第30話
「どうしたんだ?」
「いえ、昔と変わっていないなって思っただけ。昔も貴方の家の庭は訓練場になって中庭は無かったもの」
「そうだな。俺が魔法練習をしていると勝手に庭が消えていただけだが」
「あの時、夫人はいつも怒っていたわね。お茶会でも話題になっていたわ。でも、それを許してしまうほど愛されていたのよね」
「母はいつも怒って俺を追い掛け回していたのが懐かしい」
雑談をしながら私達は執務室へと歩いて部屋へと入った。
「父上、只今戻りました」
ブラッドローの言葉に公爵は執務の手を止めて私に視線を向ける。
「そちらのお嬢さんは?」
「彼女はラナ。ラナ・トラーゴ・オリベラ。この国の王女であり、私の生涯の伴侶です」
公爵は驚いて羽根ペンを床に落としてしまった。
「か、彼女が陛下に認めさせて婚約者となった人物か……?」
「あぁ。俺の伴侶。ラナ以外は興味の欠片もない」
驚く公爵の横で相変わらず口数の少ないブラッドロー。興味の無い事にはあまり話す事をしないのは昔から変わっていないわ。
「ホヴィネン公爵、ブラッドローから紹介がありました。私の名はラナ・トラーゴ・オリベラ。年は千二百歳くらいかしら? ブラッドローとは転生前に婚姻を約束していた仲だったのです。ブラッドは生まれ変わってから私を迎えに来てくれたのです」
「千二百歳……。ブラッドローが生まれ変わった……」
「驚くのも仕方がないわ。彼も精霊の祝福を受けた魔法使い。生まれた頃から前世の記憶があったのではないかしら?」
「あぁ、あったな。すぐにラナを迎えに行きたかったが、今の時代がどういう状況なのかさっぱり分からなかったから勉強をしなおしたさ。そしてラナの身体を探し回った。迎えに行くのが遅くなってごめん」
「ブラッド、また会えただけでも私は嬉しかった。こうしてまた側に居られるなんて夢のようだもの」
私達が見つめ合った時にコホンと咳払いが一つ。
「ブラッドロー。詳しく聞かせてほしい」
ブラッドローはかなり端折っていたけれど、私の神託の話や、これから禍の元凶と対峙する事、精霊の泉の話を公爵にしていた。
公爵はうーんと唸りながら無理やり納得しようと髭を撫でている。
「で、ブラッドローはその後、どうする気だ? フローラ王女はブラッドローの事を諦めていないそうだ」
ブラッドローは鼻で笑った。彼の事だフローラ王女の事なんて気にもしていないのだろう。
どうやら王妃としてはフローラ王女とブラッドローを結婚させたかったらしい。
ブラッドローは次男なので継ぐ物はないのだけれど、侯爵位を新たに作り、夫婦で領地を治めるように考えていたのだとか。
「兄が家を継ぐのだし、新たに侯爵の爵位を受け賜わるのであれば弟がフローラ王女と婚約すればいいだろう。俺は全てが終わった後、ラナと共に旅に出る」
「フローラ王女の事はともかく、お前は生まれた頃からずっとそうだったな。周りには奇異な目で見られていたのに私達は何も出来なかった。家族としてもっと支えてやれば良かったといつも後悔している。ラナ様は神託を受けているのだろう? お前が全力で支えてやりなさい。そしていつでも家に帰って来なさい。此処がお前の家なんだから」
「父上、ありがとう」
そうして私達はブラッドローの父と少し話した後、執務室を後にした。夕食は久々に家族で摂りたいと食堂へ呼ばれた。
食堂には公爵と夫人、長男のファランと末弟のロダンが既に座っていた。食事は和やかに始まったが、よく観察していると、誰もがブラッドローに気を使っているような感じがしたわ。
やはり家族とはいえ過去の記憶のあるブラッドローはこの家には異質なのかもしれない。
それは私にも言えることだけれど。
「ラナ様、ラナ様にとって兄はどんな人なのですか?」
弟のロダンは不思議そうに聞いてきた。そうよね。突如として現れた私。どういう関係なのかも知らないもの。
「そうね、ブラッドは私の最愛の人よ? ブラッドは随分昔からとってもやんちゃばかりしていたの」
「やんちゃ?兄上が?」
「えぇ。随分と昔よ? 魔法の練習が苦手だと言って家庭教師から逃げ回ってブラッドのお父様に雷を落とされた事だってあるのよ?
ここの庭の半分を訓練場にしたのもきっとブラッドのせいよね? 魔法を得意気に使って庭を消滅させた事もあるわ。訓練場が小さいってね。大昔の話だけれどね」
今の公爵夫妻が知らないブラッドの過去。
本当ならやんちゃなブラッドの成長も見てみたかったのかなとも思ってしまうわ。だって私がこうしてブラッドの話をすると夫人は少し羨ましそうな、でも子供の事が知れて嬉しそうな顔をしているもの。
「兄上はそんな姿を僕に見せた事がないです。いつも兄は寡黙だけど、僕達に魔法を教えてくれるし、とっても優しいんだ。でもやんちゃな兄上を知っているラナ様が少し羨ましい」
「でも、生まれてからずっとここでブラッドは暮らしているわ。やんちゃな事を知らなくても、兄弟思いで魔法を教えてくれる優しい人なのでしょう? ブラッドを十分知っているじゃない。それともやんちゃではないだけで家族ではないと否定されるような薄い家族愛なのかしら?」
私のその言葉にロダンはそうだねと納得しているようだ。そしてブラッドローの兄や夫妻もその事に気づいたのかもしれない。
夫人は『そうよね』と呟きながらワイン飲んでいる。家族である事には間違いないのだからもっと気を使わなくても良いのだと思うわ。お互いにね。
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