第16話 悪魔にだってなる
吸血鬼の特徴といえば、その名の通り血を吸うこと。それに、容姿端麗で頭がよくて、運動が得意。
そしてさらにもうひとつ、魔術が使えるってのがある。
魔術と一口に言っても、何も無いところから火を出したり、目を合わせた人を眠らせたりと、その内容は様々。
生まれつき使えるものから、練習して覚えるものまで、習得方法も色々あるんだって。
と言っても、伊織ちゃんが自分から進んで魔術を使ったところなんて見たことがない。
でもたった一度、自分の意志とは無関係に使ってしまった場面なら、見たことがあった。
それは、私が伊織ちゃんのうちに遊びに行って、山の中で捕まえた、虫カゴいっぱいの虫たちを見せたのがきっかけだった。
どうせなら驚かせてみようと思って、いきなり虫カゴを目の前に出す。だけど、その日捕まえたのは、毛虫やムカデやゲジゲジといった、ちょっと見た目がアレなやつが多かった。
それが、まずかった。
「うわっ!」
びっくりして、声をあげる伊織ちゃん。
するとそのとたん、私の持ってた虫カゴが、触れてもいないのに、まるで弾き飛ばされたように宙を舞った。
「なに、今の?」
何が起きたかわからず、驚いて目を丸くする。
だけど、私より伊織ちゃんの方が、はるかに動揺していた。
「あ……あぁっ……」
言葉にならない声を出し、体がガタガタと震えている。
どうしたの? 大丈夫?
そう言おうとしたとたん、部屋中の空気がブルリと震えた。同時に、窓のガラスにヒビが入る。
さらに、伊織ちゃんの震えはいっそう激しくなり、目からはポロポロと涙がこぼれていた。
「ど、どうしたの!?」
色んなことが起こりすぎて、わけがわからない。
だけど伊織ちゃんが泣いているのなら、真っ先に何をするかは決まっていた。
「伊織ちゃん、大丈夫?」
落ち着かせるように声をかけながら、背中をさする。
こんな状況、本当は私だって怖い。
だけど伊織ちゃんが泣いてるのを見て、逆にしっかりしなきゃって気持ちになっていた。
そうしているうちに、部屋の中の異変も、しだいに収まってくる。
「ほら。変なこと、もう起きなくなったから。だから、大丈夫」
最初私は、伊織ちゃんは、変なことが起きたから怖がってるんだと思ってた。
だけど、涙を拭いた伊織ちゃんは、なぜか私に向かって頭を下げてきた。
「瑠璃ちゃん、ごめん! 大丈夫? どこもケガしてない?」
「どうして伊織ちゃんが謝るの?」
伊織ちゃんがやってたことといったら、震えて泣いてただけ。
謝らなきゃいけないことなんて、何もないのに。
そう思ったけど、伊織ちゃんは、また泣きそうになりながら、ブンブンと首を横に振る。
「ち、違うの……これ、やったのは僕だから。僕の魔術のせいだから」
そう言って、飛んでいった虫カゴと、ヒビの入った窓ガラスを指さした。
「どういうこと?」
わけがわからず尋ねると、伊織ちゃんは、しゃくり上げながら話してくれた。
「僕、生まれた時から使える魔術があるんだ。自分の中にある力を、外に出してぶつけるってやつ。けど、まだ使うのが上手じゃなくて、驚いた時や怖い時に、勝手に出ることがある……」
当時の私は、そんな説明じゃよくわからなかった。だけど後から思えば、多分、衝撃波みたいなのを出してたんだと思う。
そして本人の言う通り、伊織ちゃんは、その力を使うのが上手じゃなかった。
虫に驚いたことで反射的に出てしまい、、無意識に暴発させてしまったってショックから、余計に制御できなくなった。それがさっきの出来事の真相らしい。
「瑠璃ちゃん、僕のこと、怖くなった?」
伊織ちゃんは、震えながらそう聞いてきた。
実を言うと、ちょっと怖かった。
だけど、震えながら話す伊織ちゃんを見ると、それ以上に胸が痛くなった。
「ごめんね。僕のせいで、怖い思いさせて、本当にごめんね」
「だ、大丈夫だって。そりゃびっくりしたけど、私も虫も無事だったんだからさ」
