第10話 土下座! 〜からの、これからもよろしく

 可愛かった友達が、六年ぶりに再会したらすごくカッコよくなってて、なんやかんやあったと思ったら、今私の目の前で土下座をしている。

 今までだって十分すぎるくらい怒涛の展開だったけど、どうやらそれはまだ続くらしい。


「い、伊織ちゃん。頭上げて! あと、そんなところに座ったらズボン汚れるから!」


 いきなり土下座されて平気でいられるほど、私の神経は図太くない。

 なんとかやめさせようとするけど、伊織ちゃんは頭を下げたままだ。


「だって僕、さっき瑠璃ちゃんの精気を吸い取ったんだよね。えっと、その……き、き、キスをして」

「うぐっ!」


 さっきは色んなことがありすぎて深く意識する暇がなかったけど、改めて言われると、とたんに恥ずかしくなってくる。


 うん。確かに、キスはしたね。すぐそばに迫った伊織ちゃんの顔と、唇に触れた感触を思い出して、カッと顔が熱くなる。


「やっぱり。したんだね。嫌がる瑠璃ちゃんに、無理やり……」

「いや、それは違うから! 事故だから!」


 嫌がるも何も、そんなの考える暇なんてなかったし、無理やりなんてのはもっと違う。私が顔を近づけた時、伊織ちゃんもたまたま顔を上げて、二人の口がくっついた。

 つまりは完全な事故。マンガとかで言うところの事故チューだ。


「顔を近づけた私も悪いんだからさ、お互い様だよ」


 そう言ったけど、伊織ちゃんの懺悔はまだ終わらない。


「でも、精気を吸い取ったのは、完全に僕のせいだよ」

「それは……」


 キスした時、どっと疲れが襲ってきたことを思い出す。やっぱりあれって、精気を吸い取られてたんだ。


「無意識にキスしたのだって、多分、瑠璃ちゃんの精気に惹かれたからなんだ。渇きのせいでちゃんとした判断がつかなくなってて、近くに精気があるのを感じ取って、それでつい……。ううん、そんなの言い訳にしかならないよね。本当にごめん!」


 突然のキスには、そんな理由があったんだ。


 伊織ちゃんの体は小刻みに震えてて、顔は、これでもかってくらい真っ青。

 自分のしたことを、どれだけ後悔しているかがよくわかる。

 あれが私の精気に惹かれてやったことなら、確かに伊織ちゃんに責任があるのかもしれない。


 けどね、そんなに何度も謝られても、私はちっとも嬉しくないの。


「あ、あれは、人工呼吸みたいなものでしょ!」


 沈んだ空気を吹っ飛ばすように、大声で叫ぶ。


「じ、人工呼吸?」

「そう。だって伊織ちゃん、すっごく苦しそうだったじゃない。それをなんとかできたんだから、あれは人助けだよ」

「で、でも、無理やりやったんだよ?」

「無理やりじゃなくて、たまたまの事故でしょ。それで、私が気にしてないんだから、別にいいじゃない」


 本当は、さすがにちょっと恥ずかしい。

 だけどそれを言っちゃうと、伊織ちゃんはまた落ち込むだろうし、私だって意識せずにはいられなくなる。

 だから、そんな心の中の動揺を振り切るように力いっぱい言う。


「そりゃ確かにキスしたみたいになっちゃったけど、私は、全然気にしてないから!」

「ぜ、全然……」

「そう。全く。これっぽっちも何とも思ってないよ!」


 これだけ言ったら、さすがの伊織ちゃんもわかってくれるよね。

 けどそう思って様子を見ると、さっきまでの落ち込みぶりとは違うけど、なんとも言えないような、複雑な表情をしていた。


 むぅ。これだけ何とも思ってないってアピールしても、まだ足りないのかな?

