第5章 太陽と月の世界
第1話
「本当に驚きました」
「ごめんって」
お父様とお母様――と呼んでも良いのかはわからないけれど。ソレイユ国王夫妻やサンは、驚きつつもすべてを受け入れてくれた。
私とミラ――シャインの言葉を信じてくれたのだ。
本当に優しい人たち。この人たちを、国を守れて、本当に良かった。
それだけでなく、彼らは私に好きにして良いと言ってくれた。
私が残りたいのならば、ソレイユ国にいても良いと言ってくれたのだ。
冗談なんだか本気なんだか、娘が二人もできたと喜んでさえいた。
もちろん、
そんなことが許されるのかと、目頭が熱くなった。
とはいえ、何のお咎めもなしというわけにはいかない。
シャインの処遇は、
数ヶ月したら自由の身となり、当人が望むのであれば、シャインとしての人生が待っている。
ちなみに、シャインとイズミの婚約は、この一日戦争があったために白紙に戻された。
彼らに結婚の意思はもちろんなく、両国王も承諾してくれた。
そして今、ソレイユの地で三国間の会談が行われている。
顔を合わせているのは、国王――ではなく、次期国王たち。
それぞれ国王の意向を携えつつ、意見を述べている。
アクア国からは、イズミと
望月国からは、
ソレイユからは、私とシャイン、そしてサン。
私が、シャインとサン以外の面々と会うのは、一日戦争以来だった。
「
「ありがとう、空明さん」
「侍女たちが顔を真っ青にしていたそうですよ。切り揃えるのに苦労したとか」
「あはは……」
シャインが、むすっとしている。
無理もない。私はあの日、手にした短剣で長く伸ばしていた髪を、ばっさりと切ったのだ。
侍女も誰もが慌てふためく中、彼女だけが怒っていた。
どうも、影武者の気概を引きずっているらしい。
お守りできなかったらどうするのですか! と叱られたのだ。
それをからかったものだから、この話題になると、必ず不機嫌になる。
どうも染みついているらしく、敬語も抜けないらしかった。
「まず、確認しておきたいことがあります。我が国アクアとソレイユ国は、以前より友好を深めてきました。今回は、この二国間に望月国を加えた三国間の友好を結ぶための会談に皆様は集まっておられる。そういうことで良いですね?」
イズミの言葉に、誰もが黙って頷く。
「わかりました。アクアと望月国は一年前に条約を締結しており、今回のことも太陰・望月への処罰が重いものであるということから、他のことには目を瞑ることで、引き続きの友好をというのがアクアの総意です。よってアクアからは、友好を結ぶことに何の異論もありません」
「寛大な御心に感謝する」
朧が、イズミに軽く頭を下げる。
どうやら十六夜王子を攫ったこと、イズミを脅したことなどを不問にし、アクアと望月の条約は何の撤回、変更、咎めもなく続行されるようだ。
「しかし、ソレイユ国はどうですか? 貴国は望月国に二度も襲われている。姫たちのこともある。今回の友好という提案に対し、ソレイユ王の意見はいかがなものだろうか?」
話を振られ、私が口を開く。
「第一には、戦争を終わらせること。二度と争いを仕掛けないこと。太陰・望月の王位を剥奪することを条件にさせていただきます。悪いのは望月という国ではない。だから、友好を結ぶこと自体に、異論はありません」
「本当に貴国はそれでよろしいのですね?」
イズミの念押しに答えたのはシャインだ。
「ソレイユ王へ、輝夜姫が頼み込まれたのですよ。両国の次の柱となるお二人は信じられる御方だから、と」
「輝夜……感謝する」
