第3話 伊織ちゃんとの出会い(前編)

 それは、私がまだこの街に住んでいた、小学三年生の夏休み。

 その日私は、一人で近所にある山に登って虫取りをしていた。


 セミ。バッタ。そしてカブトムシ。

 朝早くから始め、泥だらけになりながら捕まえた甲斐あって、お昼近くには、持ってきた虫かごはいっぱい。そろそろ家に帰ろうと思って、山の麓近くまで歩いた時だった。


「あっ、クワガタ!」


 近くの木に、一匹のクワガタが止まってるのを見つける。

 既にたくさんの虫を捕まえてたけど、クワガタはまだ。最後にこの子を捕まえよと思って、勢いよく虫取り網を振るう。

 だけどそれを察したクワガタくん、木の表面を素早くカサカサと移動して避けちゃった。


「むむっ。もう一度!」


 負けじと、またも虫取り網を振るう。だけど、夢中になりすぎたのがいけなかった。

 実はその木があったのは、急な斜面のすぐそば。そんな所で激しく動いたもんだから、ズルっと足を滑らせた。


「わわっ!」


 慌ててバランスをとろうとするけど、もう遅い。体勢を崩した私は、そのまま斜面を転がり落ちていった。


「痛たたた。酷い目にあった。」


 幸い、高さはそんなになくて、すぐに止まったけど、ゴロゴロと転がっていたせいで、服も体も、今まで以上に汚れちゃった。

 服を汚して帰るのはいつものことだけど、これはさすがにお母さんから怒られるかも。


 けど、困ったのはそれだけじゃなかった。

 よく見たら、右腕が大きく擦りむいていて、血がタラタラと流れてる。


「うわっ! 血! 止まんない!」


 特別痛いってわけじゃないし、遊んでる最近にちょっとしたケガをすることなんてしょっちゅうだ。


 だけど、このまま血が流れ続けるのは、なんかヤダ。それに、服がますます汚れそう。

 こんな時、家や学校ならすぐに手当てできるだろうけど、今私が持ってるのは、虫かごと虫取り網と、水筒くらい。


 とりあえず、水筒の中の水で傷口の周りについた土を洗い流したけど、血は止まらず、相変わらずタラタラと流れてる。


「こんなことなら、ハンカチや絆創膏持ってくるんだったーっ!」


 一人でギャーギャー騒ぐけど、どうしようもない。


 すると、その時ふと、声が聞こえた。


「ど、どうしたの? そこに、誰かいるの?」

「えっ?」


 声のした方を向いて、初めて気づく。すぐそばに、高くて大きな塀があることに。

 そしてさっきの声は、この塀の向こう側から聞こえてきていた。


 塀越しだから顔はわからないけど、私と同じ子どもで、男の子っぽかった。


「君、だれ?」

「ご、ごめんなさい。声が聞こえてきたから、つい……」


 誰かって聞いただけなのに、なんでか謝ってくる。変なの。

 まあいいや。何かあったか話したら、助けてもらえるかもしれない。


「腕をケガして、血が止まらないの。君、絆創膏か何か持ってない?」

「ケガ!? 大丈夫? えっと……ど、どうしよう。どうしよう」


 ケガしたって言ったら、とたんにオロオロしたような声が聞こえてくる。もしかしたら、わたしより慌ててるかも。


「と、とりあえず、中に入ってきて。ここからだと、裏口が近いから」

「うん。わかった」


 言われてた通り塀にそって歩いていくと、鉄でできた扉があった。中からガチャガチャと音がして、少しだけ扉が開く。そして、わずかに空いた隙間から、一人の男の子が顔を覗かせた。


(かわいい!)


 男の子を見て、最初に思ったのがそれだった。


 年は多分、私と同じくらい。そのくらいの男子にとってかわいいって言われるのが嬉しいかどうかはわからないけど、本当にそう思ったんだから仕方ない。


 私よりちょっぴり低い背丈、クリッとした大きな目、白くてきれいな肌に金色の髪。その他諸々が合わさって、とにかく可愛くて、思わず撫でたくなる。


 だけどその子は、私を見たとたん、真っ青になる。


「ほ、ほんとだ。ケガしてる。ど、ど、どうしよう。痛い? 大丈夫?」


 すっごくアタフタして、まるで自分がケガしたみたいな大騒ぎだ。


「そんなに痛くはないから。けど、血が出るのは止めたいんだよね。ねえ、絆創膏か何かない?」

「ど、どうかな? とりあえず、中に入って」


 男の子に言われて、扉をくぐろうとするけど、その時気づく。


 扉の向こう側とこっち側を隔てるように、薄いキラキラした光の壁みたいなものがあった。


「なにこれ?」

「えっと、気にしないで。多分、君は普通に入れると思うから」


 気にしないでって、どう見ても変なんだけど。

 けどその子の言う通り、私の体は光の壁を突き抜けて、普通に中に入れた。

 何だったの?


 そして塀の中にあったのは、大きな家だった。

 まるで、外国の建物みたいな形をしてる。こういうのを、洋館って言うんだよね。


 この子、この家の子どもなのかな。こんな家に住んでるなんて凄いな。

 そう思っていると、その子は相変わらず、私のケガを見てはアタフタしている。


「ごめんね。絆創膏、家のどこかにはあるかもしれないけど、僕、場所知らないんだ」


 そうなんだ。これだけ大きな家なら仕方ないかも。

 だいたい、初めて会った子にいきなり絆創膏ちょうだいって言うのも変だったかも。

 なのにその子は、何度もごめんねって謝ってくる。


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