第23話 伊織ちゃんの想い

 遊園地の園内にはいくつかショップがあって、オリジナルのお菓子やグッズが売ってある。

 そしてその中には、こんなのもある。


「クマ吉Tシャツ、可愛い!」


 ショップにある更衣室の中。広げたTシャツの真ん中には、アップになってドヤ顔してるクマ吉の顔がデカデカとプリントされている。

 これに着替えれば、シャツ濡れ問題は解決だ。

 文に選んでもらったデートコーデじゃなくなっちゃうけど、仕方ないよね。


 けれど、今はそれ以上に気になることがある。

 別の更衣室で着替えている、伊織ちゃんのことだ。


「伊織ちゃん、すっごく気にしてたな」


 水に濡れてからここに来るまでの間、伊織ちゃんは、濡れたらどうなるか気づけなかったこと、それに私の恥ずかしいところを見ちゃったことを、何度も何度も謝っていた。


 濡れたらどうなるか気づけなかったのは私だって同じだし、見ちゃったのは完全に事故なのに。


 そりゃ、めちゃめちゃ恥ずかしかったけど、私まで引きずってたら、伊織ちゃんがますます気にしちゃう。早く気持ちを切り替えなきゃ。


 そう思いながら、着替えるため、伊織ちゃんから借りてたパーカーを脱ぐ。

 するとその時、パーカーのポケットから、何かが零れ落ちた。


「何これ?」


 それは、小さな手帳だった。

 床に落ちた拍子にページが開いて、自然と書かれていたものが目に入ってくる。


「各アトラクションの位置と、待ち時間。休憩を挟むタイミング。デート中、相手を楽しませる方法10選? えっと、これは……」


 そこに書かれていたのは、この遊園地に関するメモ。それに、デートの時どうすればいいかの指南書と言うかテクニック集と言うか、そういったことが事細かにメモしてあった。


 私が、チケットの代金を半分払おうとした時に言われたセリフや、さっき休憩をとったタイミングも、ここに全く同じことが書いてある。


「これって、所謂モテテクってやつ?」


 伊織ちゃん、こんなのメモしてたの? っていうかこれって、私が見ちゃいけないやつなのでは?


 いや、別にモテテク研究してもいいんだよ。いいんだけど、これを相手に見られるのは、多分ものすごーく恥ずかしいと思う。

 これは、見なかったことにしなきゃ。


 だけどこんなの見たら、他にはどんなのが書いてあるか、つい気になっちゃう。

 ちょっとだけ、本当ちょっとだけでいいから、見ちゃダメかな?


「ごめんね。一度見たら、すぐに忘れるから」


 ここにいない伊織ちゃんに謝りながら、そーっとページをめくる。

 最初のページに書かれていたのは、これだ。


『瑠璃ちゃんを楽しませる』


 テクニックでもなんでもない、決意というか目標というか、それだけが大きく書かれていた。


 具体的なことが書かれてたのは、その次から。


 緊張してるかもしれないから、どうやったらそれを解せるか。

 疲れた時のサインを見逃さない。休める場所は事前にチェック。

 チケット代、僕が無理に誘ったんだから、絶対に二人分払う。


 本当に、ありとあらゆる事態を想定しているかのように、色んなことが事細かに書いてある。

 しかも、初デートだからって失敗しないよう、事前にシミレーションしておくことっていう、オマケの一言つきだ。


 すっごくデート慣れしてるように見えて、もしかしたら、前に他の女の子と来たことあるんじゃないかなんて思ってたけど、実はこんなことしてたんだ。

 それがわかったら、なんだかおかしくなってくる。


「伊織ちゃん、必死すぎだよ」


 いったいどれだけこのデートに気合い入れてるんだろう。普段伊織ちゃんにキャーキャー言ってる女の子がこれを見たら、なんて思うかな。


 だけど、少なくとも私は嫌じゃない。


「たくさん考えてくれてありがとね」


 書いてあることはいっぱいあるけど、最初のページにあったように、そのほとんどは、どうやったら私を楽しませられるか。それをこんなに必死になって考えてくれたんだと思うと、なんだか微笑ましくて、嬉しかった。