「でも、僕はこんな変な力を持ってる、悪魔なんだよ」
「悪魔って、そんな大げさな……」
私はケガひとつしなかったし、虫カゴは吹っ飛ばされたけれど、中の虫たちは今も元気に動いてる。
いくらなんでも、これで伊織ちゃんのことを悪魔なんて思うわけがない。
だけど伊織ちゃんは、相変わらず震えたまま言う。
「前に言われたんだ。僕は……僕たち吸血鬼は、人間と似ているだけの悪魔なんだって。あんな変な力を持ってるし、血や精気だって吸う。生きていちゃいけないんだって……」
「えっ?」
そこまで話したところで、伊織ちゃんの目から、堪えていた涙が、またひとつこぼれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
全部思い出したところで、うーんと大きく背伸びをする。
これが、伊織ちゃんの口から、悪魔って言葉を聞いた時のできごと。
後から知ったことだけど、その昔、吸血鬼は悪魔の一種だって言われていたことがあったんだって。
伊織ちゃんは、前に誰かから直接そう言われたことがあるんだよね。
それが誰なのかは、私は知らないけど、話を聞いただけでも腹が立った。それに、伊織ちゃんがかわいそうだと思った。
あの時の、怯えるような伊織ちゃんの顔は忘れられない。
もしかしたら伊織ちゃんにとって、魔術を使うことや、悪魔って言葉は、トラウマになっているのかも。
「けど伊織ちゃん、その悪魔って言葉を、さっきは自分から使ってたよね」
靴箱での、伊織ちゃんの言葉を思い出す。
『絶対になんとかするから。瑠璃ちゃんを守るためなら、悪魔にだってなる』
どういう意味で言ったのかは知らないけど、なんだか嫌な予感がした。
だいたい、なんとかするっていっても、いったいどうするつもりなんだろう。
「こんなことなら、もっと詳しく聞いておけばよかったな……」
不安な気持ちが広がったその時、机の上に置いていたスマホが鳴り出した。
画面を見ると、文からの電話だった。
「もしもし、文、どうしたの?」
「えっと……一応、瑠璃に謝っておこうと思って」
「謝るって、何を?」
文に謝ってもらうようなことなんて、思いつかないんだけど。
「私さ、瑠璃に何があったか、景村くんに話しちゃった。勝手なことしてごめんね」
「なんだそのこと? 伊織ちゃんからも聞いたけど、それだけ私のこと心配してくれたんでしょ。むしろ、ありがとね」
私のためにやってくれたんだから、むしろお礼を言わなきゃ。
もしかしたら、思ってた以上に心配かけてたのかも。
「それで、結局どうなったの?」
「えっと……伊織ちゃんは、なんとかするって言ってくれたけど、どうするつもりなんだろう?」
うーんと唸りながら悩むと、それに合わせるように、文も電話の向こうでうーんと唸る。
それから、こんなことを言ってきた。
「あのさ。これ、言おうかどうか迷ってたんだけど、さっき学校から帰る途中で、景村くんが金城さんと一緒に歩いているのを見たんだよね。金城さんって、ガチ勢のリーダー格でしょ。もしかして景村くん、直接話をつけようとしてるんじゃ……」
「えぇっ!?」
金城さんとは、ついさっき伊織ちゃんの目の前で揉めたばかりだ。
もしかして伊織ちゃん、もう嫌がらせはやめてくれ、みたいなことを言おうとしてるのかも。
だけど、それはまずいかも。こういうのって、庇えば庇うほど、余計に嫉妬することだってあるのよね。
「ねえ、文。二人を見たのって、どの辺り?」
「えっとね……」
文からだいたいの場所を聞いた私は、すぐにその場所に向かう。
二人でいる所に私が出ていったら、よけいに話が拗れるかもしれない。
けれど、何もせずにはいられなかった。
悪魔にだってなる。伊織ちゃんの言ってたその言葉に、不穏なものを感じていたから。
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