最終章

第38話 どうして……?

 月日が経つのは早いもので、私が伊織ちゃんの過去を知ってから、もう一ヶ月が過ぎようとしていた。


 この頃になると、学校の中の空気が慌ただしくなる。もうすぐある、文化祭の準備のためだ。私のクラスも、放課後に準備を進めていた。

 って言っても、実はクラスのテンションはそんなに高くない。


「せっかくの文化祭なのにさ、やることが歴史の研究発表の展示って地味すぎない?」


 準備をしている途中、文が不満タラタラにぼやく。こんな風に思ってるのは、彼女だけじゃない。


 準備っていっても、調べものと、調べた内容を紙に書くってのがほとんど。

 元々歴史に興味があるって子じゃなきゃ、そこまでやりたがらないかも。


 なのにこうなったのは、クラスの出しものを決める時、あれがいいこれがいいって色んな意見が出すぎて、なかなか決まらなかったせい。

 仕方なくくじ引きをすることになったけど、その結果見事引き当てられたのが、とりあえずで先生が挙げていた、歴史の研究発表だった。


 これにはほとんどの子がブーイングしてたけど、一度やり直しを認めたら何度だって同じことになるって言われて、結局これに決まっちゃった。


「まあまあ、決まったものはしょうがないし、やるだけやろうよ」


 私はそう言うと、持ってたスマホで、クラスの様子をパシャリと写真に撮る。

 私だって、できればもっと派手な出しものの方がいいなって思ったけど、これはこれでしっかり楽しみたい。だって、それを伝えたい人がいるから。


 さっき撮った写真をメッセージアプリに貼り付けて、送る。


「それって、景村くんに送ってるの?」

「うん。学校でみんながどうしてるか、少しでも教えてあげようって思って」

「そっか。体調悪いの治って、早く学校に来れるようになるといいね。みんな残念がってるよ」


 結局あれ以来、伊織ちゃんは学校に来ていない。

 子供のころみたいに結界を張って閉じ込めるってことはしてないけど、伊織ちゃん自身の意思で、家と研究施設の間を行ったり来たりしてるだけ。

 学校には、体調不良のため長期療養するって伝えてある。


 この一報をを聞いて、学校にいるほとんどの女の子は泣き崩れた。

 もちろん私だって、また前みたいに普通に通ってほしい。

 だけど、伊織ちゃん自身がそれを良しとしなかった。


 私を傷つけたこととお母さんのことで、今も自分を責めている。

 それに、あの時起きた異常な渇きの症状の原因は、今も調査中。私もいくつか話を聞かれたけど、それから何か手がかりが掴めたかは、何も知らされてない。

 それをなんとかしない限り、伊織ちゃんが学校に戻ってくることはないのかもしれない。


 だけど、私だって諦めたわけじゃない。だからこうして、学校の様子を何度も写真で送ってる。伊織ちゃんが、少しでも来たいって思ってくれるように。


「そんなにたくさん写真を送るなんて、健気だねぇ。いよいよ彼女らしくなってきたって感じがするよ」

「そ、そうかな?」


 文は、伊織ちゃんが学校に来なくなった本当の理由は知らないけど、私が写真を送ってるのは知っている。


 けどこれって、本当に彼女らしいかな?


 こうやって写真を送る以外にも、電話をかけたり、たまには家に行って話をすることだってある。

 だけど話をする時、前よりちょっとだけ、どこか遠慮してるようなぎこちなさを感じることがあるのよね。


 私は、伊織ちゃんの味方。

 前にハッキリそう伝えたけど、伊織ちゃんにしてみれば、今も私に対して罪悪感を持っているんだから、今まで通りってわけにはいかないのかもしれない。


(なのに私は、こんなに何度も構おうとしてるんだよね。重いって思ってたらどうしよう)


