第3話
私は気まぐれにツィリル王子の乳母に視線を向けてみる。
彼女はまだ青い顔をしているけれど、王子が気さくに話し掛けている様子を見て震えは止まっているようだった。
【治癒】久々に魔法を言葉にしてみる。
すると乳母はホワリと優しい光が一瞬包みこんだ。
「ラナ!! 今のが魔法か!? なんだか聖女が使うような感じだったぞ!?」
「そうね。そこの侍女兼乳母にどうだったか聞いてみればいいんじゃない?」
王子が乳母の方に視線を向けると、乳母は目をパチクリさせている。
「グリーヌ、どうだった?」
「ツィリル王子様、こ、腰と膝の痛みが無くなったのと、手の荒れが、綺麗になっていますっ」
「おぉ! 凄いな! ラナ! 有難う!」
ツィリル王子は興奮していた。
「さて、魔法も見せてあげたわ。ちょっと聞きたいのだけれど、王子はどこまで歴史を学んでいるのかしら?」
「僕はちゃんと勉強しているからなっ」
そうして王子はエッヘンと聞こえそうなほど自慢気にこの国の歴史を話しはじめた。
シャヌール国になって四百年程度。
シャヌール国になる前までは隣国と諍いも多々あったようだが、国が負けて隣国の王族の血を受け継ぐ人間が嫁いできたらしい。
それを機に国名を改めて隣国とも同盟関係になるほど良好な関係といまではなっているのだとか。
王族の血筋自体は千年近く続いているらしいけれど、古すぎて書物がないのだとか。
暦を聞くからにその時代まで遡る事は出来るのね。歴史書と王子の話を繋ぎ合わせながら過去の出来事を記憶に取り込んでいく。
けれど、シャヌール国より前にはもう魔法は存在しない、過去にあった遺物として捉えられているようだ。
ある程度過去の話を聞いた所で今日はお開きにした。
もっと魔法を見たいと駄々をこねる王子を魔法で塔から追い出した。
やはりこれだけ魔力を使うと今は疲れが酷い。分かっているけれどね。
身体が無い分、魔力量が少ないことで起こる疲れ。
すぐにベッドへと飛び込んで目を瞑った。
――コンコンコン
勢いよくノックされて私は寝ぼけ眼で扉を開ける。すると元気よく部屋に入ってきたのはこの間の人物だった。
「ラナ! 今日も来たぞ。ほらっ、レースのなんだっけ。これも持ってきたぞ」
ツィリル王子はそう言うと、私にレースが付いた布当てのような物を取り出した。
「これは何かしら?」
「これはだな、今、令嬢たちの中で流行っている帽子のようなものらしい」
「ツィリル王子、ヘッドドレスです」
乳母がそう後ろから助言している。
「可愛いわね。でも、私は手がないから付ける事が出来ないわ」
「乳母にしてもらうから大丈夫だ」
ツィリル王子はなんだか嬉しそうに言っているが、乳母は怖くて仕方がないに決まっている。
震える手で私の髪を纏め、ヘッドドレスを付けてくれた。どうやらこの間のお礼らしい。乳母の手作りなんだとか。
「有難う。嬉しいわ」
「似合っている。ところでさ、ラナ。相談に乗ってくれるかい」
「内容にもよるわ」
私は魔法で取り寄せた手鏡に映る自分を確認しながら曖昧に王子に返事をする。
「僕がここに来た理由なんだけど、僕、王子だからさ、今度魔獣の討伐に行くんだ。僕でも使える魔法ってある?」
王子の説明では分かったような分からないような部分があったので聞き返すと、乳母が詳しく説明してくれたわ。
どうやら今度の魔獣大規模討伐に王子も指揮官として参加しなくてはいけないらしい。
彼は王族であるため魔獣と直接戦闘する訳ではないけれど、何が起こるか分からないのだとか。
乳母としては身を守る方法があれば教えて欲しいようだ。
王子としては魔法で討伐に参加したいのだとか。
「まぁ、ツィリル王子が今すぐ魔法を使うのは無理な話ね。でも、方法が無いわけじゃないわ。そこの棚の引き出しを開けてちょうだい」
私は視線を向けるとツィリル王子は興味深そうに引き出しを開けた。
「指輪や首飾りが一杯ある。どれ?」
私は指輪と首飾りを一つずつ宙に浮かせて自分の下へと持ってきた。
そして指輪を私の毛に絡ませてから指輪の魔石に魔法を送り込む。
魔石はポウッと赤い光を帯びた後、ルビーのような赤い魔石の指輪が出来上がった。
「ツィリル王子、指輪と首飾りを交換してちょうだい」
「!! う、うん。わかった」
王子は私が何をしたのか分からず戸惑っているようだが、素直に髪から指輪を解き、首飾りに髪を絡ませた。そして手を離す。
「出来たぞっ」
私は王子がしっかり髪に絡ませたのを確認してから首飾りに魔力を流しはじめる。
今度は薄い黄色味がかった光がネックレスを包み、次第にネックレスの魔石が薄い黄色味を帯びていく。
「さぁ、出来たわよ。これを肌身離さず持っていなさい」
「ラナ、これはもしかして魔法が入っているの?」
ツィリル王子は恐る恐る聞いてきた。
「そうよ? ツィリル王子を見ていると、剣もまだ使えそうにないわね。乳母の言った通り今回は見学に撤しなさい。
討伐はまだ無理よ。もしも、万が一、魔獣が襲ってきたら指輪を魔獣に向けて【炎よ噴け】と言いなさい。
一度だけなら指輪が助けてくれるはずよ? 首飾りは常に付けておきなさい」
「分かった。首飾りは呪文ってあるの?」
「無いわ。ただ着けるだけでいいわよ」
「わかったよ。ラナの言う通り今回は討伐を見ているだけにする。ラナ、有難う」
ツィリル王子は嬉しそうに指輪と首飾りを眺めた後、早速着けていた。
乳母に似合う? と何度も聞いている姿はまだまだ子供ね。
「さぁ、もう帰りなさいな。ここに長く居るのは良くないわ。ではね」
私はいつものようにツィリル王子と乳母を風魔法で追い出し、バタンッと扉を閉める。かなり魔力を使ったわ。
……当分深い眠りに入りそうね。
私はあくびをしながらベッドに転がり目を閉じた。
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