第6話 カッコよくなった理由
体育館でのハプニングの後、私と伊織ちゃんは、バスケ部の人たちに謝られながら、揃って本校舎に戻っていった。
っていうのも、私を案内してくれる人ってのが、実は伊織ちゃん。
そういえば伊織ちゃん、生徒会役員もしてるって、文が言ってたっけ。
そうして、本校舎の色んな場所を案内されるけど、それより私は、もっと気になることがあった。
それは、伊織ちゃんのこと。
なんたって六年ぶりの再会なんだから、話したいことはたくさんある。
「久しぶりだね、伊織ちゃん。凄く背が伸びてたから、最初は誰だかわかんなかったよ」
「そうかな? 瑠璃ちゃんは、綺麗になったね」
「ふぇっ!?」
綺麗!?
突然そんなとこ言われたもんだから、思わずギョッとする。
いや、もちろんそんなの、社交辞令みたいなものだってのはわかるよ。
けどイケメンからそんなこと言われると、ドキっとする子もたくさんいるんじゃないの?
そんな私の動揺なんてちっとも知らないで、伊織ちゃんは笑って話を続ける。
「先生から、転校生の名前が瑠璃ちゃんと同じだって聞いて、もしかしたらって思ってた。それで、先生が忙しそうにしてたから、だったら僕が案内変わりましょうかって言ったんだ」
「そうなの? じゃあ、案内する相手が私だってこと、知ってたんだ」
「うん。もし瑠璃ちゃんが僕のことを忘れてたら、どうしようって思ってた」
「いやいや、忘れようがないでしょ!」
あんなに何度も一緒に遊んだ相手を忘れるわけない。
「でも瑠璃ちゃん、最初は誰だかわからなかったって──」
「だから、それは背が伸びてたからだって。それに、なんだかカッコよくなってるんだもん」
「か、カッコ良く?」
「うん。背だけじゃなくて、雰囲気だってだいぶ変わったじゃない。前は、たくさんの人に囲まれたら、それだけでオロオロしちゃいそうな感じだったもん」
ちょっぴり酷いことを言ってるかもって思ったけど、以前の伊織ちゃんは、本当にそんなイメージだった。
それが、あんなに大勢の女の子にキャーキャー騒がれても堂々としてるんだもん。別人かって思っちゃうよ。
「それに、さっきボールがぶつかりそうになった時、助けてくれたしね。昔だったら、むしろ私が伊織ちゃんのこと守ってそう」
「うん。それは、僕もそう思う」
伊織ちゃんと遊ぶのはいつも家の中で、外に出て山の中を走ったりスポーツをしたりってことはなかったから、とにかくインドアなイメージがあった。だけど、いざとなればあんなに動けたんだ。
吸血鬼は人間よりも力が強くて反射神経もいいっていうけど、それにしたってビックリだ。
「瑠璃ちゃんと約束したからね」
「えっ、私?」
急に、照れくさそうにそんなことを言う。
けど私は、それがなんのことなのかわからない。約束って、何かしたっけ?
「瑠璃ちゃんと最後に会った時のこと、覚えてる? 次に会った時は、僕も瑠璃ちゃんみたいにカッコよくなるって言ってたんだけど」
「えっ?──ああ、あの時の!」
言われて、ようやく思い出す。それは、お父さんの仕事の都合でこの街から引っ越す前の日。
最初伊織ちゃんに引っ越すことを話した時は、お別れするのなんて嫌だって言って泣かれて、それから少しは落ち着いたんだけど、会えるのも今日で最後ってなったら、また泣き出しちゃったんだよね。
その時、たしかこんな話しをしていた。
「ご、ごめんね。ちゃんと、笑ってお別れしたかったのに」
伊織ちゃんは、涙を必死に堪えようとしてたけど、それでも後から後から流れてきて、顔はもうグシャグシャになっていた。
そして私も、お別れするのなんて嫌だった。
だって、ずっと一緒に遊んできた友達だもん。もう会えないないなんて、悲しくないわけがない。
泣いてる伊織ちゃんを見ると、私まで泣きそうになってくる。
だけど、それをグッと堪える。だって、ここで私まで泣いたら、伊織ちゃんは今よりもっともっと泣いちゃうから。
二人で会える最後の時間を、泣いてばかりで終わらせたくはなかった。
「大丈夫だよ。ちょっとの間会えなくなるかもしれないけど、きっとまた、いつか会えるって」
「グズ……それって、いつ?」
「うーん、いつかな? 一年? 二年? もっと先かも。でも、きっと会える」
本当は、また会えるかどうかなんてわかんない。
だけど、どうにかして伊織ちゃんを泣き止ませたかった。それに何より、絶対にそうなるって信じたかった。
だから言った。きっと、また会えるって。
「その頃には、伊織ちゃんだって学校に通って、友達たくさんできてるかもね」
今はわけあって、この家から出られない伊織ちゃん。けどそれも、あと少しだって聞いている。
「友達……瑠璃ちゃん以外にできるかな?」
「できるよ。だって、伊織ちゃんと遊んでると楽しいし、それに伊織ちゃん、可愛いもん」
元気づけるためにそう言ったんだけど、そしたら伊織ちゃん、なぜかまたシュンとしてしまった。
「僕、可愛いよりもカッコいい方がいいな……」
ありゃ? 褒めたつもりなんだけど、男の子に可愛いってのは、あんまり嬉しくないみたい。
「だったら、カッコよくなればいいじゃない。次に会った時、伊織ちゃんがすっごくカッコよくなってたら、私もドキッとしちゃうかも」
「瑠璃ちゃんが、僕にドキッと?」
そしたら伊織ちゃん、そこでようやく、流れてた涙をグイッとぬぐう。それ以上泣かないように、必死になってこらえる。
「ぼ……僕、カッコよくなるから。次に瑠璃ちゃんに会うときには……絶対なってるから」
さっきまで泣いてたせいで、目は真っ赤に腫れてるし、喋りながら、何度も何度もえずいてる。
それでも、真剣に言ってくれているのはよくわかった。
「うん。楽しみにしてるからね」
私がそう言うと、伊織ちゃんも、今度はもっと大きな声でいう。
「約束する。瑠璃ちゃんみたいに、カッコよくなるって!」
「へっ?」
もしかして、伊織ちゃんの中でカッコいいって、私のイメージなの?
