第2話 チョロい

「な、なんだこれ、転移魔法か? でも転移魔法って一部の人しか使えないはずじゃ……」


 直人がキョロキョロと周りを見渡す。

 直人のすぐ後ろには、黒曜石のような素材で作られた遺跡が建っていた。

 しかし、放置されてから長い年月が経っているらしい。

 建物としての原型はほとんど残っていない。

 つややかな黒い柱が、何本もそびえているだけだ。


「直人! 私たちの集落に案内してあげる!」

「お、おう」


 ネモのふわふわの毛が、直人の右手を掴む。

 ネモはニコニコと笑顔を浮かべながら、直人の手を引っ張った。

 子供と散歩でもしているような気分だ。


 運の良いことに、あの遺跡から目的地は近かった。

 ネモに案内されたのは原始的な集落。

 先ほどのような遺跡とは違い。木と干し草によって作られている。

 狼に息を吹きかけられたら、あっという間に吹き飛ばされそうだ。


「なんだか警戒されてるみたいだな……」


 集落の家にはドアも付いていない。

 玄関からネモに似た毛玉たちが、そっと顔を覗かせていた。

 その目には警戒の色が濃く出ている。


「きっと、直人が悪いエルフだと思ってるんだよ」

「そもそもエルフじゃないんだけどな……そもそも、ネモたちは何ていう種族なんだ?」

「エルフの人たちには、『コボルト』って呼ばれるよ?」

「なるほど……」


 コボルトと呼ばれるモンスターは、ダンジョンでは発見されていない。

 彼らに似たモンスターも居ないはずだ。新種なのだろうか。


「コボルトって言うと、凶暴な犬みたいな見た目のモンスターだと思ってたけど……ネモたちは可愛い顔をしてるな」

「私たち可愛いかな? えへへ……」


 見た目を褒めると、ネモは嬉しそうにはにかんでいた。

 どこまでもチョロい。心配になって来るレベルである。


「悪いエルフ!! ネモちゃんから離れなさい!」


 などと話していると、直人たちの前に一匹のコボルトが飛び出してきた。

 ピンクと白の毛色をしている。

 ネモより少し釣り目で気が強そうだ。


「いや、俺はエルフじゃない」

「そうだよ、リップちゃん。直人は悪者じゃないよ?」


 飛び出してきたコボルトは『リップ』というらしい。

 リップはネモの言葉を信じずに直人を睨みつけている。


「ネモは騙されてるの。エルフは私たちを連れて行って、悪い人に売り飛ばしちゃうのよ⁉ 早く離れなさい!!」

「直人は大丈夫だよぉ……私に美味しいご飯をくれたもん!」

「ちょ、ちょっと……泣かないでよ」


 納得しないリップに、ネモは泣きの攻撃。

 クリティカルヒットしたようだ。ネモは困ったように眉を下げる。


「じゃ、じゃあ!! 直人とか言うエルフ。悪者じゃないと証明しなさい!」

「いや、そんなこと言われても……」


 リップは腰に手を当てて直人を見上げる。

 ネモの前例を見るに、お菓子でも持っていれば簡単に説得できそうだが……残念ながら直人は素寒貧。

 お菓子の一つも持っていない。


 なにも思いつかない直人。

 コボルトたちは猫のような見た目をしているし、撫でてやれば喜ぶだろうか。

 そんな苦し紛れな考えで、直人は手を伸ばした。


「ふにゃあ……」

「えぇ……これで喜ぶのか……」


 やけくそ気味に頭を撫でると、リップは嬉しそうに顔を溶かした。

 ならば、こっちも喜ぶだろうかとアゴを撫でると、体をくねくねと動かして喜んでいた。


「直人! 私も撫でて欲しい!!」


 グイグイと袖を引っ張るネモ。

 期待に応えて直人は空いた手でネモの頭を撫でると、くるくると甘えるように喉を鳴らしていた。


「悪いエルフじゃないみたい!」「ボクも撫でてぇ」「直人はドコから来たの?」

「うぉ⁉ 急に寄って来るな!?」


 リップとネモの様子を見て、直人が安全だと判断したのだろう。

 こちらを見守っていたコボルトたちが飛び出してきた。

 あっという間に囲まれる直人。なんだか小学校の先生にでもなった気分。


「落ち着いてくれ。順番に相手をするから――なんだ?」


 ゴウゴウと飛行機が飛んでいるような音が響いた。

 空を見上げると、そこには黒い煙を残して飛んでいる長い筒。

 それは真っすぐに直人たちの方角へと飛んでいる。

 このままでは直撃ルート。この場に居てはひとたまりもない。


「ヤバい⁉ 逃げるぞ!!」

「わぁ!? 直人どうしたの!?」


 コボルトたちを連れて逃げようとした時だった。

 ドッガン!!

 飛翔体は浮遊大陸にたどり着くこともなく、何もない所で爆発。

 爆音と共に炎と煙をまき散らす。

 まるで見えない壁に遮られたように、炎は空島へは近づかなかった。


「な、なんだアレ……ミサイルか?」


 突然の攻撃に驚く直人。

 コボルトたちは事態を理解していないらしく、立ち上る黒い煙をぼんやりと見詰めていた。

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