 よーし。じゃあ、もう一押しだ。しゃがみ込んで、膝をついたままの伊織ちゃんと目の高さを合わせて、言う。


「ねえ、伊織ちゃん。伊織ちゃんは、私とこのまま気まずくなってもいいって思ってる?」

「それは……嫌だ」

「でしょ。私も同じ。だったら、これ以上この話はしないってことでいいじゃない」

「でも……」

「でもじゃなーい! 」


 なおもうじうじしている伊織ちゃんを一喝する。強引だけど、こうでもしなきゃいつまで経っても埒が明かないし、ここは力技だ。


「私さ、伊織ちゃんとまた会えて、嬉しかったんだから。なのに、こんなので変な感じになるのは嫌なんだからね」


 念を押すようにそう言うと、そこでようやく、伊織ちゃんも小さく頷いた。


「うん。ごめんね」

「だから、謝らないでって」

「ごめん──あっ、今のごめんは違うから!」


 ちょっぴり慌てる伊織ちゃん。それが妙におかしくて、笑っちゃった。


 それに、なんだか懐かしい気持ちになってくる。


「やっぱり、伊織ちゃんは伊織ちゃんだね」

「えっ?」

「すぐ謝るところとか、自信なさげなところとか、ビクビクオドオドするところとか、昔のままじゃない」

「────っ!」


 これは別に、バカにしたわけでもからかったわけでもない。ただ純粋に、昔と変わらないところもちゃんとあるんだなって思っただけ。


 だけどそれは、伊織ちゃんにとっては嬉しくなかったみたい。

 またもショックを受けたように、クシャリと顔を歪ませた。


「……昔と一緒か。そういうところは、出さないようにしてきたんだけどな」

「えっ、そうなの? どうして?」

「……瑠璃ちゃんみたいに、カッコよくなりたかったから」


 私みたいにカッコよく、ね。

 私がカッコいいかは置いておくとして、多分、伊織ちゃんは本気でそう言ってるんだろうな。


 その結果、女の子が大騒ぎするようなパーフェクトな王子様が誕生したんだけど、今の伊織ちゃんは、すっかり昔の調子に戻ってる。


「でも、無理だった。少しは変われたかたって思ってたけど、瑠璃ちゃんの前で、いきなりこんなところ見せるなんて……」


 まずいな。せっかく笑ってくれたのに、このままじゃまた落ち込んじゃうかも。

 これは、なんとかしないと。


「い、いいじゃない、変わらないところがあっても。伊織ちゃん、すっごく変わったけどさ、あんまり変わりすぎて、本当に伊織ちゃんって思ってたの。だから、前と同じところ見れて、少し安心した」


 これは、紛れもない私の本心だ。カッコよくなってキャーキャー言われてる伊織ちゃんもいいけど、それだと、なんだか少し遠い人になったような気もしてたのよね。


「少しくらい、変わらないところがあってもいいじゃない。私は、大人しくて弱気なところもある伊織ちゃんだって、可愛げがあって好きだったよ。でなきゃ、あんなに一緒に遊んだりしないもん」

「そ、そう?」

「そう!」


 力強く言うと、落ち込みかけてた伊織ちゃんも、少しホッとしたようだった。


「やっぱり、瑠璃ちゃんはカッコいいと思うな」

「ん? どうして?」

「なんかこう、色々と」


 よくわからないけど、まあいいか。

 何はともあれ、キスから始まったドタバタも、これでようやく落ち着いたみたい。


 立ち上がった伊織ちゃんは、さっきまでのような暗い顔はしてなかった。


 よかった。これで、変に気まずくならなくてすみそう。


「そういうわけだから、伊織ちゃん、これからもよろしくね」

「うん。こちらこそよろしく」


 そう言い合ったところで、私達二人は、ようやく揃って笑うことができた。


 それから、二人一緒に学校を後にする。

 学校案内の途中だったけど、時間もだいぶ遅くなったし、これから続きをって雰囲気でもなかったからね。


 新しい学校の初日は、びっくりするくらい色んなことがありすぎたけど、こうして昔の友達とまた会えたことは、素直に嬉しかった。


 だけど、この時まだ私は知らなかった。

 これから先の学校生活に、大変な事態が待ち受けていることを。

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