第22話 実は経験豊富? なんて思ってたら!
とにかく、こうして時間をかけることなく遊園地に入場。それじゃ、どこに行こうか?
「伊織ちゃんは、行きたい場所ってある?」
「うーん、実は僕、遊園地って今まで一度も来たことないんだよね。だから、瑠璃ちゃんはどこがいいか、教えてほしいな」
「そうなの?」
昔はあの家からほとんど出たことなくて、遊園地に一度も行ったことがないって言ってたけど、あれから今までの間にも来たことなかったんだ。
「私が行ってみたいのは、こことかこことかだけど、どうする?」
とりあえず、三つくらい挙げてみる。けど本当に行くかどうかは、伊織ちゃんの意見も聞かないと。
「じゃあ、そこにしようか」
「いいの? 苦手なやつとかない?」
「乗ったことないからわからない。それなら、とりあえず乗ってみて確かめればいいよ」
まあ、わからないならそうなるかな。
あとは、どの順番で回るか。最後に来たのはだいぶ前だから、どのアトラクションがどの位置にあるのか、けっこう忘れてる。
「さっきの三つなら、一番近いのはこれかな。とりあえず、ここから行ってみる?」
「そうなんだ。ならそうしようか」
そうして向かった先は、この遊園地の顔とも言える、ジェットコースター。
昔から乗りたかったんだけど、その頃は身長制限にギリギリ足りなくて、ようやく乗れる身長にまで伸びた頃には、もうあの街から引っ越してた。
もちろん今では、身長も余裕でクリア。ひとつ心配なのは、伊織ちゃんが怖がらないかってこと。
相当高い身長制限がかけられてるだけあって、怖いって評判だ。
行きたい場所って聞かれて、何も考えずに選んだけど、遊園地初体験の伊織ちゃんにいきなりこんなの乗せて大丈夫かな?
「怖そうだって思ったら、すぐに言ってね」
列に並んでいる途中で言っておく。
いくらなんでも、伊織ちゃんを怖がらせてまで乗ろうとは思わない。
「わかった。でも、多分大丈夫だと思うから」
本当かな?
昔の伊織ちゃんのイメージだと、なんだか苦手そうだけど。今ならそうでもないのかな。
そうしている間に、列は進んで私たちの順番がやってきて、いよいよジェットコースターは出発。
最初はレールの上をゆっくり上がっていって、高いところからの急降下。って思ったら、次はグルグル回って、時には上下逆さまになる。
予想はしてたけど、やっぱり凄い迫力だ。終わる頃にはすっかり頭がクラクラしていた。
伊織ちゃんはどうだろう。そう思ったら、意外にもケロリとしていた。
「本当に平気だったんだ」
「まあね。けど、こんなの初めてだから、面白かったよ」
それはよかった。
もちろん私も楽しかったけど、まだ頭がクラクラしていて、足がもたつく。
すると、よろけたところを伊織ちゃんがガッシリと掴んで受け止めてくれた。
それは、いいんだけどね……
(きょっ、距離近い!)
もしかするとこれって、受け止めるじゃなくて、抱き止めるって言った方がいいのかも。
それくらいの密着具合。
「瑠璃ちゃんこそ大丈夫? 疲れたなら休もうか?」
「へ、平気だから!」
ちょっとフラついたけど、さすがにもう大丈夫。
それよりも、胸がドキドキしてうるさい方が大変かも。
ジェットコースターよりも伊織ちゃんの方にドキドキするって、どういうこと!?
いやいや。さっき、緊張しないでって言われたじゃない。
このまま挙動不審になるのも嫌だし、早くいつもの調子に戻らないと。平常心、平常心……
って思ったのに、それからアトラクションを回る最中も、ちょいちょいドキッとさせられる。
これはデートなのかもって意識は、やっぱりどこかにあるし、そしてなにより、伊織ちゃんのエスコートぶりが、なんだか板についてる。
行きたい場所を言ったらほとんど地図も見ないで連れていくし、少し疲れたかなって思ったら、何も言わないうちから勝手に察して休もうかって言ってくる。なんて言うか、気配りがすごく上手って感じ。
いったいどこでそんなテクニック覚えたの?
(もしかして、実は他の女の子とデートして身につけてたとか?)
