第8話 精気を渡す方法はキス!

「ええと、精気って、キスしても吸い取ることができるんだっけ」

「なんだ、知ってるんじゃない。そうよ。キスさえすれば、景村くんは元気になれるの」


 これも前に伊織ちゃんから聞いたことだけど、キスというか、口と口をくっつけても、そこから相手の持ってる精気を吸い取ることができるんだって。


 しかも、その時取られる精気の量は、吸血する時と比べたらすっごく少なくて、命の危険なんてことは全然ない。それでも、渇きを回復するには十分なんだって。


 つまり、今みたいに渇きが起きた時は、そうするのが一番いい。


 なのに、私が今までそれを忘れてたのは、これもまた、伊織ちゃんが頑なにやろうとしなかったからだ。


「あの、確かにキスすれば良くなるかもしれないけど、それって本人はやってもいいって思ってるの?」

「いいえ。景村くんになら精気を渡しても構わない。そう思ってる子はたくさんいるわ。けど当の景村くん本人が、それを断固拒否してるの。少し休めば治るのに、わざわざそんなことさせられないって言ってね。残念。本当に、残念よ……」


 やっぱり。昔、伊織ちゃんからこの方法を聞いた時、じゃあ今度具合が悪くなった時は、私がキスしたらなんとかなるのかって聞いてみた。

 そしたら伊織ちゃん、顔を茹でダコみたいに真っ赤にして、僕のせいで瑠璃ちゃんにそんなことさせるなんて絶対ダメって、大慌てで言ったんだよね。


 私が一人で納得してると、女子生徒は、まだ鋭い目を向けてくる。


「そういうわけだから、あなたも勝手にキスしようとするんじゃないわよ」

「いや、しないから!」


 そりゃ、放っておいたら命が危ないっていうなら別だよ。

 けどそういわけじゃないし、伊織ちゃん本人がやらないって言ってるなら、そんなことするはずないじゃない。


 そう思ったけど、女子生徒の表情は、相変わらずキツいままだ。


「どうだか。以前実際に、寝ている景村くんの唇を無理やり奪おうとした子がいたからね」

「へっ?」

「それは他の子によって阻止されたけど、一人がそんなことしたもんだから、誰かがやるくらいなら自分がって言い出す子が何人も出てきて、我こそがと景村くんの唇を奪い合う争奪戦が起きたわ。景村くん、ただでさえ体調がわるかったのに、すぐそばでそんな阿鼻叫喚の光景が繰り広げられて、とても苦しそうだった」

「そりゃそうだよ! っていうか、この学校の女の子達、肉食すぎない!?」


 その時の伊織ちゃん、大丈夫だったかな?

 寝込んでる横でそんなことされたら、ますます体調が悪くなりそう。


「それだけ、景村くんが魅力的だってことよ。見た目も中身も最高で、さらには吸血鬼っていう特別な存在。人間離れした、パーフェクトな王子様なんだから!」

「そ、そうですか……」


 パーフェクトな王子様、ね。吸血鬼なんだから、人間離れってのはある意味その通りなんだけど、伊織ちゃんがここまで持ち上げられているのを見ると、なんだか不思議な感じがする。


 人気があるってのも、ここまでくると考えものだ。


 って言うか、私もそんな風に、無理やり唇を奪おうとしてるって思われてたんだ。


「だからね、それ以来、景村くんの体調が悪くなったら、こうすることになってるの」


 女子生徒は、そこまで言ったところで、辺りを見渡す。つられて私も目を向けると、いつの間にか、近くに何人かの女の子達が集まっていた。


 みんな、寝ている伊織ちゃんを心配そうに見つめていて、だけど決して必要以上に近づかない。そんな、微妙な距離を保っている。


「あの、これはいったい、何が始まっているので?」

「だから、また誰かが景村くんの唇を奪うなんて暴挙に出ないよう、みんなで見張ってるの。もちろん、純粋に景村くんを見守るって意味もあるわ。あまり近くで騒がしくしたら景村くんの迷惑になるから、少しだけ距離をとってね」

「はぁ、そうですか」


 寝ている伊織ちゃんを見守る女の子たち。まるで、白雪姫を心配する小人たちみたいなシーンだ。


 色々とツッコミどころ満載だけど、わざわざそれを言ったら、すっごく面倒なことになりそうだ。


「さあ、わかったらあなたも、さっさと景村くんから離れて」

「えっ、私も? まあ、いいけど……」


 本当は、伊織ちゃんの側にいてやりたかったけど、ここで嫌ですなんて言ったらどうなるかわからない。


 だけど離れる前に、最後にもう一度、伊織ちゃんに駆け寄る。このくらいならいいよね。


 伊織ちゃんは、相変わらずベンチの上で横になり、目を閉じたまま。

 さっきと比べると息はだいぶ整っているけど、それでも、時々苦しそうに顔を歪めるている。


「伊織ちゃん、大丈夫? 早く良くなってね」


 別に、返事がほしかったわけじゃない。

 だけど、私がそう言った直後、伊織ちゃんは目を閉じたまま、微かに呟いた。


「んんっ……る、瑠璃ちゃん?」

「なに?」


 もしかするとそれは、無意識に言った、うわ言みたいなものだったのかもしれない。だけど私はそれを聞いて、さらに伊織ちゃんに顔を近づける。


「ちょっとあなた、いい加減にしなさい!」


 さっきの子が機嫌悪そうに言うけど、ちょっと待ってよ。

 もしかしたら、何か言いたいことがあるかもしれないんだから。


 小さな声でも聞こえるよう、ベンチのすぐに隣にしゃがみこんで、伊織ちゃんの口元に顔を近づける。

 その時だった。


「瑠璃ちゃん……?」


 また、伊織ちゃんが私の名前を呼んで、急に体を起こす。


 するとなんの因果か偶然か、近づけていた私の顔に、というか口に、伊織ちゃんの口が重なった。


 私の口に、伊織ちゃんの口が重なった!


(えっ?)

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