第3話

「良かった……」

 炎の中から出てきた三人は、軽度の火傷を負っていた。

 空明さんの魔法による治療が行われる。

「あの女、逃げたな」

 気付けば、鏡は姿を消していた。

 馬車の近くにいたのだ。

 きっと、彼女も怪我を負っているだろう。

「どうして、あんな無茶をした」

 朧が、十六夜王子を窘める。

 少年は、目を逸らしたまま黙っていた。

「朧サマこそ、無茶されはったやないですか。敵に背中を向けて、炎の中に飛び込むやなんて。焦ったんですからね、ほんまに」

 空明さんの呆れ混じりの言葉に、今度は朧がふいっと目を逸らした。

「朧兄様が、おれを……?」

「そうですよ、十六夜サマ。朧サマは、危険を顧みず飛び込みはったんです。十六夜サマを助けるためにね」

「……」

 十六夜王子は、複雑そうな面持ちで口を閉ざした。

 許さないと言った相手の想いに、心を揺らしているのだろう。

「別に、助けてほしいなんて言ってないし……」

 拗ねたような物言いに、空明さんが溜息を一つ零す。

 すっと、紫の目元が厳しくなった。

「十六夜サマ、あの女もろとも死ぬつもりやったでしょう」

 空明さんが、静かに尋ねる。

 十六夜王子は、視線を彷徨わせた。

 あの爆発は、十六夜王子の魔法によるものだったらしい。

 どうして鏡が彼を攫ったのかは定かではないが、囚われの身となった王子は抵抗するために、鏡を仕留めるために、魔法を使ったらしかった。

「おれのせいで、イズミ兄様があの偽者の言いなりになるしかなかった。だから、足枷になるくらいならって……」

「十六夜サマ使つこて、イズミ王子を脅したんか」

「第二王子はどうした」

「偽者の言うことに従って、兵を進軍させている。アクアから攻撃を仕掛けさせるつもりなんだ」

 アクア国の兵を動かしている?

 そんな……それじゃあせっかく終戦したのに、またアクアは戦争に巻き込まれてしまう。

「……ねえ、朧兄様がミラさんを殺したって本当?」

「何だその話は」

「シャイン姫を名乗る偽者が言ってる」

「さっきの女か」

「うん。記憶喪失と偽って周りを騙しているってイズミ兄様が言ってた。何が本当なの? シャイン姫はどこに行っちゃったの? ミラさんは本当に死んじゃったの?」

 鏡……心優しいミロワールであった貴方は、もうどこにもいないの?

 周りを引っ掻き回して、それで楽しい?

 太陰の言うことになら、何でも従うというの?

 貴方は、いったい何がしたいの?

「お姉さん、泣いてるの?」

 ぎゅっと十六夜王子の手を握る。

 つ、と涙が溢れた。

「……もしかして、シャイン姫?」

「――!」

「輝夜……」

「えっ、この人、あの輝夜姫なの? シャイン姫かと思った。髪の色が違うけど、優しい目をしていたから……何でだろう。シャイン姫みたいに温かい人だって思っちゃった。あれ、でも輝夜姫って生きていたの?」

「十六夜、何があったかは後で説明する。とにかく、アクアの進軍を止めなければ――空明」

「はい。自分が十六夜サマをお連れして、イズミ王子の元へ行きます。必ず進軍を止めてみせます」

「頼んだ。輝夜、あの女が言っていたことが気に掛かる。俺たちは急ぎソレイユ城へ」

 こくりと朧に頷く。

 私たちは、二手に分かれて行動を開始した。

「輝夜、走れるか?」

 その問いに、迷うことなく頷く。

 朧は、少し申し訳なさそうな顔をして、私の手を握った。

「辛くなったら、いつでも言うんだ。手を引っ張るなり何なり、反応しろ。お前は昔から我慢するところがある。黙っていたら、許さないからな」

 ああ、こんな時だというのに。心が温かくなる。

 嬉しくて、懐かしくて、ほっとする。

 私は彼の手をぎゅっと握り返して、ニッと笑った。

「ちゃんとわかっているんだか……行くぞ」

 私たちは、駆け出す。お父様、お母様、どうかご無事でいて。

 本当の両親でないとしても、私にとってはそんなこと関係ない。

 とても優しくて温かい人たち。私は、二人を失いたくない。

 もう、誰も奪われたくない。

 叶うのなら、ミラにも戻ってきてほしいだなんて思っている。

 そんな都合の良いことは起こり得ないと、わかっていても――

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