第15話 やられっぱなしなんて御免だからね!

 金城さんの勢いはまだ収まらない。


「いい。景村くんはみんなのものなの! 本気で好きなのに、諦めた子も何人もいる。なのにいきなり現れたあなたが、あんなに馴れ馴れしくして、下の名前で呼んで、他の子たちに悪いと思わないの?」

「なっ!?」


 まるで、正しいのは自分だって感じの言い方だ。


 けど、それで私が大人しくなると思ったら大間違い。

 むしろ今ので、私の闘志に火がついた。


 あいにく、こんなこと言われて黙ってるような大人しい奴じゃないの!


「私と伊織ちゃんは、別に好きとかそういうんじゃないですけど。呼び方だって、昔からこうだったんだから、いきなり変えるのも変じゃないですか」

「その、余裕のある態度がムカつくって言ってるのよ! 私はなんとも思ってませんって感じでマウントとってきて。だったら、二度と景村くんに近づかないでよ!」


 めちゃくちゃだ。

 だいたい、あなた達が騒いだせいで、今は伊織ちゃんとは微妙に距離ができてる。

 その上、なんでこんなことまで言われなきゃならないの。


「誰と一緒にいるかは、伊織ちゃんが決めることだと思いますけど。伊織ちゃんと仲良くしたいなら、あなたが声かければいいでしょ」

「──っ、うるさい! 私だって告白したわよ! したけどダメだったの!」


 ああ。金城さん、既に伊織ちゃんに告白してたんだ。


 今の私の言葉は、彼女の逆鱗に触れたらしい。よりいっそう大きな声で怒鳴ると、手を振りあげ、私の頬に向かって打ち付けてきた。


 だけど頬に当たる直前、サッと身を引いてかわす。


「このっ!」


 もう一度、手を振り回してくる金城さん。今度は私も手を上げ、それをガード。さらに、その手を掴んで捻りあげた。


 元々、直接仕掛けてきたら返り討ちにしてやるって思ってたくらいだ。誰が黙って叩かれるかっての!


「痛っ! なにするのよ!」


 暴れる金城さん。だけど、そう簡単に振り解けやしないよ。


「言っときますけど、私、空手初段なんですよ。これ以上やったら、こっちだって反撃します」

「なっ!?」


 そこでようやく手を離すと、金城さんはバッと飛び退いて、私から距離を置く。

 さすがに、有段者相手にケンカするほど無謀なことはしたくないみたいだ。


 これで、怖がって逃げてくれたらよかったんだけどね。


「脅そうって言うの! 暴力振るうなんて野蛮! 最低!」


 いや、先に手を出してきたのはあなたじゃない!


 さっきから言ってることおかしすぎ。なのに、本人は、徹底して私が悪いって思っていそうなところが質が悪い。


 いっそ、本当に腕力でなんとかできたらいいのに。

 だけど、有段者の私が素人に手を出すのはまずい。今みたいに威嚇することはできるけど、それだけじゃ全然引き下がりそうにない。

 ああもう! どうすればいいのよ!


 するとその時、私たちとは全く別の声が飛んできた。


「瑠璃ちゃん!」


 私のことを瑠璃ちゃんって呼ぶのは、この学校に一人しかいない。

 もちろん、伊織ちゃんだ。


 見ると、思った通りそこには、血相変えた伊織ちゃんの姿があった。


 どうしてここに?

 突然の登場に驚くけど、もっと驚いてたのは金城さんだ。彼女にとっては、絶対に見られたくない場面だっただろう。


「か、景村くん。違うの、これは……」


 しどろもどろになりながら、なんとか言い訳をしようと言葉を探す。

 だけど伊織ちゃんは、そんなの聞いちゃいなかった。金城さんには目もくれず、まっすぐに私のところにやってくる。


「瑠璃ちゃん、大丈夫? 何されたの? ケガしてない?」

「だ、大丈夫だから、落ち着いて!」


 とりあえず、ケガはしてないから。いざとなったら、返り討ちにだってできるから!


