第2章 嫌〜な噂と嫌がらせ

第11話 変な噂がたってるんだけど!?

 翌日、学校にやってきた私は、教室へと向かう。

 相変わらず校舎は複雑な造りをしているけど、さすがに靴箱から教室までなら迷うことはない。


 すると、廊下を歩いている途中で、なんだか妙な視線を感じた。


「ん?」


 近くにいる生徒が、チラチラとこっちを見ている気がする。しかも、一人でなく何人もだ。

 気のせいかなとも思ったけど、靴箱から教室までの短い間に、何度もそんなことがあった。


 そうしてたどり着いた教室。自分の席に座ると、文が血相変えてやってきた。


「瑠璃! ちょっと、瑠璃!」

「文、おはよう。どうしたの、そんなに慌てて?」

「どうしたのじゃないよ。昨日、転校生が景村くんとキスしたって聞いたけど、転校生って瑠璃のことだよね。本当なの!?」

「ふぇっ!?」


 聞いたって、誰から!? いや、まあ、したって言えばしたけどさ!

 だけど、文の言葉はまだ終わらなかった。


「他にも、体育館で抱き合ってたとか、お姫様抱っこしてたとか、色んな噂がたくさん飛び交ってるんだけど!」

「はぁっ。何それ!」


 それは知らない! そう言おうと思ったけど、よくよく考えて思い出す。


 体育館でバスケボールがぶつかりそうになった時、伊織ちゃんは私の体を引き寄せて助けてくれた。あの時の体勢は、抱き合ってるように見えなくもない。それに、キスしたことをその場にいた女の子たちからあれこれ言われて逃げる時、追いかけてくる女の子たちを振り切るため、伊織ちゃんは私を抱えて走ってたっけ。


「い、一応本当って言うべきなのかな? いや、でもなんか微妙に違う気がするし……そもそも、そんなに噂になってるの!?」


 確かに、私が伊織ちゃんと事故チューしたのは本当だけどさ、それって昨日の放課後の話だよ。いくらなんでここまで早くも騒ぎになるものなの?


「瑠璃、うちの学校での景村くんの人気を舐めないでよね。特に、ガチ勢って言われる一部の熱狂的なファンは凄いんだから。転校生が景村くんの唇を奪ったって、全校女子に拡散してるの。しかも、瑠璃の写真付きで」


 そう言って文が見せたのは、伊織ちゃんと一緒に走って逃げる私の写真だった。

 撮影した人とはかなり距離があったみたいで、かなり小さく、画面も荒いけど、見る人が見れば、確かに私だってわかる。


「怖っ! こんなことになってるの?」


 ちょっとは騒ぎになるかも、くらいには思ってたけど、これは想像のはるか上だ。

 そういえば昨日、寝ている伊織ちゃんから離れろって言ってきた子がいたけど、あの子もガチ勢だったのかも。


 幸いなのは、文はそんなガチ勢の子たちとは違うってこと。

 そんな噂を聞いても、きちんと私の話を聞こうとしてくれている。


「で、どうしてそんな噂になってるの? まさか、本当に無理やりキスしたの?」

「してないから! なんて言うか、あれは事故。たまたま私が顔を近づけたら、向こうが起き上がってきて、口と口がくっついた。それだけ! ねっ。無理やり奪ったなんて、全然違うでしょ」


 こんなの、いちいち何があったか説明するなんて恥ずかしい。

 けど、文にまで誤解されたら大変だ。


「う〜ん。瑠璃がそう言うんなら、そうなのかな。みんなも、そう思ってくれるといいんだけど」

「思ってくれなきゃ困るよ。でも、これでわかった。学校に来た時からずっと視線を感じてたのは、そのせいだったんだね」


 教室を見ると、今も何人かがこっちをチラチラ見てきている。

 文みたいに直接聞いてくる子がいないのは、私が昨日この学校に来たばかりっていう、転校生独特の距離感があるからだと思う。


 だけど、転校早々そんな噂が広まるって、どう考えてもよくないよね。

 頭を抱えていると、文も同情したようにため息をつく。


「景村くんも、今頃大変なことになってるだろうね。瑠璃が来る前、何人かが、話を聞くって言って景村くんの教室に行ってた」

「そうなの!?」


 伊織ちゃん、大丈夫かな?


 こんな噂が広まってるなら、二人一緒に、あれは事故だって説明した方がいいかも。


 そこまで考えたところで、私はガタッと音を立て、自分の席から立ち上がる。


「私、ちょっと行ってくるね!」


 こういう噂は、早めに火を消しておかないと、どんどん大きくなりそうだ。だから、やると決めたら即行動。


 すると、文も後から着いてきてくれた。


「景村くんなら、多分朝は生徒会室にいると思う」


 そういえば、伊織ちゃん、生徒会に入ってたっけ。

 生徒会室の場所なら、昨日案内されて知っている。


 そうしてやって来た、生徒会室。するとそこは、私の周りとは比べものにならないくらいの騒ぎになっていた。


 何人もの女の子が押しかけ、声をあげている。その中心にいるのは、もちろん伊織ちゃんだ。


 ちなみに、伊織ちゃん以外にも生徒会っぽい男子生徒がいたけど、すっかり怯えた様子で、部屋の隅に寄って小さくなっていた。


「景村くん、昨日無理やりキスされたって本当なの?」

「訴えるなら協力するよ!」

「私達が慰めてあげる」


 噂を聞いた時から嫌な予感がしてたけど、完全に私が悪者になっている。


 女の子たちの先頭にいるのは、昨日私に、伊織ちゃんから離れるように言ってきたあの女子生徒だ。


 それを見て、そばにいた文がこっそり言ってくる。


金城かねしろ先輩、相変わらず迫力ある〜」

「知ってるの?」

「さっき話した、景村くんガチ勢のリーダー。景村くんが具合悪くなった時、誰かが無理やり唇奪わないようみんなで見はるってルールを作ったのもあの人なの。怒らせたらすっごく厄介なことになるから」


 あの人、そんな人だったんだ。その目の前であんなことしたんだから、そりゃ怒ってるよね。


 これは、いよいよ何とかしなきゃ。


「伊織ちゃん!」


 集まっていた女子生徒たちをかき分け、叫びながら、伊織ちゃんのそばに寄る。


「瑠璃ちゃん!?」

「あのさ、昨日のこと、事故だって説明してくれる?」


 殺気立ってるこの子たちにどれだけ話が通じるかはわからないけど、私と伊織ちゃんの二人でしっかり説明すれば、少しはわかってくれるかも。と言うか、それ以外方法がない。


 だけど、私たちが何か言う前に、またも女の子たちから声があがった。


「い……今この子、景村くんのことを、伊織ちゃんって呼んだ!」

「景村くんも、この子のこと下の名前で呼んでなかった!?」

「いったいどういうこと!」


 まずい。どうやらこの子たちにとって、下の名前で呼び合うだけでもアウトだったらしい。

 ただでさえ騒がしかったのが、さらにヒートアップしてる。


「ま、待って。私と伊織ちゃんは、昔何度も一緒に遊んでて、その時の癖で今もそう呼んでるだけだから!」


 これ以上変な誤解をされたらかなわない。名前呼びの理由を説明するけど、それは逆効果だった。


「一緒に遊んだですって!」

「私たちの景村くんになんてことを!」


 まるで、昨日のキスの場面と同じくらいの阿鼻叫喚。

 どうしよう。騒ぎを静めたくてやってきたってのに、これじゃますます大きくなっちゃうよ。


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