俺だけ浮遊大陸に行けるようになったので、モフモフ獣人たちと開拓配信を始めます

こがれ

第1話 猫を拾った

「恥の多い人生を送ってきました……」


 朝日に照らされる砂浜で、『鍋島なべじま直人なおと』は呟いた。

 年齢は二十四歳。特徴の無い地味な青年だ。


 彼が人生を間違えたのは、就職の時からだろう。

 そこそこの大学を卒業後、そこそこの規模の会社の営業に就職。

 しかし、上司からの度重なるパワハラに耐え切れずに退職。

 以降は派遣の仕事に取組み、社員登用まであと一歩のところで不況の煽りを受けて契約解除。

 現在は次の職を探しているが、なかなか決まらない。


 一方で繰り返される増税と物価の高騰。

 奨学金だって返済途中。

 直人の生活はギリギリと締め付けられて呼吸困難だ。

 

「海でも見れば気分が晴れるかと思ったけど……大して変わんねぇなぁ……」


 ふと思い立ち、自転車をこいでやって来たが、気分が晴れることは無かった。

 現実逃避は止めて、さっさと家に帰ろう。

 直人が帰ろうとした時だった。


「なんだあれ……猫か?」


 海に揺られているのは、青と灰色のマーブル模様。

 よく見れば生き物っぽい。

 ぐったりと力なく揺蕩っているあたり、生きてはいないだろう。


(……埋葬ぐらいはしてやるか)


 直人は靴と靴下を脱ぎ、靴の上にスマホと財布を置くと、ジャボジャボと海に足を入れた。


「冷てぇ……」


 秋が深まる今日この頃。朝の寒空に海は冷えている。

 肌を突き刺すような冷たさを感じるが、半ば自暴自棄になっていた直人は果敢に海へ足を進める。


「……猫じゃないじゃん。服着てるし……なんだよコイツ」


 海に腰が浸かりそうなほど進むと、件の猫へとたどり着いた。

 しかし、その姿は猫ではない。濡れた毛に覆われた猫っぽい生き物。

 骨格は人間に似ており、なによりも服を着ている。弥生時代とかあの辺の人が着ていそうな、原始的な服だ。


 大きさは小学生の低学年くらいだろうか。

 抱き上げてみると、とても軽い。ちゃんとご飯を食べているのだろうか。


「……しかも生きてるっぽい?」


 抱き上げると、ほんのりと温かい。

 口元に耳を近づけると微かに息をしていた。

 こうなると捨て置けない。少なくとも見た目は可愛い生き物を放って死なせては目覚めが悪い。


「とりあえず、連れて帰ってみるか」


 見る限りは未知の生き物。

 もしかしたら危険かもしれない。

 しかし、どうせ直人の人生は終わったようなもの。

 もうリスクなんて関係ない。無敵の人なのだ。


(……しまった。動画でも撮っとけば小遣いくらいになったかもしれない)


 こんな時に金儲けのことを考えているようでは、善人にはなれないな。 

 直人はそんなことを考えながら、自嘲気味に笑った。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 住んでいるアパートに帰った直人は、猫っぽい生き物の体をタオルで拭いて毛布にくるんでおいた。

