第2話

「兵士ばかりだな」

「女王サマはおらへんみたいですね」

 木の陰からそっと窺い見る。

 望月の兵士たちがうじゃうじゃと潜む中、太陰の姿は見当たらなかった。

「移動したか?」

「玉兎サマが加護を外してしまわれたもんで、場所の特定ができへんのですわ」

 空明さんには、王族の居場所がわかる。それで、私がどこにいるのかもわかったみたいなのだけれど……。

 しかしそれは、玉兎様が加護を施している場合に限るため、太陰がいる地点の特定が不可能になっていた。

「とりあえず、ここに留まっとっても仕方あらへん。離れましょか」

 空明さんの提案に頷いて、私たちは移動を開始する。

 と、何かに気付いたらしい神官が、突如その足を止めた。

「空明?」

十六夜いざよいサマの反応?」

「何?」

「十六夜サマが、この国におられます」

 そうか。十六夜王子も玉兎様の加護を受けているから、居場所がわかるんだ。

 でも、十六夜王子がソレイユに来ている? どうして……。

 彼の性格上、一人で勝手な行動はしないはず……であれば、何かが起こったか、誰かと一緒にいる?

「っ――」

 ああ、もう……声が出ないということは、こんなにも不便なの?

「どうした、輝夜」

「十六夜サマに反応されはったんですか?」

 頷くと、思案する朧。

「アクアの王子が連れてくるとも思えないが……そちらに向かってみるか。空明」

「はい。こっちです」

 そうだ。もしイズミがこの国へ来ているとするなら、兵士や従者を連れてだろう。

 そこに十六夜王子を伴うことをするような人じゃない。

 であれば、仕方なくイズミが下した決断か、もしくは、他の誰かが連れ出したんだ。

 誰か。それは太陰か、もしくは――

「そういや姫サマ、あの美人神官は城におるんですかね? 姫サマの護衛か何かやったんでしょう?」

 ミロワール……かがみと名乗った彼女。

 私にそっくりだった人を思い出し、俯く。

「何か、あったみたいですね」

「……」

「声を奪われるというのは、痛いな。やはり、解呪を優先させるべきだったか」

「そうですね……ああ、こんな時にあいつがおったらな」

「また女の話か、空明」

 心なしか呆れ顔の朧。

 空明さんが、むすっとしながら口を開く。

「解呪が得意なやつがおったんですよ」

「どうせ女だろう?」

「確かに女ですけど……あいつとは、そんなんやないですよ。子どもの頃、体術とか呪術とかを一緒に勉強した仲間の一人です。城に入る前のことで、向こうは年下やったし、覚えとらんかもしれへんですけどね」

「ふうん」

「魔力があらへんのに、誰よりも努力しとったんですよ。頭のええやつで、魔法を頭で理解して。道具を使つこて、対抗してました」

「他国の者か」

 朧の質問に、空明さんが頷く。

「ええ。朧サマは知らへんでしょうけど、自分の出身地やと、いろんな髪や目の色したやつらがごろごろおったんでね。別に珍しくもなかったんですけど、魔力値がゼロのやつは、あいつだけでしたね」

「ほう……」

「自分が城へ入る頃に、突然姿を消してもうたんですよ。今頃、どこで何をしとるのやら。綺麗な金髪に、少し鋭い赤い眼……絶対美人になっとると思うんですよね、あいつ」

「……」

「あ、今やっぱりかとか思いましたよね、朧サマ!」

「何も言っていないだろう」

「その目がすべてを語っとるんです!」

 やれやれと呆れ顔の朧。

 目を丸くする私に、空明さんが苦笑した。

「姫サマ見た時、実は少し驚いたんですよ。どこかあいつに似とるなって。姫サマと美人神官も似とりますよね。もしかしてって思たんですけど、ミラって呼んではったし。それに、あいつがソレイユ国の神官をしとるはずないですからね」

 望月国にいた人間が、ソレイユの太陽神に認められるはずないですもんね、と。そう言った空明さんは、空を仰ぐ。

 その横顔は、想い出を憂うようなそれで。

 きっとその女の子は、彼にとって大切な人だったのだろうと思えた。

「ほんま、どこで何しとるんやろ……鏡のやつ」

「――!」

 え? 今、鏡って言った?