朧に小さく頷く。
大丈夫。胸を張って言える。
だって私たちは、同じ方向を見ているのだから。
「わかりました。先程話にも上がりましたが、太陰・望月には国を周らせるそうですね」
イズミの視線が、朧へと注がれる。
朧は、こくりと静かに頷いた。
「ああ。殺してしまうのは簡単だ。しかし、自分がしたことに対しての罪の意識が浅い。搾取した税のせいで、国民がどんな暮らしをしているのかさえ知らなかった。泥水でさえ貴重な飲み水……そんな環境を、実際に当人の目で見てもらいたいと考えている」
「同行者は」
「いない。が、国民には触れを出してあるのと、万が一の際には、魔法が発動するようになっている。玉兎様の意向だと言ってあるから、逆らう者はいないだろうがな」
「そうですか……輝夜姫、貴方は太陰・望月に、実のご両親である前王夫妻を殺されている上に、祖国での暮らしを奪われていた。この処罰に、異論はないのでしょうか?」
「恨まないと言えば、嘘になります。しかし、仇を討てば解決するわけでもないでしょう。異論はありません」
私がそう答えると、イズミは小さく頷いてくれた。
「では、シャイン姫。貴方も太陰・望月によって、偽りの記憶を植えつけられていた。王女としての暮らしを奪われていたのです。異論はありませんか?」
「十分な処罰でしょう。異論はありません」
言葉を受けて、イズミは再び朧へと視線を戻す。
「貴国は大国だ。国を隅々まで周るには、随分と時を要しそうですね。それで、王座を剥奪されたということは、朧王子が継承を?」
今現在、望月国は王不在という状況にあった。
十六夜王子は幼い上に、アクア国にいる身。
他に継承権を持つ者はいない。
自然と、誰もが次期国王には朧がなるものだと考えていた。
「いや、そのつもりはない」
しれっと言ってのけた朧の後ろで、溜息を深く吐く空明さん。
ああ、頭を抱えている……。
「どうしてもの時は致し方ないが……今すぐ王になろうとは思っていない」
「では、王制を廃止されるおつもりか」
「そうは言っていない」
「ならば誰が――まさか……!」
朧とイズミの視線が、私に注がれる。
え? どういうこと?
「お前がいる、輝夜。我らが真の女王」
そういえば、いつだったかもそんなことを言われた気が……。
「いやいや、嘘……私?」
政治なんて、私には無理だよ……!
「大丈夫だ、俺がいる。それに、近いうちに結婚するんだ。二人で国を立て直そう」
穏やかに微笑まれて、顔に熱が集まる。
嬉しそう……朧、すごく嬉しそうだ……。
「待っていただこうか、朧王子」
鋭い声音で割って入ったのは、イズミ。
珍しく、不機嫌さを顔に滲ませていた。
「輝夜姫は、確かに望月国の生まれ。しかし、今は当時の記憶がない上に、シャイン姫としてこれまで生きてこられた。そしてその中で、私と愛を育んできたのだ。三国の友好が結ばれる今、当初の予定通りにアクアへと嫁いでいただくのが筋ではないだろうか」
「戯言を」
「……こほん」
朧の放った一言に、こめかみをぴくりとさせながらも取り繕うイズミ。
今度は、十六夜王子が頭を抱えていた。
「輝夜姫は、まだご自身の身の振り方を決めかねておられるとのこと。それだというのに、望月国の女王になどとは些か早計であり、また姫への負担が大きい。何より、姫の気持ちを蔑ろにしているのではありませんか? そんな方に彼女を幸せにできるとは思えませんね」
「それは聞き捨てならないな」
バチバチと睨み合う二人に、恥ずかしくも頭が痛くなる。
これ、何の罰なの?
