第20話 伊織side 〜好きになったきっかけ〜
僕がいつから瑠璃ちゃんを好きになったか。
そう聞かれたら、一緒に遊んでるうちに、いつの間にかって答えるだろう。
瑠璃ちゃんと一緒にいたたくさんの日々が、僕に人を好きになるってことを教えてくれた。
だけど、その中でも大きなきっかけをひとつ挙げるなら、あの時だろうな。
それは、僕が瑠璃ちゃんの前で初めて魔術を使った時。
突然見せられた虫に驚いて、衝撃を放つ魔術を暴発させ、それがショックで泣いてしまったあの時だ。
ひとつ間違ったら、瑠璃ちゃんにケガさせてたかもしれない。そう思うと、とても怖かった。
それに、こんな力を持つ自分自身も怖かった。
「前に言われたんだ。僕は……僕たち吸血鬼は、人間と似ているだけの悪魔なんだって。あんな変な力を持ってるし、血や精気だって吸う。生きていちゃいけないんだって……」
昔言われた言葉が頭の中に蘇ってきて、気がつけばまたグズグズと泣いていた。
それを聞いた瑠璃ちゃんは、悲しそうな顔をして、それから怒った。
「酷い。誰がそんなこと言ったの! そんなの、私がやっつける!」
だけど僕は、そう言われても仕方ないって思ってた。
僕たち吸血鬼は、本当は悪魔なんじゃないかって、本気で思ってた。
「でも僕は、こんな力を持ってる。今だって、瑠璃ちゃんにケガさせてたかもしれないんだよ。それに、人間の血だって、吸おうと思ったら吸えるんだ。そんなの、悪魔って言われても、仕方ないのかも」
「伊織ちゃん……」
「怖がらせたなら、ごめんね。ケガさせそうになって、ごめんね……」
昔の記憶と、瑠璃ちゃんを傷つけかけたこと。その両方が、僕の心を締め付けていた。
僕と一緒にいたら、またこんなことが起こるかもしれない。そんなことになるなら、いっそもう会わない方がいいんじゃないか。
そう言おうと思ったけど、なかなか言葉が出てこない。
またこんな風に瑠璃ちゃんを危ない目にあわせるくらいなら、会わない方がいい。
本気でそう思ってるのに、それを言うのが嫌だった。わがままかもしれないけど、こんなことしておいて、それでも僕はまだ、瑠璃ちゃんと一緒にいたいって気持ちもあったから。
すると瑠璃ちゃんは、何を思ったのか、急に俯いている僕の頭を掴んで、強引に顔を持ち上げた。
「いい、伊織ちゃん。このままじっとしてて」
「えっ? なんで?」
どうして瑠璃ちゃんがこんなことをするのかわからず、不思議に思う。
すると次の瞬間、握った瑠璃ちゃんの拳が、僕の顔目掛けて飛んできた。
「うわっ!」
空手の正拳突きだ。
顔にぶつかる直前で止まったから痛くはなかったけど、びっくりしてその場に尻もちをつく。
そしたら瑠璃ちゃん、ちょっとしゃがんで、倒れた僕に向かって手を差し出してきた。
「立てる?」
「う、うん」
そうして再び立ち上がると、瑠璃ちゃんはさらにこう言ってくる。
「驚かせてごめんね。今の、寸止めはしたけど、本当に当たったら、すっごく痛かったと思う。ねえ、私のこと、怖くなった?」
「えっ……?」
瑠璃ちゃんは空手習ってるし、確かにあれが当たったら、凄く痛かっただろうな、多分わんわん泣いちゃったと思う。
殴られるのは、怖いよ。
けどね、それで瑠璃ちゃんのことまで怖くなったかって言われたら、それは違った。
「……う、ううん。だって瑠璃ちゃん、本当に殴ってはいないし、倒れたら、起こしてくれたもん」
驚いたし、まだ心臓がバクバクしている。
けど瑠璃ちゃんが、僕が本気だ嫌がるようなことはしないってのは、なんとなくわかる。だから驚きはしたけど、瑠璃ちゃん本人が怖いとは思わなかった。
「でしょ。私も、空手やってて、強い人とたくさん会ったよ。さっきみたいな寸止めじゃなくて、試合中に本当に痛い思いをしたことだってあった。けど、それが終われば普通に話すし、普通に仲良くできるよ。伊織ちゃんが魔術を使えたり血を吸ったりできるのだって、それと同じじゃないの? 凄い力持ってたって、怖くないし、悪魔でもない」
「でも……」
本当にそうなのかな? そうだったら嬉しい。
だけどいくらそう言われたからって、それで簡単に納得することはできなかった。
