第4章 吸血鬼の本能

第25話 付き合って数日。まだ気持ちがフワフワしています。

 二人で遊園地に行ってから、つまり、私たちが付き合うようになってから、数日が経った。


 その日、私が学校に登校すると、偶然靴箱で伊織ちゃんと出会う。

 すると伊織ちゃん。私を見るなり、パッと満面の笑顔になった。


「おはよう、伊織ちゃん。急に笑って、どうしたの?」

「おはよう。朝から偶然会えたのが嬉しかったから、つい」


 嬉しいのハードルが低いって。同じ学校なんだから、そういうこともあるでしょ。


 けどまあ、そう言われて私もちょっぴり嬉しくなってるんだから、人のことは言えないかも。


 それから二人一緒に教室の前まで行って、クラスが違うから、そこで別れる。


「それじゃあ、またお昼にね。いつもみたいに、学食でいいよね」

「うん。またね」


 せっかく彼氏彼女になったんだし、最近は、お昼は二人揃って食べることが多くなった。

 なんたって、彼氏彼女なんだから!


 ……なんて、一人で思って、一人で恥ずかしくなる。

 私と伊織ちゃん、付き合ってるんだよね。彼氏彼女になったんだよね。

 なんだかまだ信じられなくて、どこかフワフワした感じがある。


 こんなことになるなんて、少し前までは想像もしてなかった。


「なに朝から百面相してるのよ」

「へっ?──ああ、文。おはよう」


 いつの間にそばに来ていたのか、文がニヤニヤしながら私を見ていた。


「朝から彼氏と会えて、幸せいっぱいって感じね」

「いや、別にそういうわけじゃないけど……」


 そういう風になるのは、私じゃなくて伊織ちゃんの方だから。

 なんて言ったら、ノロケかなんて言われそう。


 私と伊織ちゃんが付き合ってるのは、文も知ってる。と言うか、全校生徒のほとんどが知っている。


 というのも、私たちが遊園地に行ったあの日、この学校の誰かが同じようにあの遊園地に遊びに行ってたらしくて、そこで私たちの姿を目撃。

 その噂はあっという間に広まって、次の日にはどういうことかって問い詰められていた。


 そこで、自分達は付き合っているんだって伊織ちゃんが言ったものだから、阿鼻叫喚の大騒ぎ。

 学校中の誰もが、私たちの交際を知ることになっちゃった。


「それにしても、彼氏ができたのはいいけど、相手があの景村くんだと、嬉しい反面大変なことも多いんじゃないの。また、嫌がらせとかされてない?」

「それは大丈夫。変に注目浴びることはあるけど、前みたいなことにはなってないから」


 少し前まであった嫌がらせのことは文もよく知ってるから、たまにこうして心配してくれるけど、そっちは今のところ大丈夫。


 その理由は、嫌がらせをしていた伊織ちゃんガチ勢のリーダーだった金城さんが、他のみんなにやめるよう指示したらしいから。

 この前の一件、相当堪えてたみたい。


 そしてもうひとつ。伊織ちゃんのおかげだ。


「あの時の景村くん、凄かったよね。僕の大切な人に何かあるようなら許さないからって、めちゃめちゃ釘刺してたもん」


 女の子たちが大騒ぎする中言ったその言葉は、ちょっと前まで実際に嫌がらせされてたこともあって、けっこうな人がギクリとしたらしい。

 いきなりそんなこと言い出した時にはビックリしたけど、そのおかげで、こうして平和でいられている。


「さらにそれから、瑠璃がいかに可愛いくて素敵な人か語り始めた時はびっくりしたよ」

「言わないでよ、恥ずかしい!」


 そうなったきっかけは、話を聞いていた一人の生徒が、どうして私を好きになったのかって質問したから。

 そしたら伊織ちゃん、どれだけ私のことが好きか、ものすごーい熱量で答えようとしたんだよね。


 それがあまりにも恥ずかしかったから途中で止めたんだけど、あのまま続けてたらどうなっていたんだろう。


「ああまで言ってくれるなんて、瑠璃、愛されてるね」

「うーん、そうかな。けど、急に色々変わりすぎて、なんだか実感わかないな」


 完全な恋愛初心者の私としては、まだまだ、付き合うってどうすればいいんだっけみたいな感じ。


 お昼は一緒に食べることが多いし、夜は毎日電話でお喋りしてるけど、これだけで伊織ちゃんは満足してくれてるのかな?


 ちょっぴり悩ましいけど、文はそんな私を見て、フフフと微笑んだ。


「私は、今の二人でいいんじゃないって思ってるよ。だって、景村くんがあんなに嬉しそうにしてるとこなんて、見たことなかったもん」

「そう?」

「あっ、瑠璃の前ではいつもニコニコしてるから、わかんないか」

「いや、そんなことは……あるかも」


 付き合い始めてから、伊織ちゃん、笑顔になることが倍くらいに増えた気がするんだよね。

 けどこんなこと言ったら、またノロケだのなんだの言われそう。


「それでも、何か進展したいっていうなら、キスでもしちゃえば」

「ふぁっ!? き、キス? なに言ってるのよ!」


 いきなりとんでもないこと言われて、思わず変な声が出る。

 なのに文はケロリとしたままだ。


「だって付き合ってるんだし、いつかはそういうことがあってもおかしくないでしょ。だいたい、前に一度やってるじゃない」

「そりゃそうだけど……いや、そもそもあれってキスにカウントしていいの?」


 文が言ってるのは、私が渇きを発症した伊織ちゃんに精気を吸い取られた時の話だ。

 ああなったのは事故だし、キスって言うより人工呼吸みたいなものだと思う。


「うーん、いいんじゃないの? そういえば、瑠璃が彼女になったなら、これから景村くんが渇きの状態になっても、すぐに治してあげられるんじゃない?」

「そういえば……」


 伊織ちゃんがあんな風に渇きを発症することは、再会してからまだ一度しか見たことない。けど文たちの話だと、月に一回くらいの頻度であるらしい。


 キスして精気を吸わせればあっという間になんとかなるけど、安静にさえしていれば少し時間はかかるけど回復する。

 だから今までは、キスで精気を吸わせるのは、全部伊織ちゃん本人が断ってきた。


 だけど彼女って立場からすると、キスするのはおかしいことじゃないかも。


「でも伊織ちゃん、キスはともかく、精気を吸い取るのは断りそう」

「確かに」


 精気ってのは命のエネルギーみたいなものだから、それを吸われたら、当然体に負担がかかる。前に吸われた時は、まるで何キロも全力疾走したみたいな疲れが襲ってきた。


 だけど、逆にいえばそれだけ。耐えられないってほどじゃない。


 けどそれでも伊織ちゃんのことだから、僕のためにそんなことさせられない、なんて言いそう。

 すっごく言いそう。


「まあ、実際どうするかは瑠璃がその時決めればいいんじゃないの? それにかこつけてキスしたいって思ったらすればいいし、ムードがなきゃ嫌ならやめておけばいい」

「いや、そもそも渇きが起きた時精気をあげるのは、キスじゃなくて人工呼吸みたいなものだから! 同じように並べないの!」


 けどまあ、人工呼吸みたいなものなら、本当に危ないと思った時は、本人がどれだけ断ったってやるかもしれない。


 もちろん、そんなことが起きなければ一番いいけど。


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