第12話 あり得なかったはずの再会

 家に着くなり、俺はベッドに倒れ込んだ。

 みるみる四肢が変形し、異形の姿に戻った。


 そう言えば、ガレオの工房を出てからこっち食事を取っていなかったな。

 その上で、体の変形を維持していたのだから体力が尽きるのも当然か。


 そのまま気が付けば眠りに落ちてしまっていた。


 一体どれだけ眠っていただろうか。

 目が覚めると、外は真っ暗になっていた。


 喉がカラカラだ。


 なんとか起き上がって、台所に向かう。

 食料保存庫から飲み水を取り出して一気飲みする。


 水分を補給して少し気分が良くなったが、次は腹が減ってきた。

 しかし、かなり長いこと家を空けていたから保存庫に残っているものを食べるわけにもいかない。


 外になにか食べに行こう。


 俺は体をすっぽり覆える大きさの外套がいとうを探し出してきて羽織った。

 これで手足を隠しておけば体力を温存できるだろう。


 食事中に手を出す時は変形させて誤魔化すことにした。

 おぼつかない足取りで外に出ると、自然と行きつけの酒場に足が向いていた。



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「らっしゃい!」


 店のドアを開けて中に入ると、店主のはつらつとした声が店内に響いた。

 酒場は冒険者風の恰好をした客たちでごった返している。


 俺はカウンター席に座って、適当にメニューを注文した。


 出てきた料理をかきこむように食べ、とりあえず空腹を満たすことができた。


 最後に手元の水で喉を潤してから、代金を払って席を立つ。

 その時だった。


「ラ、ラルフさん!?」


 甲高い声で俺の名前が呼ばれた。

 しかも、その声には聞き覚えがある。


 俺は声のした方に顔を向けた。


「う、うそ。だって、ここにいるはずが……」


 その声の主、エレナは真っ青な顔でこちらを凝視していた。

 彼女は腰かけていたであろう席から立ち上がって茫然自失ぼうぜんじしつの状態だ。


 そして、エレナがいるテーブル席には見知った顔が勢ぞろいしていた。

 一緒に第二階層の攻略に向かったパーティの仲間達。

 ドーガにリサ。そして、俺を見捨てたザインの姿がそこにはあった。


「おいおい、生きとったんかラルフ殿!」


 最初に駆け寄ってきたのはドーガだった。

 戦士らしく鍛え上げられた腕でがっしりと肩を掴まれる。


「ちゃんと触れるから幽霊じゃないのぉ!」


 ドーガは感極まった様子で何度も俺の肩を叩いた。


「ホントにラルフだ。よく無事だったわね!」


 次に声を掛けてきたのはリサだ。

 理知的な瞳には驚きの色が見えるが、彼女も俺を心配してくれていたらしい。


「ワーウルフに追われている時、あなたが突然消えたから正直諦めてたのよ?」


 なるほど、ドーガとリサは俺がザインに突き飛ばされたことを知らないのか。


 まあ、誰も見ていなかったのならそうなるのは当然か。

 ザインが俺を見捨てたことを仲間たちに教えるはずないしな。


「心配かけて悪かったな。無傷ではすまなかったが、帰って来て治療を受けたからもう問題ないよ」


 なにがあったかは言えないので適当な嘘で誤魔化すことにした。

 ボロが出ないよう詳細をぼかして返答すると、2人はすぐ納得して喜んだ。


 しかし、安心したように笑い合う2人とは打って変わって複雑な表情をしている男がいた。

 もちろん、ザインだ。


 というか、俺もどう対応するべきか困っていた。

 正直ザインに文句を言ってやりたい気持ちはある。


 だが、この場でザインに囮にされたと主張したところであいつが認めるわけがない。

 不毛な水掛け論になって空気が悪くなるだけだ。


 そうなるくらいなら、ここは黙って縁を切った方が無難な気はする。


「ラルフ殿、せっかくじゃ。快気祝いに一杯飲んで行かんか?」


「いいじゃない。ラルフ、奢るから好きなの頼んでいいわよ」


 俺の気持ちとは裏腹に2人は俺を歓迎してくれている。

 ありがたい話だが、ぶっちゃけあまり長居はしたくない。そう思っていると。


「お前らもうやめろ!そいつに構うんじゃねぇよ」


 突然、声を荒げたのはザインだった。


「リーダー?なんでよ。仲間が無事だったんだから、一緒に飲むくらい良いでしょ?」


 リサが不満そうな顔でザインに言葉を返す。


「なんでもだ。そいつはもう俺たちの仲間じゃない。ほっとけって言ってんだよ」


 ザインは足を組んだままイラついた様子を隠すこともなく言い放った。


「ラルフ、リーダーとなにかあったの?あなたたち、そんなに仲悪かったかしら」


 リサのツッコミに俺は思わず口をつぐむ。

 ここで余計なことを口走ったらトラブルに発展するのは想像に難くない。


「そう、分かったわ。2人とも話す気がないなら、エレナに聞くしかないわね」


 リサは溜息交じりにそう言うと、ずっと黙ったままだったエレナの方に向き直る。


「へっ!?」


 エレナは素っ頓狂な声を上げて、眼を泳がせている。


「あなた、ラルフを見つけた時からずっと様子が変だったもの。なにか知ってるんでしょ?」


「し、知らないです」


 エレナは怯えたように眼を逸らした。


「噓おっしゃい!ならなんでそんなにビクビクしてるのよ」


「ひいぃぃ。ゆるしてくださいぃ」


「まあまあ、リサ殿。あんまり怖がらせたらダメじゃ」


 エレナは今にも泣きだしそうな顔になっている。そこにドーガが割って入った。


「エレナ殿。大丈夫じゃ。なにかあっても儂が味方するからの。なにか隠しておるなら話してくれんか?」


 そう言って、ドーガはエレナの頭を優しくなでた。


「味方……。それなら。わ、わかりました」


 ドーガの説得でエレナは少し落ち着いたようだ。

 そうして、エレナはゆっくり話し出した。


「わ、わたし。見ちゃったんです。ワーウルフの群れに襲われてる時に」


「見たって、なにを?」


 リサが身を乗り出して問いを投げる。


 エレナは神妙な面持ちで答えた。


「リーダーがラルフさんを突き飛ばすところを、です」

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