第2話

――コンコンコン――


勢いのあるノック音に目を覚ました。


「だぁれ?」


私は扉を魔法で開けると、そこに立っていたのはツィリル王子だった。今日は乳母らしき人物と一緒に来ていた。

乳母は私を見るなり青い顔で震えているわ。まぁ、仕方がないわよね。

ツィリル王子は気にした様子もなく部屋にずかずかと入って椅子にちょこんと座った。乳母らしき人は後ろで震えながらも静かに立って事の成り行きを見守っている。


この王子は私が悪い魔女だと疑わないのかしら?


「ツィリル王子、私は機嫌が悪いわ。切り刻んでも良いかしら?」


私が髪の毛を持ち上げて威嚇し、そんな事を言ってみると


「ラナ?そんな事しないよね? だってそんな気がするんだもん」

「気がするだけじゃ分からないわよ?」

「分かるさ! 感覚っていうのかな?難しくて言えないんだけど、ラナは親戚のお姉さんのような感覚? なの。うーん難しいな。纏っている雰囲気なのかな? よく分からないけど、ラナからはそんな感じがしないんだよね」


無意識に私の持つ魔力を読んでいるのかもしれない。腐っても王族、なのかしら? 因みにツィリル王子は緑がかった金髪に緑目。魔力はそこそこにありそうなのよね。

素直なツィリル王子に私は毒気を抜かれた気がするわ。持ち上げていた髪の毛をパタリと落とした。


「ふぅん。そういえばツィリル王子。今日はどうしたのかしら?」

「この間、言っただろう? 魔法を見せて欲しいと。ほらっ、ちゃんとラナの欲しかった歴史書も持ってきてやったぞ」


机の上にドサリと置かれた分厚い歴史書。使い込まれた様子。どうやら彼が勉強で使っている歴史書を持ってきたようね。


「ふふっ。魔法が見たいだなんて、まるでこの世界の魔法が無くなったような言い方ね」


私は何気なくそう言うと、ツィリル王子は当たり前のように答える。


「魔法が無くなった? 当たり前だろう。魔法使いは約千年前にいなくなり、七百年位前から魔法を使う者は居なくなった。聖女は例外だがな」


えっへんと効果音が聞こえそうな程自慢気なツィリル王子の言葉を聞いて反対に私が驚いた。


「え? どういう事かしら? 今の世界には魔法が無い……?」

「あぁ、そうだよ。失われた文明と言われているんだ。昔の記述が残る物は少ないから僕も詳しくは分からない。ただ、昔に魔法使いが居たという事は知っている。だから僕はこの目で見たくて捜し歩いていたんだ」

「魔法が使えないのに魔獣はどうやって倒しているの?」

「それは騎士達がみんなで力を合わせて倒しているし、聖女だっているから大丈夫だよ」


私が塔の中にいる間、世界はかなり変わってしまったのかもしれない。


私がいた時代の魔法使いや魔女と呼ばれる人間は沢山いたし、貴族の多くは魔法が使えた。魔法は大きく火、水、植物、土、風、光、闇の魔法があり、髪の毛や目の色でおおよその得意属性が分かる。

そして魔力量が多いほど色がはっきりしている。魔力を持っていない人間はぼやけた色が一般的だった。

得意属性はその名の通り、全属性の魔法が使えるには使えるのだが、得意な属性はより高度な魔法を覚える事が出来るし、得意ではない属性は初級魔法のみというのも多い。

ただこれについては個人差が大きく、魔力量も関係してくる。


私はというと、火と植物が得意属性だけれど、国で一、二を争う程の魔力量だった事や、祖先達が婚姻相手を様々に選び娶っていたおかげか他の属性についてもあまり変わりなく使える。ただ、闇魔法は全く使えない。先祖は闇魔法を使う人との婚姻を意図的に避けていたのだと思う。


一応言い訳ではあるけれど、だからと言って闇魔法を軽視していたわけではない。その理由ははっきりしないけれど、大昔の祖先が占い師に全属性を持つ魔法使いが地上に現れた時、世界は一変すると言われたのだとか。

それが良い方に転ぶのか悪い方に転ぶのかは分からない、と。

魔力を多く有する貴族たちはその予言を守り続けていたという話だ。私は過去を思い出しつつ、ツィリル王子の持ってきた歴史書を魔法で開きながら眺め始めた。


「ラナ、聞いているのか?」

「……なんの話だったかしら?」

「もうっ!我が国には聖女がいるから騎士と協力して魔獣を倒しているっていう話だ」


ペラペラとめくりながら王子に聞いてみる。


「今の聖女は騎士と一緒に戦うのかしら?」

「いや、戦わないよ。騎士が戦い、聖女が魔法で怪我の治療をするんだ」

「あらあら、落ちたものね」

「そうなのか??」

「きっと聖女というからには光魔法が得意属性なのね。光魔法であれば結界や治癒以外にも攻撃魔法があるわ。騎士達と一緒に戦うものだと思っていたのだけれど」

「今の聖女は治癒魔法しかつかえないぞ!?」


王子は驚いている。世界は恐ろしく退行してしまったのね。


一体何が起こったのだろう。

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