第4話

 どれくらい日にちが過ぎたのだろう。


 ――ドンドンドンドンッ


 いつもより大きな音で扉を叩く音がする。


 寝ぼけ眼で私は返事をして扉を開けると、そこには眼帯をしたツィリル王子とハンカチで目を拭っている姿の乳母が部屋に入ってきた。


「あら、どうしたの? 怪我なんかして。首飾りは効果がなかったのかしら?」


 私が声を掛けると、ツィリル王子は糸が切れたように泣き出した。


 泣くのをずっと堪えていたのだろう。嗚咽を上げて泣いている。


 魔獣討伐で何があったのかしら?


 よく見ると魔石の付いた指輪もそれを付けていた指もない。欠損しているわ。


 ツィリル王子が泣き止むまで私は待つことにした。王子は一頻り泣くと、説明をはじめた。


「一月前に行った魔獣討伐で怪我をしたんだ。僕が父上から聞いていた話では騎士達が魔獣を倒す様子を見ているだけでいいと。将来王として騎士達の姿をしっかりと見ていなさいと言われていたんだ」

「まぁ、その年ではそうでしょうね」


 こんな小さな子を最初から討伐の人員には配置しないわね。


「王都から馬車で三日ほど南に行った所で村に到着し魔獣を討伐する事になっていたんだ。僕はラナとの約束もあったし、騎士団長に言われるまま討伐する騎士達を見ていた。聖女と一緒にね。

 騎士達だけで魔獣三頭を討伐して撤収する時に大きな魔獣が現れたんだ。


 騎士団長は咄嗟に大声で叫び退避するように命令した。


 だけど、その命令に間に合わずに騎士達が、騎士達が魔獣に攻撃されて一杯怪我をした。

 僕、怖くて見たくなかった。


 僕も王子だから。ちゃんと最後まで戦う、目を背けないって決めて騎士団長の後ろで剣を出していつでも戦えるようにしたんだ。

 するとね、魔獣が聖女に気づいて走ってきた。

 聖女は、聖女は、僕を盾にしたんだよ!! 酷い。酷いよね。僕だって怖いのを我慢していたのにっ。うわぁぁぁん」


 ツィリル王子はまた声をあげて泣き始めた。


 王子の話ではいまいち伝わらなかったので乳母に説明を求めた。


 乳母は騎士団長から報告で知ったらしいのだが、どうやら聖女は自分が魔獣に狙われていると気づき、幼いツィリル王子の方向へ走ってきたようだ。


 そして自分が逃げるためにツィリル王子を盾にしたようだ。


 魔獣はツィリル王子に攻撃をした時、王子の首飾りが光り、攻撃を弾いたのだとか。


 聖女は王子が攻撃されるのを見た後、走って逃げ去ってしまった。


 魔獣は残された小さなツィリル王子に興味を持った。

 何度も執拗に王子に攻撃を与え、王子は恐怖とショックで動けないでいたのだとか。


 その間に騎士団長が残った者達と殿下を守るように叫びながら魔獣に斬りかかっていたようなのだが魔獣はツィリル王子しか興味を示さなかったらしい。


 魔獣徐々に首飾りの効力が無くなり、もう駄目だと思った時にツィリル王子は指輪を思い出して【炎よ噴け】と呪文を唱えた。


 指輪から業火が魔獣を包み込んだ。


 ツィリル王子は唸り声と燃えて苦しんでいる魔獣を見て気を抜いたようだ。


 魔獣は死ぬ直前に最後の一撃を王子に食らわせて燃え尽きたのだとか。その時に目と指を持っていかれた、と。


 乳母は我が事のように苦しそうに教えてくれた。


「……で? 聖女はどうしたのかしら? 聖女がいれば怪我なんてもう治っているでしょう?」

「それが、今代の聖女様は逃げた先でも魔獣と鉢合わせをしてしまって大怪我をしてしまい今、次代の聖女様が治療中なのです」


 ……?

 どういう事かしら?? 

 今も治療中……?

 治癒魔法ってそんなに時間の掛かるものだったかしら?


 確か王子は一月前に行ったって言っていたわよね?

 私の中で疑問が浮かびっぱなしだ。


 どういう状況だったのだろう?


 王子がこれだ。騎士達はもっと怪我をしたまま放置されているのではなかろうか??

 治癒魔法以外にも方法はある。


 もしかして、回復薬なども存在しないのかしら?


 そうか、魔力を込めないと出来ないからか。

 魔法が使えなくなった弊害は色々と出ているようだ。


 怪我が増えれば騎士の数が減る。


 常に騎士達はギリギリで戦っているのだろう。聖女も次代の聖女も魔力は少ないのだろう。


 とにかく、今、王子達を助けるためにはどうしたら良いのだろうか。私は暫くの間考えを巡らせる。


「ツィリル王子、こっちへ来なさい。そしてそこの乳母、今から必要な物を言うからそこの紙に書き取り、用意しなさい」


 ツィリル王子は泣き止むと私の前まで歩いてきた。乳母は机の上にあった羽根ペンと紙を取り、黙って一つ頷いた。


「ギャルの葉五枚、ジャーロの実三粒、ファルファロの葉十枚、アントスの花粉三輪分、モーナの花十本。これが一人分の量ね。これをまず二十人分用意出来るかしら?」


 乳母は掻きながら困惑気味だ。どうしたのだろう?

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