第17話伊織ちゃんの魔術
文から聞いた、伊織ちゃんと金城さんが一緒に歩いているのを見かけた場所ってのは、学校の近くにある商店街のそば。
けどもちろん、いつまでも同じ場所にいるわけがない。私がそこに到着した頃には、二人の姿はどこにもなかった。
そうなると、あとは近くを適当に探すしかない。
辺りはけっこう暗くなってるし、この街には以前住んでたっていっても、まだ戻ってきたばかりで細かい道まではおぼえちゃいない。
そんなんで見つけられるかどうか。不安はあったけど、やるしかない。
目についた道を適当に歩き回って、探す。
だけど私は運が良かった。探し始めて割とすぐ、高架下のちょっとした空き地になっているところの近くを通った時だった。
(いた! 伊織ちゃんと金城さんだ!)
薄暗いけど、間違いない。
この辺はあまり人は通らないのか、空き地はもちろん、近くにも他の人影は見えなくて、二人だけが正面から向き合っていた。
どちらも、私のことは気づいていない。
できればすぐに飛び出して行きたかったけど、変なタイミングで出ていったら、ややこしいことになるかもしれない。
高架を支える柱の影に身を隠しながら、こっそり二人の様子を伺う。
金城さんにとっては、大好きな伊織ちゃんと二人きりって状況。
だけど、ついさっきあんな場面を見られたばっかりだし、さすがに喜んでなんていられず、気まずそうな顔をしていた。
そんな金城さんに向かって、伊織ちゃんが言う。
「金城先輩、わざわざこんなところに呼んだ理由、わかりますよね。これ以上、瑠璃ちゃんへの嫌がらせはやめてくれませんか」
その声は、口調こそ穏やかだったけど、微かに怒気を孕んでいるように思えた。
やっぱり。伊織ちゃん、金城さんと直接話をつけとようとしてるんだ。
けど、いくら伊織ちゃんが言っても、そう簡単にどうにかなるのかな?
「なんのこと? あの子に何を言われたか知らないけど、さっきの靴箱でのことを言ってるなら、あんなの誤解だから」
図々しくも、そう言って白を切る金城さん。
やっぱり。ここで素直に止めたり謝ったりするくらいなら、最初からあんなことしない。
だけど伊織ちゃんの話は、まだ終わらなかった。
「そうですか。いいんです。この際、ひとつひとつのことをいちいち問い詰めるつもりはありませんから。でも、うちの学校の女子たちの間で、あなたの影響力は大きい。そんなあなたが、瑠璃ちゃんには手を出すなって他の子に言ってくれたら、少しはマシになるんじゃないですか?」
「私に、あの子の味方をしろって言うの」
「はい。そうすれば、今日僕が見たのは忘れます。言いたいことが無いわけじゃないけど、今は、瑠璃ちゃんを守るのを何より優先させたので」
そこまで言ったところで、伊織ちゃんは、じっと金城さんの答えを待つ。
確かに、私に嫌がらせしてるのは伊織ちゃんガチ勢だろうし、そのリーダーは彼女なんだから、他の子たちに嫌がらせをやめるよう言ったら、私の状況も、だいぶ変わるかもしれない。
けどそれにしたって、金城さんが素直に聞いてくれなきゃ始まらない。
そして金城さんは、それを聞いて頷くどころか、ギュッと手を強く握り、悔しそうに顔を強ばらせながら、震える唇をゆっくりと開いた。
「ねえ、景村くん。どうしてあの子にそんなにこだわるの?」
「どうしてって、それが、何か関係あります?」
「あるわよ! だって景村くん、今までどんな女の子が告白してきても、全部断ってたし、特別仲良くなるようなこともなかった。キスだってした。どうしてあの子だけ特別扱いなのよ! こんなのおかしいじゃない!」
最後の方は、もうほとんど喚いてると言ってよかった。
少し前まで見せていた気まずい表情はもう完全に消えていて、私への嫉妬を隠す気もない。
伊織ちゃんは、そんな彼女を見ながら、呆れたようにため息をつく。
「前にも言ったでしょう。唇を重ねて精気を吸い取ったのは、完全に僕の不注意だって。そのせいで、瑠璃ちゃんには悪いことをした。それがなければ、あなたみたいに嫌がらせをする人も出なかったかもしれない」
「そんな風に、いちいち気にかけるのがおかしいのよ! あんな子、小さいころちょっと遊んだだけなんでしょ。それだけの相手なら、別にどうなったっていいじゃない。景村くんの周りには、もっときれいな子や可愛い子だってたくさんいるのに、誰も景村くんの特別にはならなかった。私もそう。なのに、どうしてあんなのにこだわるの? そんなの、景村くんらしくない!」
ずいぶんな言われよう。
わかっちゃいたけど、私への嫉妬や恨みは、相当深いらしい。
だけど、これは厄介かも。
こんなこと言ったら、伊織ちゃんだっていい気分はしないって、金城さんもわかるはず。なのにこうまで堂々と言ったってことは、だいぶヤケになってるのかもしれない。
けれど、怒っているのは金城さんだけじゃない。
