第4話

 部屋の外では、バタバタと忙しなく足音が行き交っている。

 私は吸った息をゆっくりと吐き出しながら、目を閉じた。

 想像する。

 この扉の鍵が開く様子を。

 カチリと解錠され、外に出るイメージを。

 ――するも、扉はびくともしなかった。

「惜しいのう……ほれ、もう一度」

 何度目になるかわからない溜息を吐く。

 どれくらいの時間を使っただろうか。

 本当に魔法を使ったこともない私が太陰の術を破ることができるのだろうかと、不安にさえ駆られる。

 しかし玉兎様はスパルタで、一切休ませてはもらえなかった。

「筋は悪くない。だが経験が希薄だからのう……思い描き切れておらぬのだろう。後は、そなたが自身をもう少し信じてやることだな」

 信じる? 私が私自身を?

「太陰が掛けた術式を破ろうというのだ。あやつを上回る力を必要とすることはわかるか?」

 優しく問われ頷くと、ふっと目元が細められた。

 玉兎様が、どこか嬉しそうに見える。

「であれば良い。姫にはそれだけの魔力があるのだから、後は絶対に負けぬという気持ち。魔力の波動を操ってみせると、自信を持つことよ。声を使えぬ分、思いが勝る。そなたにならばできるはずよ。何せ、この玉兎がついておるのだからな」

 不遜に笑む女神様。

 なんとも頼もしい限りだ。

「では、もう一度」

 促され、目を閉じる。

 想像するのだ。

 私は、ここから出る。

 太陰なんかの魔法には負けない。

 こんなところで大人しくしているなんて、私らしくない。

 手をこまねいているだけだなんて、絶対に嫌だ。

 私は何もできない、待っているだけのお姫様じゃない。

 今度は、私が迎えに行くんだ。

 朧を、助けに行くんだから――!

「か、輝夜、それ以上は――!」

 玉兎様の少し焦った声に導かれ、目を開ける。

 と、手元に膨らんだ光の塊が爆発するところだった。

「――!」

 驚き手を引くも、既に遅く。

 扉は派手な音を轟かせながら、破壊された。

「怪我はしておらぬか?」

 こくりと頷く。

 玉兎様が爆発から守ってくれたおかげで、掠り傷一つ負っていなかった。

「解除ではなく、破壊しおったか。まあ初めてにしては良くやったが……制御を覚える必要があるようだの」

 呆れ顔の女神につられて、改めて木っ端微塵になった扉を見やる。

 これが私の力……扉の外に誰もいなくて良かった。

 もしも人がいたら、巻き込んでいただろう。

 安易に放っていい力じゃない。

 こんなものを戦争に使われたら。

 朧が利用され暴れるようなことがあったら。

 彼は、ただの大量殺戮兵器へと成り下がる。

 優しい人にさせることじゃない。

 絶対に阻止しなければ。

「もしかして、輝夜、サマ?」

 部屋から出た私の耳に届いたのは、驚き混じりの声。

 呼ばれた声に振り返ると、そこにいたのは神官、空明さんだった。

「うええっ、玉兎サマあ?」

「おお、空明ではないか。丁度良い。顕現は疲れるからの。後は頼んだぞ」

 言って、玉兎様はすっと姿を消してしまった。

 呆気に取られていた空明さんも我に返ったのか、改めて私に向き直る。

「何で輝夜サマがここに……それに、そのお姿は……」

「――!」

 うっかり声が出ないことを忘れて、口をパクパクと動かしてしまった。

 しかしそれにより、空明さんが私の異変に気付いてくれる。

「もしかして、声が――?」

 こくこくと必死に頷く。

 とにかく、朧のところへ行きたい。

 どうしたら伝わるだろうか。

「女王様得意の呪い魔法か……急いで解呪を――いや、朧サマの元へ行くんが先か?」

 迷う空明さんの腕を引く。

 瞳で訴えた。

「……朧サマの元へ向かいたいいうことですか?」

 ひたすら頷く。

 首が取れてしまいそうなほどに。

「――わかりました。こっちです」

 ふっと笑って先導してくれる、頼もしい背中。

 私は、彼から離れないように部屋を後にした。

 朧の無事を願って――

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