護衛と下がり周りに敵が居ないか確認している。


「ラナ、大丈夫か?」

「もちろんよ。私だってこの長い年月を何もしてこなかった訳じゃないわ」


私は詠唱し、いくつもの魔法円を一度に浮かび上がらせる。首だけの時には研究のために一つの魔法円を出す事しか出来なかったけれど、今は問題ない。


神の力を借りる魔法円、精霊を呼ぶ魔法円、魔力を泉に馴染ませる魔法円、それを定着させる魔法円など古代の魔法円を読み解き、新たに作った魔法円のお披露目ね。


「流石ラナだな」


ブラッドローはフッと笑みを浮かべた後、私の作った魔法円に魔力を流し込む。

私も同じように流し込み、精霊を迎えるための言葉を口にする。言葉は魔法使いが居た時代でも古語とされ、教会の精霊が見える神官のみが話していたわ。


もちろん私は王族なので資料を覗き放題だったし、神官と話す機会も言葉を覚える機会もあったの。


泉の上に一筋の天からの光が差し込む。

神は私の言葉に反応をしてくれたみたい。

徐々に魔力が集まってくるのが分かる。


そうして魔法円全てが淡い光を帯び、魔法円によって集められた力が泉に魔力がポタリポタリと雫のように落ちていく。小さな湧き水はポタリと光の雫が落ちる度に淡く光り、少しずつ大地に染みこんでいく。

染みこんだ光の雫が波紋となり、徐々に光が増え湧き水自体が輝きを取り戻し始めた。それに引き付けられるように森のどこからともなく光の玉がフワリと集まり始めた。


「……凄い。奇跡だ」


護衛に誰かがそう呟いている。


そうして私とブラッドローは自分の持てる魔力を全て泉に注ぎ終わる頃には精霊の森と言っても過言ではないほどの光に包まれていた。

普段は私達でも見ることが出来ない精霊もこの時ばかりは姿を現わしてくれたらしい。魔力の満ちた泉に喜ぶように飛び回っているわ。


「これで大丈夫だと思うわ。これからはこの場所を管理しないといけないけれどね。イーヴォ王太子、頼めるわよね?」

「えぇ、勿論です!ここは王領なので道を作り、きっちりと管理させます。ですが泉はどのように管理していけば良いのですか?」

「後は魔力持ちが定期的に泉に手を付けて魔力を流し込むの。祝福を受けなくても当面の問題はないわ。では帰りましょうか」


私達がそう言うと、二人の護衛が先頭に立ち、木々を切り倒しながら進んでいく。どうやら次回、迷う事なくすぐに来られるよう道を大きく作っているようだ。ブラッドローの魔法であれば木々を食べつくして道を作るのも簡単なのだけれど、今は二人とも魔力がスッカラカンなので護衛達の後に続くように歩いていく。

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