 そう思って、ちょっぴり不安になることもある。


 だけどその時、スマホが震えて、新しいメッセージを受信した。

 送ってきたのは、伊織ちゃんだ。


『写真見たよ。ありがとう。文化祭、楽しんでね』


 決して長くない、あっさりとした文章。最近は、メッセージのやりとりもこんな感じ。

 だけど、ありがとうって言ってもらえた。それだけで、やってよかったって思う。


「準備、頑張らないとね」


 たったこれだけで、そんなに乗り気じゃなかった歴史の研究発表も頑張ろうって思うんだから、我ながら単純だ。

 だけどどうせやるなら、思わず伊織ちゃんが来たくなるくらい、楽しいものにしたかった。










 その日の作業は、遅くまで続いた。途中で帰った子や、文みたいに部活に行った子も結構いたけど、私は部活はやってないし、何より張り切っていたから、学校にいられるギリギリの時間まで残っていた。


 今の季節だと日が落ちるのもだいぶ早くなっていて、教室を出た頃には、外は真っ暗になっていた。


 もう一度時間を確認しようとしてスマホを見ると、いつの間にかメッセージが届いてる。差出人は、伊織ちゃんのお父さん。

 実は伊織ちゃんだけでなく、そのお父さんとも、時々こうして連絡をとりあってるの。


 メッセージの内容は、伊織ちゃんを気にかけていることへのお礼。それに、この前伊織ちゃんが私の血を吸った時の、渇きの原因についての調査状況についてだ。


 って言っても、調査の方は何か大きな進展があったわけじゃない。体の各種数値にいくつかおかしな点があったらしいけど、その原因ってなると、わからないままだ。

 ただ近いうちに、その時の様子や直前に何をしてたかを、色々聞くことになるかもしれないって書いてあった。


 もちろん、私にできることなら何だってやる。


 メッセージを返して、いよいよ帰ろうと、校舎を出る。

 するとその時、知っている人とばったり出会った。


「おや。君は確か、浅尾さんだったかな」

「久保田先生。どうしたんですか?」


 出会ったのは、校医の久保田先生。

 校医の先生って、普段から学校にいるわけじゃないし、しかもこんな遅い時間に何をしているんだろう。


「今は、文化祭の準備期間だろ。毎年このくらいの時期になると、バタバタしててケガをする子が出てくるんだ。中には大ケガに繋がる場合もあるから、先生方にそんなことにならないよう指導してくれってお願いしに来たんだ」

「そうだったんですか」


 そんなこともしなきゃならないなんて、校医の先生ってのも大変だ。

 それからなんとなく、二人一緒に並んで歩く。


「ところで、景村くんは、長い間病気で休んでいるんだってね」

「ええ。まあ……」


 伊織ちゃんのこと、久保田先生も知ってたんだ。元々伊織ちゃんには興味があったみたいだし、病気のせいで長い間休んでるってなったら、気になるのも当然かも。


 って言っても、本当は病気じゃなくて、かなり特殊な事情だからね。詳しく聞かれてボロが出る前に、ごまかしておいたほうがいいかもしれない。


「私も、詳しいことはよく知らないんです。吸血鬼にしか起きない、特別なことだったと思うんですけど」

「ああ。吸血鬼の体については、人間と比べてまだまだ研究が進んでないからね。僕たち医者でも、知らないことだらけだよ」


 よかった。とりあえず、変には思われてないみたい。あとは何か聞かれても、よくわからないって答えよう。

 そう思った、その時だった。


「だから、僕には信じられないな。どうして君は、そんな得体の知れない奴と一緒にいて平気なんだい? 血を吸われて、死ぬような思いをしたんだろ」

「えっ?」


 ピタリと、足が止まる。

 どうして久保田先生がそれを知ってるの? 伊織ちゃんが休んでいる本当の理由と同じように、私の血を吸ったことだって、誰にも言ったことなんてないのに。


 尋ねようとして、だけどそれはできなかった。

 そうする前に、急に体に強い衝撃が走って、意識が途切れたから。


(どうして……?)


 わけがわからないまま最後に私が見たのは、手に何かを持っている久保田先生の姿だった。

 よくは知らないけど、確かスタンガンってのが、あんな形だったなって思った。

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