第29話

「ブラッド、折角海辺の街に来たのだし、街を見てから帰りたいわ」

「そうだな。二人で街を歩くなんていつぶりだ」


私はブラッドローと手を繋いで港の方へと歩いていく。港には船が沢山戻ってきているようだ。

「漁から帰ってきたみたいね。市場に行ってみたいわ」


私の言葉にブラッドローは頷き市場へと歩き始めた。


先ほどの広場とは打って変わって市場は沢山の人が行きかいとても賑わっていた。初めて見る光景にとても興奮したわ。そして、歩いていて気づいたの。すれ違う人達が私を見ている。


「ブラッド、みんな私を見ているわ。……あっ!そういう事ね」


私は自分の服を見て気づいた。市場で行き交う人達と自分の服が違う事に。私は千年以上前のドレスを着ていたわ。結界が張っていたとはいえ少しだけボロボロになっている。


「ラナ、気にしなくてもいいんじゃないか?ラナはどんな姿だろうと美しいのに代わりはないからな」

「もうっ。私だって恥じらいのある乙女なのよ? どこかで服を買いたいわ」


ぷりぷりしながら私は目に入った服屋に入る。平民の服はあまり分からないけれど、すれ違った人達が着ているようなワンピースとブーツなら自分で着替える事が出来そうだわ。

店員にお勧めを聞いてすぐに着替えさせてもらったのは言うまでもないわね。

店員も私の服装から貴族だと思ったようで着替えを手伝って欲しいと言えばすぐに手伝ってくれたもの。

首だけになる前も少しは自分でやっていたのよ?塔に篭る事が多かったから。

侍女にはいつも叱られていたけれどね。


そうして服を着替えて市場巡りを再開したの。着替えた服は? って? もちろん塔に魔法で送ったわ。

市場は魚が沢山並べられていたし、一緒に野菜や果物も売っていてとても賑やかだったわ。

少し離れた場所には焼いた魚をパンに挟んで売っていたの。おじさんはこの街の名物だって言っていたから買ってみた。


ナイフで切って食べないのか聞いてみたらこのまま齧り付くんですって! 驚いたの。ブラッドローは気にせず大きな口を開けて食べている。

私も覚悟を決めて齧り付くと、とっても美味しかったわ! 香草の香りで焼いた魚が上品でパンの小麦の香りと相まってとても美味しい。これは確かに齧り付いた方が美味しいわ。


「ブラッド、美味しいわ」

「あぁ、美味いな。こうして美味いと思うのは千年ぶりだ」

「どうして? 生まれ変わった先の公爵家では美味しい料理をいつも食べていたでしょう?」

「俺はラナが首だけになった時から食べ物の味がしなくなったんだ。これは生まれ変わった後も同じ。俺はラナが居なければ弱い存在だ」


ブラッドローはそう言いながら私の口元に付いたソースを指で取る。


「ブラッドが殺されたと聞いてからの数百年間、私は半狂乱で心を病んでいたわ。その時の記憶は殆ど無いもの。けれど、きっとブラッドが私を迎えにきてくれるって信じていたの。もう離れたくないわ」

「あぁ。俺もだ。早く神託を片づけてラナと余生をゆっくりと過ごしたい」


私達はそれからずっと寄り添い市場を見て周った。初めての経験に驚きながら幸せをかみしめる。

夢じゃないよね、って何度も確認する。


そうして街を観光した後、塔へと戻る。


行きはブラッドの魔力を使ったけれど、帰りは私の魔力を使ったわ。


久々に制限の無い事が嬉しくて仕方がない。本当ならすぐさま敵と対峙して終わらせたいけれど、こちらも準備が必要なの。


それに精霊の泉が今どうなっているかも気になる。


「ラナ、ツィリル陛下に戻った事を言わなくてもいいのか?アイツ心配していたぞ?」

「……そうね。会いに行くとしましょうか」

「身体が戻ったんだ。これから食事は必要だろう?俺の家に来ればいい。塔は何もないからな」

「お家に行ってもいい? ブラッドのお父様に叱られないかしら?」

「ははっ。今更だ」


私達はとりあえず塔の入り口まで来たのはいいけれど、先にツィリル陛下の元へ向かう事にした。本来なら用事の無い者は城に入る事は出来ないけれど、ブラッドローは今、公爵子息。身分を明かすとすぐに騎士がツィリル陛下に連絡を取りに行ったわ。 

その間に私は城の中を見回す。


「お城って私が居た頃とは全て違うのね」

「建て直しはしたんじゃないか?」


ブラッドローはあまり気にした様子はない。


「お待たせ致しました。陛下は只今執務を行っています。執務室で会うと仰られておりますのでご案内致します」


そうして私達は騎士に案内されてツィリル陛下の執務室へ入った。


「!! ラナ!!」


私の姿を目に映したと同時に立ちあがったツィリル陛下。


「ツィリル陛下、ごきげんよう」

「身体が、身体が元に戻ったんだ。おめでとう。魔力はどうなの?」

「えぇ。おかげ様で元に戻ったわ。報告がてらここに寄ったの」

「……そうか。寄ったという事は、これからすぐにどこかへ行くのかな?」

「とりあえず塔には休む場所がないからブラッドローの家に滞在予定よ」

「城ならいくつも部屋が空いているし、使うといい。ラナ一人くらい養うのは問題ないし、この国の始祖なのだから」

「ふふっ。始祖って。そうね。暫くはお城で過ごさせてもらうわ。でも、今日はブラッドローの家に滞在すると話をしてしまったから二、三日過ごした後、戻ってくるわ」

「……分かった。待っている」


少し寂しそうなツィリル陛下だったけれど、快く送り出してくれたわ。このまま城に滞在してもよかったけれど、公爵に挨拶しなければいけないと思っていたから伝言を飛ばしていたの。


そうして二人で公爵家の馬車に乗り、ホヴィネン家へと向かった。


「坊ちゃま、お帰りなさいませ。旦那様がお待ちです」

「あぁ。すぐに向かう」


ブラッドローは笑みを浮かべる事もなく、私をエスコートしながら執務室へと向かう。どうやら二階に公爵の執務室があるようだ。廊下を歩いていると、窓越しに見えた中庭は半分訓練場になっていた。


それを見て私はクスリと笑ってしまう。

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