第39話 囚われの身

「…………ここ、どこ?」


 次に気がついた時、私は、自分がどこにいるのかわからなかった。


 辺りを見ると、どこかの倉庫のようだったけど、見たことない場所だ。

 いったいどうしてこんな所にいるの?


 とりあえず立ち上がろうとして、ギョッとする。

 私の腕が、近くにある柱に手錠で繋がれていた。


「な、なにこれ?」


 どう見ても普通じゃない状況。

 そこでようやく、自分が何かとんでもないことに巻き込まれてるかもしれないってことに気づく。ゾクリと全身に寒気が走って、体が震える。


 それから、気を失う直前、何をしていたのかを思い出した。


「そうだ、久保田先生! 確か、先生と話していて、途中でなんだか変なことを言い出して……それら、どうなったんだっけ?」


 多分、そこで完全に意識が途切れたんだ。

 久保田先生に何かされたんだとしたら、いったいどうして?


 すると、まるでそんな心の声が聞こえたみたいに、部屋の隅にあった扉が開いて、久保田先生が姿を現した。


「く、久保田先生……」

「やあ、気がついたかい。手荒なことをしてごめんよ」


 普通に話してる時と変わらない調子で言う。それが、なおさら不気味に感じた。


「ど、どうしてこんなことを?」


 怖くて逃げ出したいけど、手錠で繋がれてるから、それは無理。

 久保田先生は、さらに近寄ってくる。


「君は、反吸血鬼派というのを知っているかい?」

「えっ?」


 知ってる。伊織ちゃんのお父さんが言ってた、吸血鬼を排除しようとしてる人たちだ。


「まさか、久保田先生が、反吸血鬼派?」

「ああ、そうだとも。そもそも僕があの学校の校医になったのは、影村伊織に近づくためさ。僕ら反吸血鬼派は、吸血鬼を排除するためなら、名を変え顔を変え、どこへだって忍び込む」


 そんなスパイ映画みたいなこと、とても信じられない。全然リアリティがない。

 だけど、実際にこうして捕まってることが、これは現実なんだと嫌でも教えてくれた。


「君も、そのために利用させてもらうよ」

「ひっ──」


 怖い。怖い。怖い。

 今まで感じたことのない恐怖が溢れてきて、体がガタガタと震えだす。

 逃げ出したくなるけど、手錠で繋がれてるから、それはもできない。


「きゅっ、吸血鬼を排除って、どうしてそんなことするの? 伊織ちゃんが、なにをしたって言うの?」

「君こそ、なぜそんなことを言うんだい。僕にしてみればそっちの方が不思議だよ。君だって、奴らの恐ろしさは既に知ってるはずだろう。なんたって、血を吸われたんだからね」

「──っ! どうして知ってるの!?」


 気を失う前も、久保田先生は私が伊織ちゃんに血を吸われたことを言っていた。

 でもどうして? そのことは、学校じゃ誰にも言ってないはずなのに。


「これ、何かわかるかい?」


 そう言って久保田先生が取り出したのは、ペットボトル。それには見覚えがあった。

 久保田先生と初めて会った時、サッカーをしている伊織ちゃんに飲ませてやるといいって言われて渡されたのと、同じものだ。


「知っているかな? 吸血鬼に関する医療機関では、渇きを抑える薬が研究されている。そちらはまだ実用化には至っていないが、研究途中に、それとは逆に渇きの症状を強制的に発症させる薬というのもできたんだ。しかもその症状は、定期的に発症するものよりも、ずっと強い。溢れ出る吸血衝動に、抗えなくなるくらいにね」

「それって、まさか……」

「その通り。あの時君に渡した飲み物の中には、その薬が入ってたんだ。まだ広くは認知されていないから、調べてもそう簡単にはわからないだろうけどね」


 あの時、どうして伊織ちゃんの様子が急に変わって、渇きが発症したのか、ずっと不思議だった。

 今も、原因を調査しているけど、まだわからないって言われてた。

 だけどまさか、こんなのが理由だったなんて。


「なんでそんなことしたんですか!」

「彼に、君の血を吸わせるためさ。例えこの薬を使ったとしても、彼が確実に人を襲うとは限らない。だが君は、彼に一度精気を与えている。また同じように精気を与えるようなことがあれば、それがきっかけになって血を吸い始めるかもしれない。君が死ぬまでね」

「なっ……」

「そうなれば、あとは僕の仲間がそれを公にして、吸血鬼がいかに危険な奴らかを世の中に知らしめる。しかし残念なことに、君は死ななかったし、周りには襲われたことを黙っていたけどね。せめて騒ぎ立ててくれたら、少しは奴らにダメージを与えることができたのに」


 言ってることがめちゃくちゃだ。私を死なせたらって、そうなるような原因を作ったのはあなたなのに。


「私に何があっても、全部あなたのせいじゃない」

「いいや、違う。吸血鬼なんてものが存在しなければ、こんなことをする必要もなかった。奴らは元々危険な存在で、僕はそれを知らしめるきっかけを作ろうとしただけだ」


 久保田先生は、正しいことをしているんだって感じで、大真面目に語っている。私を死なせようとしたことにもゾッとするけど、こっちの方が、もっと怖いかもしれない。

 こんな人に利用されたんだってのが、心の底から怖くて、悔しかった。


 吸血鬼を危険と言っているけど、私には久保田先生の方が、ずっと恐ろしい怪物に見えた。


「まあ、彼には個人的な恨みもあるからね。だから、何としても破滅させてやりたいんだ。だがこの前は失敗したし、そろそろ調査の手が僕のところに及びそうなんだ。このままだと、そう遠くないうちに僕は捕まるだろうね」


 そうなの?

 渇きの原因の調査、私は何も知らされてなかったけど、もうそんなに進んでたんだ。

 けれど、それを聞いて安心できるわけじゃない。


「だから、そうなる前になんとかする。今度こそ、彼や吸血鬼がいかに危険かわからせてやる」


 久保田先生はそう言って、今度はポケットからスマホを取り出した。


 あれは、私のスマホだ。多分、気を失ってる間にとられたんだ。


 久保田先生は勝手にそれを操作して、ひとつの画面を私に見せてくる。


 それを見て、私は思わず息を飲む。


 それは、伊織ちゃんとやり取りをしていたメッセージアプリ。そしてそこには、気を失っている私の写真が貼り付けられていた。


「彼には既に、この写真を送ってある。君の身柄は預かった。このことは誰にも言わず、一人でここに来いと伝えてね」

「そんな!」


 ムダだってわかっているけど、どうにか逃げ出したくて、手錠をガチャガチャと引っ張る。

 今の伊織ちゃんは、子どもの頃みたいに結界を張って家に閉じ込められてるわけじゃない。

 来ようと思えば、黙って抜け出して来ることだってできそう。


 久保田先生が何をする気なのかはわからないけど、どう考えても良くないことに決まってる。


「大人しくしてくれないかな。これでも、君を巻き込んでしまって申し訳ないと思っているんだ。できれば手荒なことはしたくない」


 そうして、いつの間にか手に持っていたスタンガンを私に向かって突きつける。さっきは、これで気絶させられたんだ。

 さらにもう片方の手には、なんとナイフまで持っていた。


「ひっ……」


 私だって空手をやってたし、腕っぷしには自信がある。たとえ相手が男の人だって簡単には負けないって思ってた。

 だけど、こんなの出されちゃどうしようもない。

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