極める

遠藤

第1話

自分に、こんな才能があったなんて全く知らずに生きてきた。


自分を、こんな形で必要とされる世界があるとは知らなかった。


単なる、世間知らずなだけ、だったのだろうか。


「マサ」


そんなことを考えていると、兄貴の声で現実に引き戻された。


「ヘイ」


オヤジの部屋の前で待つ兄貴に促され部屋に入ると、オヤジの側まで行った。

まるで隠し持ったナイフが見つかったように、自分の小指をそっとオヤジの前に出し、「失礼しやす」の一声の後、オヤジの鼻にゆっくりと小指を差し込んだ。

静かに、かつ丁寧に動かしながら、確実にブツを探る。

決して、皮膚を傷つけることがあってはいけない。

万が一鼻血なんて出してしまった日には、破門どころの騒ぎじゃないだろう。

急に命が懸かった作業のように思えてきて、指先に震えが生じた。

これはまずいとの思いから、もう一方の手で手首を掴み安定させる。

冷汗が額に滲んだ。


震えが幸いしてか、そのブツにうまいこと小指の爪がヒットしたような感触があった。

あとは慎重に、ゆっくりと引き出すだけだ。

そうっと引き抜かれた小指の爪の先に、小粒のブツが付いていた。


「おうっ!」


オヤジの一声で、仕事が終わった事がわかった。

兄貴に促され、一礼して部屋を出ると、ドッと疲れが出た。

周りの者にわからぬよう、ブツを指で弾いて飛ばし、椅子に座ると、さっきの考えがまた浮かんできた。


(自分の存在意義とは、なんなのだろうか?)


学校も行かず、街をブラつき行く当てもなかった自分に、兄貴が声をかけてくれて、この業界に入れてもらい、やっと自分の居場所が見つかったと当時は嬉しかった。


学も何もとりえのない自分だから、何でもやんなきゃと意気込んでいたけど、入ってスグに兄貴が小指を見せろと言われて、言われるがまま見せた。

そしたら兄貴は、自分の指を弄りまわしながら、穴が開くくらいじっくり見られて、しまいには小指の太さや長さまで測られて、それで一人納得されたようで、「小指の爪伸ばせ」と言った。


何がなんだかわからずに、言われたことをただ従って、小指の爪を伸ばしていたら、ある日、「これから大事な仕事がある」と言われ、一瞬、こういった業界だから、ああ、いよいよ命懸けるのかと、ちょっとだけビビっていたら、兄貴に呼ばれ、オヤジの部屋の前で「いいか、これからやることは他言無用だ。万が一喋ったら、わかるよな?」って言われて、凄いドキドキしちゃって、震える足を拳で叩いて気合入れ部屋に入ったら、オヤジの前まで来るようにと言われ、ああ、ついに、オヤジから一言貰って、内密な仕事をするんだと目を潤ませていたら、「小指出せ」って兄貴が突然言われて、えっ!?まだ何も落ち度はなにもないんじゃ・・って、なんのケジメなんですか!って叫びそうになるのを耐えながら、小指を出すのを躊躇っていたら、兄貴が「切ったり、焼いたりするわけじゃないから安心しろ。ほら出せ」って。

恐る恐る小指を出したら、その小指を兄貴が持って、「オヤジ、失礼しやす」と言って、オヤジの鼻の中に入れたんだよな。


初めての時の、あの感触・・・。


あの、小指に伝わる、何とも言えない感触は何なんだろう。

自分以外の鼻の穴に、指を入れた人類は、どれくらいいるのだろうか?

チンパンジーかオラウータンか忘れたが、テレビで人の鼻に指入れようとしていたが、あれは動物達の好奇心だと思う。

人間は、赤ちゃんや幼児ならもしかしたら、あるのかもしれない。

しかし、俺はもう、それなりの大人だ。

大人が、大人の鼻に指を入れる。

俺の生きてきた常識では、ありえないことだった。

もちろん、この業界は特殊だから、想定外はつきものだと思う。

それにしてもだ。

想像の遥か上をいくとはこのことで、まったく予想できなかった。


俺には、皆のような、他のしのぎを与えられていなかった。

常にオヤジの側に待機し、その時のために小指を万全に保つ。

何か筋トレとかしたほうがいいのかと、少しやったこともあったが、兄貴から余計な事はするなと止められた。


ある時、兄貴に思い切って、他のシノギをさせていただけませんか、と言ったら、兄貴、もの凄い怒って、「てめー何言ってやがる。そんなに辞めてえなら、今この場で小指詰めろ!」って出刃包丁机に置かれて、俺はもう怖くて、そんなつもりじゃないんですと、何度も土下座して言っても、兄貴の怒りは収まらなくて、いいから小指詰めろ!って何度も言って、そしたら何だか変な感情が湧いてきて、まさか、兄貴、俺の小指が欲しいだけなんじゃないかって、そんなわけないけど、そんな思いが消えなくて、何だか、俺の存在意義は小指だけだったんだって思えてきて、もう涙が溢れてきちゃって、気づいたら号泣しちゃって。