ちょっとビックリしたけど、まあいいか。これで、伊織ちゃんが少しでも泣き止んでくれるなら。
「うん。カッコよくなってね」
思えばそれが、私が伊織ちゃんに送った、最後の言葉だった。
それから六年。成長し、ものの見事にカッコよくなった伊織ちゃんが、今目の前にいる。
◇◆◇◆◇◆
お別れの時のことを一つ一つ思い出し、最後まで振り返った時、学校案内はほとんど終わって、私たちは中庭近くにやって来ていた。
「じゃあ伊織ちゃんは、あの時私と約束したから、こんな風になったってこと?」
「うん。ちょっとでも変わりたくて、僕なりに頑張ったんだ。本当にカッコよくなれたかどうかはわかんないけど」
伊織ちゃんは照れくさそうに笑ってそんなことを言うけど、とんでもない。
「あれだけ女の子からキャーキャー言われて、カッコよくなれたかわかんないってこと、無いんじゃないの」
そんなの、他の男子が聞いたら怒りそう。
だけど、伊織ちゃんは大真面目だ。
「でも、瑠璃ちゃんからは言われてなかったからね。僕がなりたかったのは、瑠璃ちゃんにカッコいいって思ってもらえるような人だったから」
「ふぇっ?」
真剣な顔でそんなこと言われたものだから、思わず変な声がでちゃう。
伊織ちゃん、わかってる? 今の伊織ちゃんにそんなこと言われると、大抵の女の子はドキッとしちゃうから。
もちろん、私だってそうだ。
「け、けどさ、私みたいにカッコよくなるって言ってたけど、カッコよさの目標みたいにされるのは、女の子としてはちょっと複雑だよ」
本当は、カッコ良いって言われるのも、全然悪い気はしないんだけどね。
でもこんなことでも言わないと、ドキドキしっぱなしになりそうだから、わざとこんなことを言ってみる。ごめんね伊織ちゃん。
けれど、私は甘かった。なんて言うか、成長した伊織ちゃんを舐めていた。
「もちろん、瑠璃ちゃんはカッコいいだけじゃないよ。とっても可愛いんだから」
「ぬぁっ!?」
「それにさっきも言ったけど、綺麗にもなった」
だ、だから、どうしてそんなこと言うのかな! 自分の言葉にどれくらいの威力があるのか、わかってないの?
伊織ちゃんにこんなこと言われるのも、それでドキドキするのも、なんだか変な感じ。
カッコよくなってねとは言ったけど、なんかもう色々変わりすぎだよ!
「伊織ちゃん、そういうの、誰にでも簡単に言っちゃダメだから」
こんなの、普段から伊織ちゃんに熱を上げてる女の子が言われたら、勘違いしちゃうよ。
「誰にでも言うわけじゃなくて、瑠璃ちゃんだから言ったんだよ。それに、簡単でもない」
ほら、またそういうこと言う。
だけど、その時初めて気づく。いつの間にか、伊織ちゃんの顔が赤く染まっていることに。
それも、ちょっと赤くなってるとかじゃなくて、耳まで真っ赤だ。
もしかして、自分で言ってて照れてる?
困惑する中、伊織ちゃんは、また何か言おうと口を開く。
「瑠璃ちゃん、僕は──」
今度はなに?
思わず身構えるけど、それから先の言葉が、なかなか出てこない。
急に、喋るのをやめちゃった。
「伊織ちゃん?」
不思議に思って声をかけると、その瞬間、伊織ちゃんの体が、クラリ大きく揺れた。
幸い、倒れたりするようなことはなかったけど、そのまま腰を落として、その場にうずくまる。
「えっ? ちょっと、伊織ちゃん? どうしたの?」
声をかけるけど、すぐには返事はない。
ただ、さっきまで赤かったはずの顔が、今は青くなっていて、何度も何度も荒っぽい呼吸を繰り返してる。
こんなの、どう見ても普通じゃない。
「だ、大丈夫だから、心配しないで。ただ、渇きがやってきただけだから。瑠璃ちゃんは、知ってるよね?」
渇き。
それを聞いて思い出す。
確か、昔一緒に遊んでいた時も、伊織ちゃんは、たまにこんな風になることがあったのを。
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