 後は猫の体力に期待するしかない。


 直人がぼんやりと猫っぽい生き物を眺めていると、その目が薄っすらと開いた。

 まるで寝ぼけているようにキョロキョロと周りを見渡す。

 直人と目が合うと、猫は目を見開いた。


「え、エルフだ……!」


 猫から飛び出したのは可愛らしいが震えた声。まさかの日本語である。

 猫は怯えたように毛布の中へ潜り込むと、びくびくと震える。

 なぜこんなに怖がられているのか。なぜ日本語を喋れるのか。

 不思議なことは沢山あるが、ともかく害意が無いことを伝えよう。


「えっと、俺はエルフじゃないから安心してくれ」


 そもそもエルフを知らない。

 直人にとってエルフは架空の種族だ。

 しかし、猫は本気でエルフを怖がっているらしい。


「嘘だよ。ネモの事いじめるんでしょ……」

「ネモちゃんって言うのか? いや、いじめないから……そうだ。ご飯でも食べるか?」

「……ごはん?」


 ネモが潜っている毛布から、くぅと音が鳴った。

 やはりお腹が空いているらしい。


 直人は台所に向かうと、戸棚からパックのおかゆを取り出した。

 パッケージには梅干しが描かれている。

 おわんに移してレンジにぶち込む。数分温めれば食べられる。

 ネモは毛布から顔だけを出して、動き回っている直人を眺めていた。

 まるでミノムシのようだ。


「……それは魔導具なの?」

「いや、普通に電化製品だけど」


 何十年も前に日本に未知の異空間――ダンジョンが出現した。

 そこからもたらされた新しい技術――魔法によって動く道具が魔道具だ。

 しかし、魔道具は大抵が高級品。品質が良いが値段も高い。

 直人では手が出ないような代物だ。


「でんかせいひん?」

「魔導具は知ってるのに、電化製品は知らないのか?」


 毛布から飛び出たネモの首が、こてんと傾く。

 魔道具を知っていて電化製品を知らないのは不自然だ。異常な知識の偏り方である。


 直人は温まったおかゆを取り出すと、スプーンと共にテーブルの上に置いた。

 毛布から這い出たネモは、直人を警戒しながらもスプーンを掴んだ。

 ネモの手は、まるでミトンの手袋のような形状をしていたが器用にスプーンを操っている。

 おかゆをすくうと、小さな口へと運んだ。


「美味しい……!!」


 ネモは目を輝かせると、あむあむとおかゆを頬張る。

 取り残される梅干し。まるで存在しないかのようだ。

 梅干しが無ければ、味が薄いと思うのだが。


「梅干し――真ん中の赤い奴も一緒に食べるんだ」

「これも食べるの?」


 直人はネモからスプーンを受け取ると、梅干しの果肉をほぐした。

 どうやら梅干しを知らないようなので、間違って食べないように種は取り除く。

 スプーンを返すと、再びおかゆを口に運ぶネモ。

 先ほどよりもキラキラと目を輝かせた。


「もっと美味しいよ!」

「そりゃ良かった」


 少しの間、カツカツとスプーンの音だけが響いた。

 あっという間になくなるおかゆ。

 ネモはニコニコと笑顔を浮かべていた。


「ありがとう! あなたは良いエルフなんだね!」

「だからエルフじゃないんだが……あと俺の名前は直人だ」

「ありがとう。直人!」

「どういたしまして」


 透き通ったネモの瞳は、直人を良い人だと信じ込んでいる。

 一杯のおかゆでここまで人を信用できるとは……なんとも純粋な子である。


「なぁ、ネモはどうして海に浮かんでたんだ?」

「海に……? そっか。わたし落っこちちゃったんだ……」

「落っこちたって……どこから?」

「空島からだよ? 遺物のキラキラを探してたら、島が揺れて落ちちゃったの。ほら、これを見つけんだ!」


 ネモは服の中から何かを取り出すと、子供が拾ってきた綺麗な石を自慢するように差し出してきた。

 それはスマホ――によく似た何かだ。

 サラサラとした石のような何かに、ツルツルとした黒い画面のようなものが付いている。


「なんだこれ?」


 直人は差し出されたそれに、つい手を伸ばす。

 直人の指が画面に触れると――。


『マスター権限を確認。規定座標に転移します』


 スマホらしきものから声が響く。

 その瞬間、直人とネモを青白い光が包む。


「うぉ⁉」

「ぴゃあ!?」


 驚きの声を上げる二人。

 直人は輝きに目を薄めると――気がついた時には外に居た。


「……はぁ⁉」


 目の前に広がっているのは、どこまでも続く青い海。

 その上には、いくつもの大陸が浮かんでいた。


 巨大な湖が広がる島には、大きな首長竜が悠々と泳ぎ。

 雪が積もる山脈では白い毛に覆われた巨人が闊歩している。

 その他にも大小様々な島が浮かんでいる。

 いきなり目の前に現れた雄大な景色に、直人はぽかんと口を開けて眺めることしかできない。


「帰ってこれた!!」


 その光景を見たネモは喜びの声を上げた。

 ネモは島々に背を向けると、まるで宝物を自慢するように手を広げる。


「ここが私たちの住んでる空島なんだ。キレイでしょ?」

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