第12話 誤解を解かないと!

 その時、今度は伊織ちゃんが声をあげた。


「みんな静かに! 生徒会の人たちに迷惑をかけないで!」


 それから、部屋の隅で震え上がっていた生徒会メンバーに目を向け、騒がせてごめんと頭を下げる。

 みんな、本当に怖い思いをしてたんだろうな。


 集まった女の子たちは、全員伊織ちゃんのファン。その伊織ちゃんにこんなことさせたとなると、さすがに勢いも少しは収まる。


 それから伊織ちゃんは、まるで私を庇うように、一歩前に出る。同時に、そっと小声で囁いてきた。


「こんなことになってごめんね。絶対、なんとかするから」


 それから改めて女の子たちの方を向くと、みんなに言い聞かせるように話し始める。


「何を誤解してるのかは知らないけど、昨日のあれは、完全に僕の不注意で起きたことだから。瑠璃ちゃんに、悪いところなんてなに一つない。だから、これ以上騒いで変な噂を流すのはやめてほしい」


 その姿はとても落ち着いていて、とても昨日泣きそうな顔で落ち込んでいたのと同じ人には見えない。

 不思議なもので、そんな風に堂々と話されると、それだけで説得力が出てくる。


 さらに今度は、私に向かって頭を下げてきた。さっき生徒会の人たちにしたのよりも、ずっと深く、長くだ。


「い、伊織ちゃん?」

「瑠璃ちゃん。昨日も、それに今も、たくさん迷惑をかけたね。本当にごめん」


 もう謝るのはなし。昨日確かにそう言ったけど、結局また謝っちゃった。

 だけどこれが、私のためにやってくれているんだってのはわかる。


 こうでもしないと、私が無理やり伊織ちゃんにキスした悪者ってことになっちゃうから。


 絶対、なんとかする。さっきそう言ってくれた通り、伊織ちゃんは、私のことを守ろうとしてくれているんだ。


(ありがとね、伊織ちゃん)


 伊織ちゃん自身が、これだけハッキリ、悪いのは自分だって宣言したんだ。

 さっきまで騒いでいた女の子たちも、さすがに声をあげにくくなったみたいで、とたんに静かになる。


 だけどそんな中、一人、おずおずと声をあげた子がいた。


「あ、あの……それじゃあ、さっきその子が言ってた、景村くんと昔一緒に遊んだっていうのは、本当なの?」


 その瞬間、大人しくなっていた女の子たちの目が、一斉にギラリと光る。


 その話、わざわざしなきゃダメ? そう思ったけど、みんな興味津々って感じで、簡単に引き下がりそうにない。


「本当だよ。まだ小学生の頃──って言っても、その頃僕は訳あって学校に行ってなかったけどね。その時、瑠璃ちゃんはうちに来て、しょっちゅう遊んでくれた。それから瑠璃ちゃんは引っ越していったけど、昨日久しぶりに会ったんだ」


 またも説明する伊織ちゃん。

 だけどそれを聞いた女の子たちは、ますます興味が湧いたみたいに、次々と質問をはじめてくる。


「それって、まさか二人は付き合ってたとか?」

「あの子、景村くんに会いたくて、この学校に転校してきたの?」


 違うから!

 そりゃ仲はよかったけどさ、あの頃は子どもだったんだよ。付き合うって何って感じだよ!


 これは、伊織ちゃんに任せるだけじゃなくて、私も何か言ってやらないと。


「付き合ってなんていなかったし、この学校に転校してきたのもたまたま。伊織ちゃんとは友達で、恋愛とかはないから!」


 こういうのは全力で否定するに限る。力いっぱい叫ぶと、少しは効果があったのか、女の子達もざわつき始める。


「じゃあ、景村くんと付き合いたいとか、あわよくばまたキスしようとかは思ってないの?」

「ないないない! そんなの全然ありえないから! そうでしょ、伊織ちゃん。──伊織ちゃん?」


 伊織ちゃんにも同意を求めるけど、なぜか伊織ちゃんは、すぐに返事をしてくれない。

 どこか遠い目をしながら、何か小さい声で呟いていた。


「全然、ありえない……」

「伊織ちゃん? どうかした?」

「──っ! ううん。なんでもない。みんな、そういうわけだから、もう二度と、こんな風に騒がないで」


 そうハッキリ言って、女の子たちをゆっくりと見渡す伊織ちゃん。

 私はともかく、伊織ちゃんを前にして、嫌だと言える子は誰もいなかった。

 みんな、じっと押し黙っている。


 これで、騒ぎが収まってくれるといいんだけど。


 するとそこで、朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが鳴り出した。


「さあ、早く教室に行かないと、遅刻扱いになるよ」


 伊織ちゃんにそう言われ、渋々といった感じで、一人また一人と、その場を離れていく。


 とりあえず、この場は乗り切ったって思っていいのかな。

 けどこういうのって、文句が出なかったからって、みんな本当に納得しているかはわからない。


 そう思っていると、一人、鋭い視線を私に向けてる子がいるのに気づく。

 昨日、私と話た女子生徒。確か、金城さんだ。


 といっても、直接文句を言ってくるわけじゃなく、ただ見るだけ。

 そしてそのまま、他の子たちと一緒に去っていった。


 とりあえず、なんとかなったってことでいいのかな?


 ほとんどの女子が帰っていったところで、伊織ちゃんが言う。


「昨日といい今日といい、本当にごめんね」

「ごめんは、さっき聞いたからもういいって」


 確かにとんだ災難だったけど、これは別に、伊織ちゃんが悪いってわけじゃない。

 それに、私がみんなから責められないよう、必死になって守ろうとしてくれてたからね。ごめんなんて言わなくても、それで十分。


 私は悪くないってハッキリと言ってくれた時は、嬉しかったし、ちょっとカッコよくてドキッとした。


(ん? ドキッと?)


 いやいや、さっき、私と伊織ちゃんとの間に好きとか付き合うとかはないって言ったばかりだし、ドキッとするのはおかしいよね。


 そりゃ、昨日キスされた時……じゃない、事故があった時も、ドキッとはしたけど。

 あれ? もしかして私、けっこう伊織ちゃんにドキッとさせられてる?


「瑠璃ちゃん。どうかした?」


 急に黙り込んだ私を、伊織ちゃんが不思議そうに見る。


「な、なんでもない。それより、私たちも早く教室に行こうか」


 まさか、伊織ちゃんにドキッとしてたなんて言えないよね。

 遅刻しちゃいけないのは、私たちも同じ。そうしてそれぞれの教室に戻って、この事態は終了だ。


 と言いたかったんだけど、もうちょっとだけ続くんだよね。


 朝のホームルームが終わったところで、文が、興味津々って感じに目を輝かせてやってきた。


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