伊織ちゃんだって、実は相当怒ってた。
「──僕らしく、か。好き勝手言ってくれるね」
口調こそ、さっきまでと同じで、そう激しいものじゃない。だけどその言い方には、ハッキリとしたトゲがあった。
そうして、一歩、また一歩と、ジリジリと金城さんの方に歩み寄る。
「金城先輩。あなたが、僕の何を知ってるって言うんです?」
「……か、景村くん?」
そんな伊織ちゃんの変化は、もちろん金城さんだってすぐに気づく。
気圧されるように、ジリジリと後ろに下がっていった。
とはいえ、謝罪や反省の言葉はちっとも出てこない。
そしたら、伊織ちゃんは何を思ったのか、そんな彼女に向かって、ゆっくりと手をかざした。
「せっかくだから、教えてあげますよ。あなたが知らない、僕の特技を」
すると次の瞬間、この場所全体の空気が、一気に震えた。
そして、金城さんのすぐ後ろにある、高架を支えている柱に、ドンと音を立てて大きな衝撃が走った。
「えっ?」
何が起こったかわからず、振り向く金城さん。
だけど私にはわかる。今のは、伊織ちゃんの魔術だ。
「吸血鬼は魔術を使えるって話、聞いたことがありますか? 今のが、僕の使える数少ない魔術です。離れたところに衝撃を送るっていう、誰かを傷つけるだけのものですけどね」
伊織ちゃんはそう言いながら、今もまだ金城さんに向かって手をかざし続けている。
ドンッ!
またも場の空気が震えて、今度は金城さんのすぐ近くの地面が、土ぼこりをあげて弾けとぶ。
ドンッ!
続けて、彼女の服や髪を掠めるように、同じような衝撃が走った。
「きゃあっ!」
これは、さすがの金城さんも怖かったんだろう。
その場に悲鳴をあげてしゃがみ込む。
伊織ちゃんは、そんな彼女のそばにさらに近づいていき、その姿を見下ろした。
手の平は、今も向けられたままだ。
「心配しなくても、当たっても簡単に死ぬことはないですよ。当たりどころが悪かったら骨が折れるでしょうし、痕だって残るとは思いますけど」
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
また、金城さんのすぐそばを衝撃がかすめる。それも、一度や二度じゃなくて、何度もだ。
その度に、空気が震え、近くの土が弾けとぶ。
「──や、やめて!」
金城さんは腰を抜かし、完全に怯えきっていた。
それまであった私への怒りや嫉妬より、伊織ちゃんへの執着より、直接的な暴力への怖さの方が勝ってた。
けれど何より怖いのは、急に豹変した伊織ちゃんの態度なのかもしれない。
驚いているのは私も同じだ。
淡々と語りながら攻撃を続ける伊織ちゃんは、それくらい怖くて、冷酷に見えた。
(伊織ちゃん、どうしちゃったの!?)
子どもの頃の、大人しくてオドオドしている伊織ちゃん。再会した時に見た、爽やかで王子様みたいな伊織ちゃん。そのどちらとも違う、私の知らない伊織ちゃんが、ここにいた。
「や、やめて! こ、こんなことして、ただで済むと思ってるの!」
ガタガタと震えながら、やっとの思いで叫ぶ金城さん。
だけど、伊織ちゃんは少しも動じない。
「思ってないですよ。僕にこんなことされたって言いふらすのも、出るところに出て訴えるのも、どうぞご自由に。僕はどうなったって構わないから。だけど、瑠璃ちゃんを傷つけるのだけは許さない。絶対に」
「ひぃっ──!」
ドンッ!
また、金城さんのすぐ近くを衝撃が走る。
「知ってます? 吸血鬼は、昔は悪魔の一種だって言われてたんですよ。そんな悪魔を怒らせたら、どうなると思います?」
「お、お願い。やめて……」
伊織ちゃんのことが好きすぎて、私に嫌がらせまでした金城さん。だけど今はそんな伊織ちゃんへの思いよりも、恐怖の方がずっと勝っていて、ガタガタと震えている。
伊織ちゃんは、そんな金城さんに向けていた手を、さらに近づける。顔に触れそうなくらいの距離で構える。
今まで放った衝撃は、彼女のすぐ近くをかすめることはあっても、決して本人に命中することはなかった。多分、わざとそうしてたからだ。
だけどこの距離だと、もう外しようがない。
伊織ちゃん、本気で金城さんにケガさせるつもりなの? しかも、あれだけ怖がってた魔術を使って?
悪魔になるって、こういうこと?
もちろんこれが、私を守るためにやってるってのはわかる。だけど、どんな理由があっても、こんな伊織ちゃんなんて見たくない。
こんなの、伊織ちゃんじゃない!
もう、限界だった。
いてもたってもいられなくなって、それまで隠れてた物陰から飛び出し、一気に駆け出す。
そして、金城さんに向かって手を構えている伊織ちゃんの頭に、思いっきり手刀を振り下ろした。
「バカーっ! 何やってるのよーっ!」
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