第14話

ツィリル王子と出会って十年程経ったのかしら。王子はすっかり大人びている。一時は魔獣による怪我で王太子となるのを危ぶまれていたけれど、今は立派な王太子となったようだ。

十四歳ごろから王宮で少しずつ魔法を使って魔獣討伐に本格的な参加をしていき、公然の秘密として王子は魔法が使えるのだと周知していたらしい。そして成人になる十八歳の時に魔法が使える様になったと公表したわ。


世界に激震が走った。


魔法が使える様になった事も魔法円を使い、回復薬を作る事も。一般人なら騙されている、詐欺だと馬鹿にされて終わりだったが、なんせ一国の王子が魔法を使う事が出来ると公式に発表したのだ。


それは凄い事だった。


そして婚約者を決めていなかったツィリル王子は令嬢達から追われる事になった。もうこの頃には様々な魔法が使える様になっていたので姿を眩ませたり、変装したりして令嬢達から逃げていたようだ。


それならさっさと婚約者を決めればいいのに、と思わなくもない。


ツィリル王子は結婚に興味はないらしく、五歳下の弟が王太子になればいいとさえ思っているのよね。

どうやら弟には王子から魔力循環を幼い頃から教えていたみたいで弟の方が魔力の量は高いとぼやいていたわ。十歳過ぎてから少しずつ魔法を教えたと護衛騎士は言っていたわね。


そうして逃げ回る事一年。

乳母がついに私に泣きついてきた。婚約者が決まらないと。


「そうねぇ、そろそろ此処に来る年齢では無くなったわ。後は彼が自分で頑張るしかないわね」


魔法使いや魔女の弟子は本来幼い子を引き取り、成人するまで育て上げた後、放逐するのが決まり。

王子は弟子とは少し違うけれど、私なりに教えてきたつもりよ?

そろそろ独り立ちする時期なのね。感慨深いわ。


「今度、王子を連れてここに来なさい。何も話さなくてもいいわ」


乳母には魔法使いの独り立ちについて話聞かせた。これから王太子となって国を支えていくためには立派な嫁が必要だ。聖女では駄目だと乳母には釘を差しておいた。もちろん乳母も聖女は婚約者候補に入っていないと言っていたので一安心だ。


何故聖女では駄目かって?

だって腐っても王族よ?

魔法について学んでいたなら分かるはず。魔力の弱い聖女を娶れば次代は魔法が使えなくなる可能性だってある。

前聖女が怪我をした時に何日も掛けて怪我を治すなんて魔力は殆どないと言っているようなものだもの。


最低限貴族である事が必須よね。


昔から貴族は貴族同士で婚姻するのが定番で乳母に聞いてもそれは今も変わっていないようなの。髪の毛の色も上位貴族ほど濃い色をしているようだ。

今は護衛騎士にも頼んで聖女がツィリル王子と面会するような事態になることを避けているらしい。

国民からすれば魔力の使える王子と癒しの聖女でお似合いなのでは? と話が出ているらしい。知らない人達からすればそうよね。そうして乳母から相談を受けた一週間後、王子はいつものように私の下へとやってきた。


「ラナ! 今日は新しい魔法円を考えたんだっ! 見てよ」


そうして魔法円だけ浮かび上がらせる。どうやらこの魔法円があれば対の魔法円に物を移動させるという物だ。物理的に。


「これは、却下ね。この物理的に飛んでいく魔法円は危険よ。スピードが出れば移動させる物は衝撃で壊れるし、飛んでいる途中で人にぶつかる可能性があるもの。でも、発想はいいわ。羽根を付けて対の魔法円まで飛ばすとか工夫は必要ね」

「やっぱりラナ!僕の魔法円を見ただけですぐ分かってくれる」


こうして嬉しそうなツィリル王子を見ていると小さいころから変わらないのね。


「ツィリル王子、今日は大事な話があるの。そこへ座ってちょうだい」

「なぁに、ラナ?」


王子はにこやかに椅子へと座ってこちらを見ている。そこに私は髪の毛の先で王子の額に魔法円を描いた。


「ラナ?何をしたの?」

「ツィリル王子、よく聞きなさい。貴方はもう立派な大人になった。そろそろ独り立ちをする時期になったの。儀式をしていないので正式な魔法使いではないけれど、魔法使いと同様の技術と知識を得ているわ。

ここへ来るのはもう今日が最後なの。

自分のやるべきことを後はやるだけよ? 頑張ってね」


私がそう言うと、王子は今にも泣きだしそうだ。


「嫌だ。ラナ! そんな事を言わないで。僕はまだラナと一緒に居たい。ラナと過ごしたい。首だけでもラナの事が大好きなんだ。ラナを伴侶とするためなら弟が王になっても問題はないんだ」


大きく成長したツィリル王子は私に駆け寄り、ぎゅっと私を抱えた。小さな雷を落として王子に離れる様に仕向ける。


「大丈夫よ。ツィリル王子は立派な王になれるわ。私が太鼓判を押してあげる。さぁ、戻りなさい。もう決して此処にはこないように」


私がそう言うと、護衛騎士も乳母も涙を流しながら礼を執っている。嫌がる王子にいつものように風魔法で塔から追い出し、扉に魔法を掛けた。


今の王子では開けることは出来ないだろう。


そして王子は徐々に私の存在を忘れていく。そう魔法を掛けたのだから。

少し寂しいけれど、弟子としてきっちりと巣立って貰わねばならない。


そうして私は魔法を使ったため、眠りに入る。


少し特殊な魔法を使ったせいかいつもより長い眠りにつきそうだ、と思いながら。

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