 ちなみに、伊織ちゃん自身の希望が書いてあるのは、たったの一行。


『僕を、少しでも男として意識してくれたら嬉しい』


 それを見て、少しの間、顔がニヤけてくるのを止めることができなかった。

 やっぱり、これを見たことは言えない。だけど、覚えておくくらいならいいよね。










 それからようやく更衣室を出ると、先に着替えをすませ、私と同じようにクマ吉Tシャツを着ている伊織ちゃんが待っていた。


「本当にごめんね。あんなに濡れるんだって、もっとちゃんと調べておけばよかった」


 さっき何度も謝ったのに、まだ謝ってる。手帳を見られたかもなんて、全然頭にないみたい。


 伊織ちゃんとしては、事前にあんなに調べていたのに大事なことが抜けてたんだから、相当悔しいのかも。

 けど、謝る必要なんてないから。


「気づかなかったのは、私だって同じでしょ。もう謝るの禁止。それより、次はどこ行く?」


 これ以上気にしたって、いいことなんて何もない。なら、さっさと次に行って、楽しいことで上書きしよう。

 ただし、次の行き先を決めるのは私じゃない。


「次どこに行くかは、伊織ちゃんが選んでよ」

「えっ、僕が?」

「そう。今まで全部私が決めてたからね。私だけじゃなくて、伊織ちゃんも楽しまなきゃ」


 さっきの手帳を見て、実は気になったことが一つだけあった。

 それは、伊織ちゃんは、ちゃんと楽しめてるかってこと。


「僕は、瑠璃ちゃんが楽しければそれでいいけど」


 ほらこれだ。

 真顔で即答するなんて、本気でそう思っているんだろうね。


 その気持ちは、とっても嬉しい。けどさ、それってなんか違うと思う。


「こういうのって、どっちか一人じゃなくて、二人で楽しむものなんじゃないの? どんなことしたいか言い合って、相手は何が好きか知っていくのが楽しいんじゃない」

「そ、そうなの?」

「多分そう。伊織ちゃん、こういうところに来たのって初めてなんでしょ。だったら、色んなところ行って、何が好きか見つけようよ」


 私だって、伊織ちゃんにはちゃんと楽しんでほしい。私のためにあんなに頑張ってくれてたんだって知ったら、なおさらだ。


 パンフレットを見せると、伊織ちゃんも、どれがいいかってようやく考えてくれた。そして、ひとつを指さす。


「これかな?」

「じゃあ、そこに決定!」


 それからも、伊織ちゃんは相変わらず私優先で回ろうとしてたけど、私も負けじと、どんどん伊織ちゃんの希望を聞いていく。

 そうしていくうちに、伊織ちゃんが好きなアトラクションの傾向も、だいたいわかってくる。


 私が絶叫系が好きなのに対して、伊織ちゃんは、謎を解いて脱出したり、大きな画面に映し出されるモンスターを銃でやっつけたりする、ゲーム形式のやつが多かった。


「伊織ちゃんって、ゲームが好きなの?」

「うーん。好きと言うか、昔瑠璃ちゃんと一緒に、色々ゲームやってたでしょ。そういうのの凄い版なのかなって思ったら、興味があったんだ」

「ああ、やってたやってた。懐かしい!」


 伊織ちゃんの家に行った時、私の持ってるゲームで一緒に遊んだことが何度かあった。

 伊織ちゃん、そういうのはやったことなくて、私が色々教えてあげたんだっけ。


 って言っても、教えたのは最初の方だけだったけど。


「さっきのやつ、凄かったね」


 モンスターを銃で撃つやつでは、伊織ちゃんは高得点を連発。賞品として、二人分のジュースの引換券をもらってた。


 昔ゲームをやった時も、飲み込みが早くて意外と反射神経がよかったから、すぐに私よりうまくなったんだよね。


「うん。初めてやったけど、けっこう面白かった」


 伊織ちゃんもしっかり楽しんでるみたいで、ちょっと得意そうに笑ってた。

 こんな風にはしゃいでいると、まるで、昔伊織ちゃんの家に行ってドタバタ遊んでいた時のような、そんな懐かしい感覚になってくる。


 そんな感じで色々回ってたけど、だんだんと辺りが暗くなってきて、もうそろそろ帰った方がよさそうな時間になってくる。


 だけどその前に、さすがに疲れたから、少しベンチで一休み。


「何か飲み物買ってくるよ。ちょうど、さっき貰った引換券があるからね」

「私も行こうか?」

「ジュース買ってくるだけだから、一人で大丈夫だよ。瑠璃ちゃんは休んでおいて」

「うん、ありがとね。いってらっしゃい」


 こうして私は、少しの間一人で待つ。

 もうすぐ、このデートの時間も終わる。そう思うとなんだか名残惜しかった。


 って言うか、これってやっぱりデートだったのかな。伊織ちゃんの手帳にもデートって書いてあったし、いい加減、デートだって認めよう。


 最初は、伊織ちゃんが色々気づかってくれて、いかにもこれがデートですって感じの、ドキドキな雰囲気。

 だけど、モテテクメモを見ちゃった後は、それもなんだか微笑ましい。


 おかげでその後はドキッて感じじゃなくなったけど、リラックスできて、それはそれでよかったって思ってる。

 ううん。むしろ、そっちの方がよかったかもしれない。


「瑠璃ちゃん、ジュース買ってきたよ」

「あっ、ありがとう」


 いつの間に戻ってきたのか、伊織ちゃんが、ジュースの入った袋を手に下げ立っていた。


 ジュースを渡され、ベンチに座ったまま、二人揃って飲む。

 そして飲み終わった時、私の口から、自然とこんな言葉が漏れていた。


「ねえ、伊織ちゃん。私たち、付き合わない?」

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