第7話 納豆ねばねば
首相官邸の地下に広がる内閣危機管理センター。
そこには突如として太平洋に現れた浮遊大陸群に対応するための『浮遊大陸対策本部』が設置されていた。
「ぶ、ぶぶぶ部長!! これ見てください!」
「どうした」
メガネをかけた男が、部長と呼んでひげ面の男に迫った。
その手に持ったスマホの画面を見せている。
画面には動画が流れていた。
「サボって動画でも見てたのか?」
「違います。この動画、例の浮遊大陸から撮影しているらしいんです」
「はっ、そんな馬鹿な話があるかよ。各国が我先にと侵入を試みてるのに成功してないんだぞ。そこらの一般人が入れるわけないだろ」
「いやいや、この遺跡を見てくださいよ。自衛隊が提出した浮遊大陸の資料にも、似たような建築様式の遺跡が映っています」
動画の一幕で映っている黒曜石のような素材で作られた建物。
自衛隊が撮影してきた浮遊大陸の写真にも、似たような雰囲気の建物が写っている。
「……どこかの国が浮遊大陸の遺跡について公表してたか?」
「していません。大陸に未知の文明があると分かれば、戦争や侵略を危惧する声が広がります。無用なパニックを防ぐために、我が国を含めた各国が遺跡に関する発表を見合わせています」
「……だよなぁ」
一般人は知らないはずの情報が、動画内に使われている。
そうなると、この動画が面白映像作品でない可能性が上がる。
もしかすると、本当に浮遊大陸に入って動画を撮っているのかも。
「……とりあえず、その映像に加工の痕跡がないか調査しろ。本物っぽかったら、投稿されてるサイトと交渉して、どこからアップロードされたのか突き止めろ」
「承知しました」
その後、動画を調査した結果は加工の痕跡は無し。
サイトからの情報提供の結果、アップロード元はヨーロッパのとある国だった。
「もっとも、どちらの結果も信頼できませんね」
「アップロード元は、よく使われる偽装IP。動画の加工にしたって、我が国の技術力で調査した結果……だからな」
「同じ声色の人間が、英語、中国語、日本語など言語だけを変えた全く同じ動画を複数投稿していますからね。明らかに音声は加工しているはずなのに、我々では痕跡すら見つけられない。技術力の差を感じます」
投稿された動画は日本語のものだけでは無かった。
英語、中国語、日本語など。様々な言語で同じ内容のものが投稿されている。
しかも全て内容は同じ。声色も同じ。
まさか同時に異なる言語で喋っているわけもない。
音声は加工している可能性が高いのに、調査では加工の痕跡が見つけられなかった。
「……ポットマンとか言うやつは、宇宙人かもな」
「冗談にならないですね……」
そうして、ポットマンの上げた動画は役人たちの頭を悩ませていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ぴぴぴぴぴ!
うるさいスマホのアラーム音が鳴り響く。
直人は右手でスマホを取ろうとしたが動かない。まるで重石でも付けられたようだ。
仕方がないので左手でスマホを取って、アラームを止めた。
「ふわぁ。直人おはよう」
「ああ、おはよう」
布団の中からひょっこりとネモが顔を出した。
ギュッと直人の右手にしがみついている。
ネモのせいで腕が動かなかったらしい。
朝の気温がぐんぐんと下がっているのに、貧乏な直人の布団は薄っぺらい。
寒さに耐えかねたネモは、直人に抱きついて暖を取っていたようだ。
「朝ごはんにするか」
「わーい!」
直人たちは布団から出ると、歯磨きをしてから朝食の準備に取り掛かった。
今日の朝飯は白米と味噌汁。ついでに納豆だ。
炊飯器に残った白米を二人分茶碗に盛ってレンジに投入。
その間に味噌汁を準備する。市販の顆粒出汁を使うため、あっという間だ。
朝食を食卓に並べると、向かい合った直人とネモは手を合わせる。
『いただきます』
直人は味噌汁から食べるタイプだ。
豆腐とわかめを入れた味噌汁をすする。毎朝食べているが、やっぱり味噌汁は美味しい。
特に朝の味噌汁は三割増しで美味しい気がする。
「ねばねばー」
ネモは納豆をかき混ぜていた。
なにが面白いのかは分からないが、楽しそうに笑っている。
ねればねるほど色が変わる知育菓子を作るような感覚なのだろうか。
「ネモは納豆好きか? 苦手な人も多いんだけど」
「私は美味しいから好きだよ」
ネモはねばねばになった納豆を白米にかけて、ハフハフと食べる。
「そっか、今日は農作業をすると思うから、一杯食べて力を付けてくれ」
「うん、分かったー」
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