「とにかく落ち着いてください、お二方」
パンと手を叩いて注目を集めたのは、シャイン姫。
――ではなく、隣に座るサンだった。
高い可憐な声が響き渡る。
「この場に相応しい発言をお願い致します」
にこりと笑って場を沈めるサン。
大人である二人は、ぐっと押し黙っていた。
この子、時々末恐ろしく思うんだよね……。
「ではミラさん――失礼、シャイン姫は、罪を許された暁には、どうされるおつもりですか?」
サンが、シャインへと話を振る。
受けた姫は、ふっと淡く苦笑した。
「私は、叶うならば神官でいたいと願っています。虫のいい話であることは重々承知していますが、もしも許していただけるのであれば、私は再び姫様のおそばで御仕えしたいのです」
「シャイン……」
「ですから、私が姫になどとは考えられません。だからでしょうか。シャインと呼ばれることにも抵抗があるのです。本来は、そのような夢物語、望んで良いはずがありません。ですから、罪が許された後に何を望めば良いのかは、決めあぐねております」
「ほんなら、自分の嫁さんになればええやん」
「は?」
突然のプロポーズを繰り出す空明さんへ、ガンを飛ばすシャイン。
しかし、空明さんはめげずに言葉を続ける。
「シャイン姫やのうて、神官のミロワールやったら、自分にもチャンスが――」
「貴方は黙っていなさい」
ぴしゃりと遮られた上に、汚い物でも見るかのように、蔑みの視線を向けられる空明さん。
対応が本当に容赦ない……。
「うう、フラれた……朧サマあ!」
「うるさい。黙っていろ」
「朧サマも冷たい!」
うわあああんと声を上げる空明さんを恥ずかしそうに見ながらも、ぼそりと呟いたシャイン姫の声を、私は聞いてしまった。
「まったく、本当に馬鹿なのだから……これでは、ますます姫になんてなれないじゃないの」
文句を言いつつも、彼女の口元は嬉しそうに綻んでいた。
「もしも、シャイン姫がミラさんとしての人生を選んで、輝夜姫が望月国を選んだとしても安心して! 私がお婿さんをもらって、ソレイユを守っていくから」
朗らかに笑って。サンは「だから二人には生きたい道を選んでほしいの」と言った。
「頼もしい姫。どうです? 婿には十六夜をもらっていただけませんか?」
「えっ!」
イズミがサンに十六夜王子を勧める。
急に名を出された彼は、素っ頓狂な声を上げていた。
「良いよー。十六夜くんのこと好きだから」
「ええっ!」
ぼんっと顔を真っ赤にさせる十六夜王子には非常に申し訳ないのだけれど、しっかりしている割に、サンは恋愛方面にはてんで疎い。
それも、自分に向けられる視線にはほとほと。
今の「好き」だって、わかっていて言ったのかどうか怪しいところだ。
「い、今はまだ未熟者なので……! だから、立派な大人の男になったその時には――!」
「んー? よくわからないけど、頑張ってね!」
「う、うん――!」
うん、頑張れ。十六夜王子……。
それにしても、このメンバーでの会談って、緊張感なさすぎ。
顔見知りで集まったせいで、国の代表として来ているってこと、忘れてないかな?
そう私に不安が生まれたところで、こほん。
聞き知った咳払いに顔を向けた。
見慣れた赤い瞳と、視線がぶつかる。
「輝夜姫は、今後のことをどうお考えなのですか?」
シャインが静かに私へ問いかける。
私の、今後のこと。
誰もが選んで良いと言ってくれた、私の未来。
自由など本来許されない立場の私に与えられた優しさ。
シャインは本物がいて。
輝夜は死んだと誰もが思っていて。
ソレイユの国も、サンがいてくれている。
イズミも朧も、私が何者であろうとも手を差し伸べてくれている。
私は、なんと恵まれているのだろうか――
「選べない」
「輝夜……」
「輝夜姫……」
「選べなかったの。シャインである私も、輝夜である私も、どちらも私で。どちらかを捨てることなんて、殺すなんて、できなかった」
私にはシャインとして生きた時間も、輝夜として生まれたことも、どちらも大事だ。
片方に目を瞑って、思いを殺すだなんて器用なことはできない。したくない。
不器用だって、無責任だって指を指されても構わない。
私は、私として生きていたい――その思いが、私に髪を切らせた。
「私は私。選んで良いというのなら、私は輝夜だし、シャインなの」
わがままだと思う。贅沢だと思う。馬鹿だと思う。子どもだと思う。
それでも。
「私は全部ほしいの……その中にはミラもいるんだよ。夢物語だなんて言わせない」
「姫様……本当に、子どもみたいなことを仰って……」
「姫らしいな」
「まったくだ」
誰もが優しく微笑んでくれている中、だけどと、私は言葉を継いだ。
「いつかは決めないといけないこともある。だから、お願い。時間をちょうだい。私が歩みたい人生を決められるまでは、待っていてほしいの」
「もちろんだ。ゆっくり考えればいい」
「誰もが貴方の幸せを願っていますよ、姫」
「朧……イズミ……」
嬉しさと、少しの申し訳なさを抱いて、私は面々に頭を下げた。
「ありがとう! 皆大好きだよ!」
口々に顔を上げるように言われて。
小言魔神には、一国の姫が簡単に頭を下げるなと怒られて。
イズミと朧に迫られてと、慌ただしい時間だったけれど。
こうして、ソレイユ国と望月国、アクア国の三国は、友好を結んだのだった。
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