第3章 死神の審判

第1話

 燃え広がる炎。

 空を覆う黒煙。

 耳をつんざく悲鳴。

 止まない爆撃音。

 瓦礫と化す街。

 簡単に消し飛ぶ命。

 倫理など、欠片もありはしない。

 蹂躙されるのは、大地か心か。

 涙が、知れず頬を伝った。

「きゃっ!」

「おいお前、輝夜かぐやをどこへ連れて行くんだ! 離せ! 離せよ!」

「おぼろ! いや、おぼろ!」

「輝夜! 輝夜あー!」

 兵士に引き離され連れて行かれながら、おぼろへと懸命に腕を伸ばす。

 しかし抵抗虚しく、幼い子どもの手が届くことはない。

 軽々と運ばれていった先にいたのは、広げた扇で顔を隠している叔母だった。

 すすり泣く声が聞こえる。

「ああ……輝夜、可哀想な子。おまえも泣いているのかい? 兄上も義姉上も殺されてしまったからねえ……」

「え?」

「わかるかい? おまえは二度とお父様にもお母様にも会えないんだよ」

「おとうさま、おかあさま……」

 ぽつりと呟くと、叔母に体を引き寄せられた。

 耳元に囁きが直接注がれる。

「おまえから兄上と義姉上を奪った者が憎いね……どれ、このあたくしが復讐の手伝いをしてやろうじゃないか」

「ふく、しゅう?」

「そうさ。敵はおまえのお父様とお母様を殺しておいて、幸せに暮らしているんだよ。許せるかい? 笑っているんだよ。憎いだろう? 憎いに決まっているさ。憎い憎い。憎い者は殺せ。殺すんだよ」

「こ、ろす……?」

「ああ……殺すんだ。おまえならやれるよ。敵のせいでおまえは朧にも会えない。どうだい? 嫌かい? 嫌だろう?」

「いやだ」

「ならば殺すんだよ。そのための力を貸してやろうじゃないか」

「ころす……てきを、ころす」

 魔法をかけられる感覚が、じわりと全身に広がっていく。

 負の感情が膨れ、胸の中で渦巻くのを感じる。

 ぱさりと揺れる髪の色は、金色に変わっていた。

「さあ、お行き……ちゃんと殺せたら戻って来られるからねえ。そうしたら、また朧に会えるよ」

「ころす……おぼろに、あう……ころす……てきを、ころす……」

「そうだよ。ふふ、どうかこの退屈な戦いを彩っておくれ、輝夜。あたくしのために」

 叔母のほくそ笑む顔は、もう瞳には映らない。

 意思など存在しない。

 囁かれた言葉だけが、頭の中で反響している。

 殺す。敵――ソレイユの王族を殺す。

 それだけが、私の意識を支配していた。

 月が雲に覆われる。

 女神の加護も届かない、闇に支配され光を失った昼の出来事だった。


「今のは……」

 目を開けると、見慣れた部屋の一角が視界に映った。

 目尻から伝う滴を拭う。

「夢……?」

 呟いた瞬間、緩やかに首を振った。

 夢だけど、違う。

 あれはきっと、忘れてしまった過去の記憶だ。

 じゃなきゃ、こんなにも胸が締め付けられはしない。

「私は、輝夜……そして」

 あれが太陰たいいん望月もちづき。叔母にして、朧の母。

 私を騙し、魔法をかけた現女王。

 自分で前王夫妻を殺しておきながら、ソレイユ国のせいにした女。

 私をすぐに殺さなかったのは、シャインとして送り込み、ソレイユの王族を混乱させて始末するため。

 上手くいこうがいかまいが、彼女にとってはどちらでも良かったのかもしれない。

 退屈だと言った女のお遊びに、私は人生を奪われ狂わされたのだ。

「朧……」

 夢の中での記憶が訴えてくる。

 会いたかった人が、迎えに来てくれた。その事実に、心が震えている。

 私は忘れてしまっていたのに、彼はちゃんと覚えてくれていた。

 もう一度会いたい。

 まだすべてを思い出したわけじゃない。

 それでも彼を想うと溢れてくる、懐かしく愛しい気持ちが心地好くて。

 幼い私は彼のことが好きだったのだということを、思い出してしまった。

 こんなこと、ますますイズミには話せない。

 しかしこのような思いを、一人で抱えてなんていられない。

 頼れないだなんて、信じられないだなんて考えていたくせに。

 落ち着いてみれば、やはり浮かぶいつもの顔。

 私は部屋をこっそりと抜け出し、思い浮かんだ彼女を探すことにした。

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