そういえば、さっきから地図をほとんど見てないけど、全然迷わない。
遊園地に来たのは初めてだって言ってたけど、こんな時にわざわざ他の子とのデートの話をするはずないし、有り得るかも。
(もしそうだとしたら、相手はどんな子なんだろう)
次のアトラクションに並んでいる最中、ふとそんなことを思ったけど、そんなの私がどうこう言うことじゃないよね。
ただ、ちょ〜っと気になるだけ。
もちろん、こんなこと聞くなんてありえないし、このことは早く忘れよう!
ブンブンと首を勢いよく横に振ると、それを見ていた伊織ちゃんが、何事かって顔をする。
「急にどうしたの?」
「なんでもない。それより、私たちの番が来たみたいだよ」
どうしたのかなんて、言えないよね。それより、目の前のアトラクションを楽しもう。
今回私たちが乗るのは、またも絶叫系。
元々私はこういうの好きだし、伊織ちゃんも平気だってわかったから、とことん乗り尽くすって決めたんだ。
これもジェットコースタータイプのアトラクションで、私たちを乗せたビークルが、レールの上をゆっくり進んでいく
高さは最初乗ったやつより低いけど、このアトラクション最大の特徴は、下がプールになっていること。
そのプール目掛けて、一気にダイブする。
ザパーンと激しい音がして、落下の衝撃で大きく水しぶきが舞い上がる。その瞬間が爽快だ。
「気持ちよかったーっ!」
搭乗席から降りたところで、声をあげる。決して長いコースじゃなかったけど、迫力は十分。小学生の頃にも一度乗ってて、数年ぶりの体験だったけど、やっぱり楽しい。
これには、伊織ちゃんも驚いていた。
「水しぶき、あんなに凄かったんだ」
「そうなの。おかげで少し濡れちゃうけど、それがまたいいんだよね」
濡れるのが嫌で、乗る前にカッパを買う人もいるけど、それが気持ちいいって思ってたから、今回もカッパはなし。
季節は秋で、少し涼しくなってきたけど、これくらいなら風邪をひいたりするってことはないよけ。
けれど、その時になって気づく。私はいいけど、伊織ちゃんはどうかな?
「ごめん。けっこう濡れるってこと、乗る前に言った方がよかった?」
「ううん。驚いたけど、これはこれで面白かったよ」
よかった。
けどホッとしたのも束の間、伊織ちゃんは、なぜか急に立ち止まり、ギョッとしたようにじっと私を見る。
「あっ──る、瑠璃ちゃん!」
「なに?」
何事かと思ったら、今度はバッと横を向いて、私から目をそらす。
こっちに耳を向けるような体勢になってるけど、その耳は、なぜか真っ赤に染まってた。
「どうしたの? もしかして、風邪? さっき濡れちゃったから?」
いや、いくらなんでも、こんなに早く熱が出るってことはないか。
けど、どう見たって普通じゃない。
何があったのかさらに聞こうとすると、伊織ちゃんは横を向いたまま言う。
「えっ──えっと、瑠璃ちゃん。その、あの……ふ、服……」
「服?」
服って、文に選んでもらったこの服のこと?
普段あんまり着ないやつだけど、やっぱりどこかおかしかったのかな?
よくわからないけど、とりあえず、変なところがないかと見てみる。
そして、そこでようやく気づいた。
上に着ていた、白のブラウス。それが、水に濡れてピッタリと肌に貼りついている。
そして、その下に着ているものが薄っすらと透けていた。
「ぎゃあっ!」
雄叫びをあげ、両手でバッと覆い隠す。
そうだ。服が濡れるってことは、こういうことにもなるんだった!
子どもの頃ならともかく、今こうなるのはヤバい。
っていうか伊織ちゃん、急に私から目を逸らしたってことは……
「み、見た?」
「見てない! 見てないから!」
そ、そうなの? よかった、それならギリギリセーフ。
と思ったら──
「ごめん! す、少しだけ、ほんの少しだけ、目に入った!」
いや、なんで正直に言うの!?
そこは嘘ついてもいいから! って言うか、嘘ついてでも見てないってことにしといてよ!
「と、とりあえず、これ着て!」
自分が着ていたパーカーを脱いで、目を逸らしたままこっちに差し出してきた。
これだって濡れてはいたけど、私のブラウスと比べると被害は少ない。
「あ、ありがとう!」
ブラウスの上から羽織って、これで少しはマシになる。
だけど、このままってわけにはいかないよね。
何とかしないと。
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