他の人がどう思うかはわからないけど、僕にとってこの力は、間違いなく怖いものだったから。
けれど、相変わらずメソメソしている僕を見て、瑠璃ちゃんはさらに言う。
「それにさ、伊織ちゃん、私にケガはないか心配してたし、怖がらせたんじゃないかって、すっごく謝ってくれてたでしょ。それって、優しいからできることなんじゃないの?」
「そうなのかな……」
「そうだよ。あっ、そういえば、初めて会った時だって、私がケガしたの見て、私より青くなって心配してくれたじゃない。覚えてる?」
もちろん覚えてる。
一人で庭で遊んでたら、突然塀の向こうから知らない女の子の声がして、会ってみたらケガしてた。
その後、僕が傷口に口をつけて、治したんだ。
「あの時だって、一度わざわざ血を拭いて、私の血を吸わないようにしてくれたよね」
「そ、それは、ちょっとでも血を口にしたら、歯止めがきかなくなって、たくさん吸っちゃうかもしれないって思ったから……」
実はあの時、瑠璃ちゃんの腕に口をつけるのが怖かった。一滴でも血を舐めて、美味しいって思ったらどうしよう。もっと欲しくなって、かぶりついて血を吸ってしまったらどうしよう。
そんなことを考えながら、だけどケガしてるのを放っておけなくて、恐る恐る血を拭き取って、口をつけた。
「そんな風に、私のこと考えてくれたんでしょ。本当に悪魔なら、きっとそんなこと考えないよ。だから、伊織ちゃんは悪魔なんかじゃない!」
そう言われたとたん、僕の目からまたひとつ、大粒の涙が零れる。だけどこれは、今までみたいな悲しい涙じゃなかった。
悪魔。そう言われたあの日から、僕はどこかで、本当にそうなんじゃないかって思ってた。だけど、誰かにそれは違うって言ってほしかった。僕たち吸血鬼とは、全然違う誰かに。
「本当に、僕は悪魔なんかじゃないのかな?」
「当たり前でしょ。こんなに泣いて、優しくて、それに可愛い。そんな悪魔、いるわけないじゃない」
それからは、またわんわん泣いた。そのせいで瑠璃ちゃんはビックリして、さらに迷惑をかけてしまった気がするけど、ようやく泣き止むと、とても嬉しそうに笑ってくれた。
僕にはそんな瑠璃ちゃんが、とてもカッコよくて、可愛くて、それまでよりももっともっと好きになった。
その好きの気持ちが、友達としての好きとは違うってことに気づいたのは、その少し後。
だけど、それを伝えることはできなかった。
だってその頃の僕は、泣き虫でオドオドしてて、とても瑠璃ちゃんにそういう目で見てもらえるとは思えなかったから。
と言うか、フラれるのが怖くて何もできなかった。
だけど、瑠璃ちゃんが引越しして離れ離れになった時、思った。
次に瑠璃ちゃんと会う時は、カッコよくなって、振り向いてもらえるような奴になっていたいって。
それから、今までの自分から変わるんだって頑張った。家から出て学校に通うようになってからも、それは続いた。
勉強はもちろん、スポーツもやってみたし、昔瑠璃ちゃんが貸してくれた少女マンガのヒーローの言動を参考にもした。少年マンガのヒーローも参考にしようとしたけど、僕は海賊じゃないし、腕を伸ばすこともできないから、そっちはほどほどにしておいた。
とにかく、そういう努力の甲斐あって、自分では少しは変われたかもって思うけど、瑠璃ちゃんから見たらどうだろう。昔と一緒で、今もまだ頼りないイメージかも。
けれど、好きだって伝えた以上、もう後戻りはできない。瑠璃ちゃんに振り向いてもらえるように、頑張るだけだ。
そのためにも、今度のデート、何としても成功させるんだ。
……これって、デートって言っていいよね? 僕は勝手にそう思ってるけど、瑠璃ちゃんからすれば、まだ付き合ってもいないんだからデートじゃない、なんて認識なのかも。
いや、この際そんなのはどうでもいい。
それよりも、どうすれば瑠璃ちゃんが少しでも楽しんでくれるか、しっかり考えないと。
それで、ほんの少しでも僕のことを男として意識してくれたら嬉しいな。
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