「ど、どないしたんですか?」

「どうした、輝夜」

 突如として足を止めた私を訝しる二人。

 私は、高い所にある紫の眼を見上げた。

「ひ、姫サマ?」

 もしも空明さんが言っていた女の子が、ミラのことならば。

 あの時――私が空明さんと初めて会ったあの草原で。

 彼女が、この二人を見て驚いていたことにも納得がいく。

 ミラには。鏡には、一目でわかったのだろう。

 空明さんが、子どもの頃に会っていた男の子だと。

 しかし、この事実はなんと残酷なのだろう。

 朧と共に戦争を止めようとしている空明さんの忘れられない女の子。

 その彼女が、まさか私たちと敵対しているだなんて。

 事実を知った時、この人は何を思うのだろうか――

「――! 十六夜サマの反応が近いです」

「どこだ」

「このまま正面。進んで行くと、あら不思議。ぴったりぶつかってまうでしょうね」

「……警戒を怠るな」

 獣道を進む。二人は、口を閉ざしてしまった。

 この先には、十六夜王子がいる。

 果たして、誰と共にいるのか。

 もしくは、一人なのか。

 緊張感が、ぴりりと呼吸を苦しくさせた。

「森を抜けるぞ」

 確か、この先にあるのはアクアとこの国を結ぶ道だ。

 城へと繋がる道がある――

「馬車?」

「あの中におるみたいですね」

「一台か」

「行きます?」

「ああ」

 茂みから馬車の前に飛び出す朧。

 私と空明さんは、馬車が停止したのを確認してから森を出た。

「何用ですか?」

 聞こえてきた声に、手で口を覆う。

 この声は、間違いない。

「出てきてもらおうか」

「まるで、賊のようですね……また公的には動けない、ということですか?」

 扉が開く。

 姿を現したのは予想通り、金髪の長髪をぱさりと揺らした鏡。

 その姿に、朧が息を呑む。

「望月国第一王子……弟君に会いに来られたのですか?」

「お前は……神官か?」

「ミロワールは亡くなりました。今日より私が、この国にとってのシャイン・ソレイユです」

「何?」

 鏡がちらと私を見る。

 綺麗な顔が、僅かに歪められた。

「運がいいのか悪いのか……あの部屋から出られたのですね。まあいいでしょう。もう手遅れなのですから。イズミ王子は、私のものです」

「――!」

 イズミが鏡のもの?

 どういうこと?

「それにほら、こんなところにいて良いのでしょうか?」

「どういうことだ」

「今、ソレイユ城の玉座に座っていらっしゃるのは、いったいどなたなのでしょうね?」

 愕然とする。

 彼女の言葉。それは何を意味している?

 今すぐ城へ向かいたい衝動に駆られた私はしかし、朧の言葉に足を縫い留められた。

「すぐに向かうさ。それよりも、十六夜をどうするつもりだ」

「……」

「俺たちをこの場から遠ざけるための、幼稚な口車に乗るとでも?」

 忌々しげに朧を睨みつけて。

 鏡は、じりと後退る。

 その瞬間、火花が弾けた。

「なっ――!」

 全員の顔が、驚愕に染まる。

 馬車が爆発したのだ。

「十六夜!」

 さっと顔色を変えて。

 鏡を突き飛ばし、朧が炎に飛び込む。

「朧サマ!」

 間髪入れずに空明さんも後を追う。

 見ているしかできない私は、その場にへたり込んだ。

 馬車は、あっという間に炎に飲み込まれていく。

 黒煙が、空へと吸い込まれるようにして昇っていった。

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