第24話 付き合おっか

 それを聞いた伊織ちゃんは、信じられないって感じで目を丸くしていた。

 そして、大いに慌てふためいた。


「つ、付き合うって、彼氏彼女になるって意味での付き合うだよね。なんで急に!?」

「急じゃないよ。元々、今日はそういうのを考えるために誘ってくれたんじゃない」

「そりゃそうだけど……」

「もしかして、一日一緒にいて、やっぱり付き合うのは無しって思っちゃった?」

「思ってない! ちゃんと、付き合いたいから!」


 よかった。


 けど、驚くのも無理ないかも。

 私だって、こんなにも早く答えが出せるなんて、少し前までは思ってなかったもの。


「で、でも、どうして付き合ってもいいって思ってくれたの?」


 それは、あの手帳の中身を見て、どんなに私のために一生懸命になってくれていたか知ったから。

 あんなの見たら、嬉しいし、意識だってする。


 けど、それを言うわけにはいかないか。


「一緒にいて、楽しかったからかな」


 かわりに答えたこれも、決して嘘じゃない。いくら好かれてるからって、何とも思ってない人と付き合おうなんて思わない。


「久しぶりに伊織ちゃんと一緒に思いっきり遊んで、楽しかった。もっと色んなところに行って、たくさん遊びたいって思った。それって、もう付き合うでいいんじゃないかって思ったんだけど、違うのかな?」


 むぅ。改めて言葉にすると、なんだかちょっと恥ずかしい。


 だけど、伊織ちゃんの恥ずかしがりようは、それ以上だった。


 急にガクンと頭を下げ、両手で顔を覆い隠す。


「伊織ちゃん、どうしたの!?」


 声をかけても、顔を覆った手はどけてくれず、その奥から、ボソボソと小さな声が聞こえてくる。


「ごめん。少しの間、顔見ないで」

「えっ?」

「僕、今凄く締まりのない顔してるから。嬉しすぎて、絶対変な顔になってるから」


 そんなことになってるの?

 気になるけど、確かめようと思っても、両手でがっちりガードされてるからわからない。


 それでも、ほんの少しだけ、指と指との間が開いて、その隙間からチラリとこっちを覗いてくる。


「…………本当、僕でいいの?」

「いいから言ってるんだけど。それより、いつまで顔隠してるのさ。────えいやっ!」

「うわっ!」


 無理やり両手をどかすと、必死になって隠してた顔が、ようやく露わになる。

 そして本人が言うところの変な顔は、人ってこんなに幸せそうになれるんだって驚くくらいの、満面の笑顔だった。


「見ないでって言ったじゃないか!」


 一瞬、拗ねたように唇を尖らせるけど、それも長くは続かない。

 すぐに口角をヒクヒクとさせて、あっという間に元の笑顔に戻ってしまう。


「ごめんごめん。でもさ、付き合うって言って、伊織ちゃんがどれだけ喜んでるか、見たかったから」

「……その言い方、ズルくない? そんなこと言われたら、文句なんて言えないよ」

「だって、本当に見たかったんだもの」


 そうまでして見た伊織ちゃんは、なんて言うか、めちゃめちゃ可愛かった。


 もしかすると本人は、可愛いって言われても嬉しくないかもしれない。だけど私からみたら、それは立派な長所。

 しかも、私と付き合うことをこんなに喜んでくれるんだ。そんなの、私だって嬉しい。


「ありがとね、そんなに喜んでくれて」

「こ、こっちこそ、返事してくれてありがとう。付き合ってくれて、ありがとう」


 感極まった伊織ちゃんは、今にも泣き出しそう。

 だけどそれから、思い出したように、さっきまでジュースの入ってた袋を、ガサガサと開く。

 そういえばその袋、ジュース二本を入れるにしては、やけに大きいと思ってた。

 その中から、全く別のものが出てくる。それは、クマ吉のぬいぐるみだ。


「どうしたのこれ?」

「ジュースの引換ができる売店でこれも売ってたから、買った。瑠璃ちゃん、クマ吉好きでしょ。それに、Tシャツ買った時、これと同じもの見てたから」

「気づいてたの?」


 確かに、Tシャツを選んだ時、お店の棚に座ってるクマ吉を見て、買おうかどうか迷ったっけ。

 アトラクションに乗るには邪魔になるから、買うなら帰る時かなって思ってたけど、すっかり忘れてた。

 伊織ちゃん、それ見て覚えててくれたんだ。


「これ、くれるの?」

「うん。初めてのデートの記念に、何か形になるものをあげたいって思ってたんだ」

「でも、入場チケットだって買ってもらってるし……」


 今日一日で、色々もらいすぎだ。

 嬉しいけど、こんなにしてもらっていいのかなって思っちゃう。


「初デート記念に、付き合った記念も合わせて、もらってくれない? それと……もし、もしよかったらだけと、お返しをもらえたら嬉しいな」

「お返し? いいよ。なに?」


 伊織ちゃんがそんなこと言うなんて珍しい。けど、私ばっかりもらうより、そっちの方がいい。


 すると伊織ちゃん、お返しが何なのか言う前に、大きく息を吸って、吐く。吸って、吐く。


(な、なに? 言うのにそんなに深呼吸しなきゃダメなやつなの!? なんだか一気に緊張してきたんだけど)


 それを何度か繰り返した後、ようやく告げる。


「これから帰るよね。か、帰りは、手を繋いでいてもいい?」

「へっ…………手?」


 あれだけ引っ張って、言ったのがそれ?


「や、やっぱり、そういうのはまだ早かった? 嫌なら無理しなくても──」

「それくらいやるから! って言うか、今までだって何度かやってたじゃない!」


 それどころか、キスまであった。

 なのに、手を繋ぐだけで今さらこの騒ぎなの?


「今までのは、全部事故や成り行きみたいなものだったでしょ。こうしてちゃんと頼むのは、初めてだよ」

「それは、確かに。でも、お返しって、本当にそれでいいの?」

「うん。それでいいって言うか、それがいい」


 伊織ちゃんがそう言うなら、まあいいか。

 頷くと、伊織ちゃんはベンチから立ち上がり、私に向かって手を差し出してくる。その手を取ると、ギュッと握り締めてきた。


(手、意外と大きい。それに、暖かい)


 以前手を繋いだのは、伊織ちゃんファンの女の子に追いかけられた時だったから、とてもそんなの気にする余裕なんてなかった。

 そういえば、伊織ちゃんのパーカーを着た時も、大きいなって思ったっけ。


 今さらだけど、ちゃんと男の子なんだな。


 そう思うと、ドクンと胸の奥が大きく鳴った。

 こんなに簡単にドキドキとするなんて、私も伊織ちゃんのことをどうこう言えないかも。


 だけど、そのドキドキは、なんだか心地いい。


「帰ろうか」

「そうだね」


 左手に、さっきもらったクマ吉ぬいぐるみ。右手に、伊織ちゃん。その両方の温もりを感じながら、ゆっくりと歩いていく。


 こうして、私たちの初デートは終了。

 そして、彼氏彼女の関係がスタートしました。

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