第27話 キックオフ!

 そんなこんなで翌日の土曜日。

 伊織ちゃんはサッカー部の紅白戦に出るため、私はそれを応援するため、学校のグラウンドにやってきた。


 そして、やって来たのは私たちだけじゃない。


「景村くーん、頑張ってーっ!」

「応援してるからーっ!」

「私たち、いつまでもファンでいまーす!」


 伊織ちゃんが試合に出るって噂を聞きつけたファンの女の子たちが、応援団を結成してやってきた。


 伊織ちゃんに私という彼女ができても、好きだって言ってる子は未だに多い。

 私への嫌がらせみたいなのは一切なしで、あくまでも一ファンとして応援している。

 ああいうのを見てると、私って凄い人と付き合ってるんだなって、改めて思い知らされる。


 その伊織ちゃんはというと、私がグラウンドに現れたとたん、それまでやってた柔軟体操をやめ、こっちに駆け寄ってきた。


「こっちに来て大丈夫なの?」

「今は、試合前の自由時間だからね。休むのも軽い運動をして体を慣らすのも、好きにしていいんだ。それより、来てくれてありがとうね」


 そりゃまあ、私が、サッカーしてる伊織ちゃんを見たいって言ったから参加したんだからね。


 今の伊織ちゃんはユニフォーム姿。こんないかにもスポーツをやりますって格好は、子供の頃を含めて見たことなかったから、すっごく新鮮だ。


「体、けっこう引き締まってるんだ」


 こういうのって、体のラインがある程度わかるようになってるから、鍛えてるかどうかもなんとなくわかる。

 伊織ちゃんの体は筋肉質ってわけじゃないけど、引き締まっていて、パッと見ただけでもなんとなく運動が得意そうって印象を受ける。

 それが、私の中にあった伊織ちゃんのイメージとは違うから、なんだか面白い。


「運動もできるようになりたいって思って、それなりに頑張ったから。今日の試合でも、瑠璃ちゃんにいいところ見せられたらいいな」

「いや、そこは私のためじゃなくて、チームのためって言った方がよくない?」


 サッカーはチームスポーツなんだから、個人の活躍よりチームの勝利の方が大事。

 もっとも伊織ちゃんの場合、私の一言で参加を決めたようなものだから、私を優先させるのも無理ないか。

 なんて思ったら、ちょっとだけ照れる。


「じゃあ、チームのためにも頑張るよ」

「うん。伊織ちゃんが頑張れるよう、しっかり応援してるね」

「うん。ありがとう」


 それから間もなくして、試合開始。私はグラウンドの側の芝生に座って観戦だ。

 辺りがホイッスルと伊織ちゃん応援団の歓声に包まれる中、いよいよゲームが始まる。

 私も、ここは景気づけに大声で叫ぶ。


「伊織ちゃーん! 頑張ってーっ!」


 って言っても、いきなり伊織ちゃんが目立った活躍をするわけじゃない。


 さっきも言ったみたいに、サッカーはチームスポーツ。まずは、他の人たちがボールを回し奪い合っていた。


 私はサッカーは本格的にやったことは無いけど、スポーツは大抵見るのもやるのも大好き。だから伊織ちゃん以外の人のプレーだって、見てたら自然と熱が入る。


「みんな、こんなにうまいんだ」


 見ていて驚いたのは、どの選手もみんな想像以上に動きにキレがあること。

 紅白戦できるギリギリの人数って聞いて、そんなに強くないのかなって勝手に思ってたけど、とんでもない。


 そして、いよいよ伊織ちゃんにボールが回る。

 伊織ちゃん、あんな人たち相手にどこまで競い合えるんだろう。


 一瞬そんな風に考えるけど、そんな不安が驚きに変わるのに、そう時間はかからなかった。


「おぉっ、凄い!」


 伊織ちゃん、うまいと思っていたサッカー部の人たちに全然負けてない。

 多分、技術は向こうの方が上。毎日練習してるんだから、そこで差が出るのは当然だ。

 だけど伊織ちゃんは、単純なスピードや反射神経といった身体能力を最大限活かして、それと互角に戦っていた。


 吸血鬼が種族として身体能力が高いってのは知ってたけど、こうして実際に見ると、その凄さがよくわかる。


 もちろん相手だって、伊織ちゃんへの対策はしっかり考えてるみたい。

 不利だと思ったらすぐに他の選手がやってきて、2対1みたいな体勢になる。

 こうなると、いくらなんでもさすがに不利。だけどそんな状況だからこそ、見ている方としても熱くなる。


「いけーっ! 伊織ちゃーん!」


 めいっぱいの声を張り上げ声援を送ると、その瞬間、伊織ちゃんが仕掛けた。

 二人の合間を縫って、強引にシュート。と見せかけて、近くにいた味方の選手にパスを回す。

 そして、その選手がすかさずゴールを決めた。


「やった!」


 ゴールを決めたのは、伊織ちゃんじゃないけど、これだって立派な活躍だ。


 何より、必死になってプレイする姿は、見ていて胸が熱くなる。伊織ちゃんがちゃんとスポーツするところなんて初めて見たけど、普段とは全然違う。


「これはカッコいいや」


 グラウンドの隅では、伊織ちゃん応援団が、声をあげてはしゃいでる。

 あの子たちがあそこまで大騒ぎする気持ちも、大いにわかるような気がした。


 試合はさらに続いて、伊織ちゃんも他の選手達も全力でプレーし、一進一退のままハーフタイムに、さらには後半戦へと移っていく。


 もちろんそれからも私は全力で応援するけど、そんな中、いつの間にか近くに一人の男の人が立っていることに気づいた。

 どう見ても生徒じゃなく、白衣を着たおじさんだ。

 先生かな? けど、こんな人見たことない。


「よかったら、隣に座ってもいいかな?」

「構いませんけど、あなたは?」

「ああ。僕は久保田と言って、この学校の校医をやらせてもらっている者だよ。と言っても、普通の生徒達だとあまり接する機会もないか」


 なるほど、校医の先生か。それなら本人も言ってるように、私が知らなくても無理はない。何しろ、まだ保健室すらまともに使ったことがないんだから。


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