第11話 待ちわびた帰還

 ミノタウロスを倒した後、第三階層の入り口に戻るのにはさほど苦労しなかった。

 遭遇するのはミノタウロスより弱い魔物ばかりだったからだ。


 そうして転移宝玉の所まで来て、そこでふと気づく。

 今はまだ日中だし、体を隠せるものを俺は持っていない。


 このままこの体で街に転移したら、人に見られて大騒ぎになるんじゃないか?


「しまった。そこまで考えていなかったな。どうしたものか」


 ひとしきり頭を捻って、1つのひらめきが去来する。


 ミノタウロスと戦った時、俺の右腕は形を大きく変形させていた。

 あれを自分の意思で使えれば、手足をカモフラージュできるかもしれない。


「やってみるか」


 俺は目を閉じて深呼吸する。


 人間の腕。そして人間の足。


 頭の中で明確なイメージを作り、四肢に力を集中させる。

 そうして目を開くと、俺の手足は人間の形に変わっていた。


「うわっ、マジかよ」


 突飛な思いつきだったのだが、まさか本当にできるとは。

 あまりの異常さに改めて自分自身が恐ろしくなる。


 四肢以外は人間のままだったから、今まであまり深刻に考えていなかった。


 しかし、ミノタウロスとの戦闘でハッキリした。

 この体の機能は魔物すらはるかに超えて、もはや怪物じみてきている。


 俺はすでに人間ではない。


 その事実がじわじわと俺の心を蝕む。

 こんな体で街に戻って今まで通り生きていけるのか?


 メアリにこの事を知られたらどんな顔をされるのだろう?

 嫌な想像が脳内を埋め尽くす。


「考えるな、もうやめだ!!」


 俺は声を張り上げ、両手で頬を叩く。

 とにかく、今は街に戻る。そして、メアリに会って安心させてやらないと。


 それに、どうやら急いだほうがよさそうだ。

 手足を変化させている間は、どうも気力を消耗するらしい。


 直感でずっとこの形にしておくことはできないのだと分かった。

 集中力が切れたら元に戻ってしまうのかもしれない。


 人前で変化へんげが解けてしまったら大変だ。

 俺はさっそく転移宝玉に手を触れた。


 宝玉が眩く輝き、俺の体が光に包まれる。

 その光が消え去ると、周囲の景色が一変していた。


 そこはエルドランの中央広場だった。


 円形に5つの彫像が設置されており、俺はその中心に転送されたのだ。


「やった。戻って来れたんだな」


 たくさんの冒険者で賑わう街並みを見渡して、しばし喜びに浸る。


 しかし、ホッとしたのもつかの間。足元を見て自分が素足であったことを思い出した。

 裸足で外にいるのはだいぶ怪しい。


 俺は速やかに自宅へと戻り、予備の靴を引っ張り出す。

 すぐさま靴を履いて、早速北の大通りに向かうことにする。



 -----



 よく見知った街路をしばらく進むと、間もなく病院の建物が見えてきた。

 受付をすませて、病室に足を踏み入れる。


「メアリ、元気にしてたか?」


 窓際のベッドで外を眺めていた少女が俺の声に反応してパッと振り返る。


「お兄ちゃん、久しぶり!会いたかったよぉ!」


 手を広げるメアリのそばに歩み寄って、抱擁ほうようを交わす。

 細く小さい体でメアリは俺に力いっぱいしがみついた。


「私は大丈夫だよ。先生も最近は調子いいねって言ってくれるの」


 メアリが嬉しそうに語る。


「そっか。そいつは良かった」


 妹のメアリは俺のたった1人の家族だ。

 彼女とついに再会できた。何度も死に直面したからこそ、思わず涙が出そうになる。


「どうしたの?お兄ちゃん、泣きそうな顔してる」


「いや、しばらく会いに来れてなかったから嬉しくてさ」


 メアリはおかしそうに笑う。


「そうなんだ?ならもっとたくさん会いに来てくれてもいいんだよ!病院はできることが少なくて退屈なの」


 メアリは生まれつき病弱で入退院を繰り返していた。

 今年で13歳になるのにそのせいで同年代の友達もいないし、長く寂しい思いをさせている。


 俺がもっと金を用意できれば、今より良い薬を試してやれるのに。

 そうしてやれない自分自身が不甲斐ない。


「分かった。今度はすぐに会いに来るよ」


 メアリは「やった」と声を上げてはしゃいでいる。


「それに次はいい報告も持ってくるよ」


「いい報告ってなに?今聞いてもいいの?」


「ダンジョンの奥まで行ってお宝を見つけてくる。それで薬を変えて、メアリを元気にしてあげるよ。約束する」


 本来の俺では無理な話だ。


 だが、今は人外の力がある。


 望んだ力ではないが、手に入れたからには活用しない手はない。

 メアリのためにこの力を使おう。


 てっきりメアリも喜んでくれるかと思ったが、彼女は少し怯えたような顔で俺を見つめた。


「ダンジョンってすごく危ないんでしょ?もし奥まで行ってお兄ちゃんが帰って来れなかったら、私嫌だよ」


 俺は不安そうにしているメアリの手を取る。


「大丈夫だ。今までだってちゃんと帰って来てるだろ?俺を信じて待っててくれ」


 メアリは渋い顔をしながらもこくりと頷いた。

 せっかく戻って来れたというのに、心配させてしまったのは良くなかったな。


 安心させるためにも今は明るい話をしてあげよう。


 その後しばらく雑談に花を咲かせ、話し終わる頃にはメアリも笑顔を取り戻していた。


「それじゃあ、また来るよ。元気でな」


「うん。お兄ちゃんも、気をつけてね」


 小さく手を振るメアリに手を振り返して俺は病室を後にした。

 そして、病院を出たところで腕の違和感に気づく。


 右手の爪が少し伸びている。形を維持するのが難しくなってきているようだ。


 とりあえず、家に帰ろう。

 俺は急ぎ足で自宅へと向かった。

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