そしたら、兄貴も拍子抜けしたのか、男がこれくらいで泣くなと言って、そして、俺に黙ってついてくれば、必ず上に連れて行ってやるって。

兄貴のまっすぐな目を見てると、なぜか、この人なら信じてついていきたいと思えてくるんだよな。

でも、もちろん、一度兄貴を信じてついていくと決めたのだから、二度と口には出せないけど、小指だけの人生というのも、何かこう、張り合いが無いというか、こんな生き方でいいのかって、どうしても一人でこうやって考えてしまうんだ。

他の奴らからも、入ってすぐにオヤジの専属になった俺に、嫉妬なのか、やっかみなのかわからないが、あきらかに距離を置かれてしまっている。

それによって、別に寂しいとか、苦しいとかはないけど、なんだかこんなんでいいのかなって。

こうやって、このしのぎをするようになってからは、毎日のようにこんな事を考え続けていたんだよな。





そんなある日、いつものように兄貴に促され、オヤジの部屋に入り、小指をオヤジの鼻の穴にいれた。

いつものように、小指を絶妙に動かしながらブツを探った。

すると、爪先にブツが触れた感触があったので、うまいこと爪に引っ掛け、ゆっくりと引き出した。

何だかいつもより重いというか、抵抗があるなと思いながらも、慎重に指を引いていく。

すると、結構大きめなブツと繋がった紐状のホルモンみたいのが、おやじの鼻から出てきた。

それを見た俺は、驚いて悲鳴を上げた。

すると兄貴は「引っ張れ!!」って言われて、俺は「へ?」って、一瞬、兄貴何を言ってるんすか?って思って固まっていると、「いいから早く引っ張れ!!」って言われて、俺は何が何だかわからずに、無我夢中で、そのオヤジの鼻から出ている紐状のホルモンを引っ張り続けた。


それは異常に長かった。


引っ張っても、引っ張ってもどこまでも続いていくように。

これは何なんだって、だんだん考えることができるようになってきて、変なことが浮かんでしまった。

もしかしたら、これ脳みそじゃないよなって。

脳みそをじっくり見たことないからわからないけど、こんなものが固まった物じゃなかったかなって思えてきて、このまま引っ張り続けると、まさか、オヤジの頭の中が空っぽになってしまうと思えてきて、だんだん怖くなったんだけど、兄貴が「どんどんヒッパレイ!!どんどん、どんどん」って段々テンションが上がってこられて、俺も止められなくなって、意地になって引っ張っていたら、いきなり「スポーン」って抜けたんだよな。


ついに終わった。

これで、オヤジは死んだって呆然としていたら、オヤジの、いつもの「おうっ!」が聞こえて、ああ、生きていたんだと一安心して、全身の力が抜けそうになったんだよな。

そのあと、その紐状ホルモンをポケットにつめて、オヤジの部屋を出ようとすると、兄貴からこう言われたんだよな。

「よく頑張ったな。昇格だ」って。

内心(え?)ってなって驚いたな。

昇格って、こんな事で?、この業界はこうやって昇格するの?って。


その後も大物を発掘する度に昇格していき、今はついに、兄貴の次のナンバー3まで昇りつめたんだもんな。

人生わからないもんだ。

ただ困るのが、若いもんと飯食いに行ったとき、ナンバー3のことだから、相当なヤマ踏んできただろうと、羨望の眼差しで、根堀り葉掘り聞いてこようとするのには、毎回困ってしまう。

まさか小指で、オヤジの鼻ほじってますとは、口が裂けても言えない。

兄貴にも口止めされているし。

いや、例え口止めされてなくても、言いたくはない。


異例のスピード出世に敵も増えたが、兄貴のおかげで今のところは安全に過ごせている。

業界内で、自分の存在が知れ渡り始めているのも聞こえてくる。

なんの修羅場も踏んでない自分には、いざという時の武器も何もない。

あるのはこの小指だけ。

そう、小指の特殊な技術だけだ。

もう、考えるは止そう。

これ以上考えていると、何もかも嫌になってしまいそうだ。


オヤジの部屋のドアが開き、兄貴がマサをいつものように呼ぶ。

「マサ」


いつでも万全ですと言わんばかりの、丁寧かつ、真っすぐな返事で答える。

「ヘイ」


マサは、兄貴と一緒に、この小指一本で、この業界を極めてみせると、心に改めて熱く誓うのであった。




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