 一方、すぐそばでそんなのを見せられた金城さん。悔しそうに顔を歪めるけど、伊織ちゃんの目の前でさっきの続きをやるわけにもいかない。

 何も言わずに、逃げるようにその場から駆け出していく。


「あっ──」


 伊織ちゃんもそれに気づいて、ようやく彼女に目を向けるけど、その背中はどんどん遠ざかっていく。

 一瞬、追いかけようか迷ったみたいだったけど、結局そのまま、私のそばにいてくれた。


「伊織ちゃん、どうしてここに?」


 駆けつけてきた伊織ちゃんは、最初からある程度事態を知ってるみたいだった。


「瑠璃ちゃんの友達、真柴文って子から聞いたんだ。最近、瑠璃ちゃんが嫌がらせされてるって。それで、まだ学校にいるかもって思って探してた」


 文、伊織ちゃんには相談するのはやめておくって言ったのに、話しちゃったんだ。

 だけどそれが、私を心配してのことだってのはわかった。


 そして伊織ちゃんも、すっごく心配そうな目で私を見ていた。


「嫌がらせ受けてた理由って、僕との間に変な噂が立ったからだよね」

「えっと、それは……」


 本当は、そんなことないって言いたかった。

 だけど嘘をついてごまかしても、そんなのすぐにわかりそう。


 それ以前に、こんな風に言うのをためらってる時点で、そうだって言ってるようなものだった。


「やっぱり。ごめんね、僕のせいで」

「いや、伊織ちゃんのせいってわけじゃないから」


 確かに伊織ちゃんは無関係じゃないけど、実際に何かしてきたのは金城さんたち。

 伊織ちゃん自身は、何も悪いことなんてしていない。


 けどそれでも、責任を感じずにはいられないんだろう。

 怒りと、悔しさと、申し訳なさ。それらが混じりあったような表情で、グッと奥歯を噛み締めている。

 こうなるって思ってたから、伊織ちゃんには知られたくなかったんだよね。


「これ以上瑠璃ちゃんに迷惑かけたくなくて、あまり近づかないようにしてたのに」

「そうなの?」


 それは、私がやってたのと全く同じこと。だけどこうして人から聞いてみると、それって凄くおかしなことだよね。


 悪いことしてるわけじゃないし、どうして会いたい人に会っちゃいけないわけ?


「あぁ、もう! なんだか腹が立ってきた!」


 この一件、何から何まで理不尽なことだらけだ。

 どうして私たちがこんな目にあわなきゃいけないの。


 だけど、伊織ちゃんは私以上に怒っているみたい。

 思いつめた表情をしながら、ボソリと呟く。


「本当にごめんね。僕が何とかするから」

「なんとかって、どうやって?」


 力になってくれるのは嬉しいけど、どうすればなんとかできるかなんて、見当もつかない。

 こういう女子同士のいざこざって、下手に男子が入ってくると、余計拗れることもあるんだよね。


 それでも、伊織ちゃんはもう一度呟く。

 今度は、私に聞かせるってわけじゃなく、独り言みたいに小さいものだった。


「絶対に、なんとかするから。瑠璃ちゃんを守るためなら、悪魔にだってなる」

「えっ?」


 変な言葉が聞こえた気がして、思わず声をあげる。だけど伊織ちゃんはそれ以上何も言わずに、ただ険しい顔を続けるだけだった。


 結局、その場はそれで解散。伊織ちゃんは、家まで送って行こうかって言ってたけど、聞けば生徒会の仕事を抜け出してきたらしい。


 さすがにそれは、生徒会の仕事を優先させるべき。

 そう言って伊織ちゃんとは昇降口で別れたけど、最後まで心配そうにしていた。


 ただ私は、ある意味伊織ちゃんの方が心配だった。


「伊織ちゃん、自分のせいでこうなったんだって、思いつめなきゃいいんだけど」


 家に帰って、自分の部屋に入ったところで、ため息と一緒にそんな言葉が漏れる。


 こんな風に考えちゃうのは、さっき伊織ちゃんが言ってたことが、ずっと心に引っかかっていたからだ。


 悪魔にだってなる。


 それは、ただの例えで言っただけなのかもしれない。だけど、悪魔って言葉に、どうにも嫌な予感がした。


 ずっと前、私たちがまだ小学生だった頃、伊織ちゃんの口から、その言葉を聞いたことがある気がする。それも、あまり良くない状況で。


「いつだったっけかな?」


 もうだいぶ古くなった記憶を、少しずつ思い返していく。最初なんとなくイメージしたのは、泣いている伊織ちゃんの姿。

 そこからだんだんと、忘れかけていた記憶が鮮明になってくる。


「──思い出した。確か、伊織ちゃんが魔術を使った時だ」

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