高級ホテル

「高級ホテルだ」

 オリトは、二十階建ての建物の十階分をつらぬく吹き抜けに下がる重そうなシャンデリアを見上げて、再び正しい感想を言う。

 その間にヤン少年は、フロントに自分とオリトとフヨルの書類を見せ、八〇三号室のカードキーを受け取る。

 腕時計の持ち主であるステイオ氏の生活する部屋は五〇一号室に移されているが、現在、彼とその他の関係者には八〇三号室で待機してもらっている。

 関係者をそこに集めるよう頼んだのはヤン少年であるが、ホテルスタッフたちの手際てぎわの良さに、ヤン少年は少し驚く。

「オリトさん、行きますよ。いえ、違います。そっちは女子トイレです。せめて男子トイレに行ってください。あぁ、いや、トイレはさっき行ったじゃないですか。そういうことじゃなくて、ええと、とにかく行きますよ――」

 いつものああだこうだをやって、ようやくオリトたち三人は、いくつかあるエレベーターの一つに乗り込む。

 ヤン少年が、カードリーダーにカードキーをかざし、クリスタルでできたボタンを押すと、扉――というより、薄っぺらい宮殿きゅうでんのようなもの――が、左右両側からゆっくりと閉まる。

 これは、そんじょそこらのエレベーターではない。

 広さはオリトの寝室の二倍、天井の高さは三倍。内装は高級感のある黒と金色で統一されており、貧乏探偵社の三人を、八階までの数秒間、非常に落ち着かない気分にさせた。

《ここから、僕が喋っていいと言うまで喋らないでください》

 ヤン少年が、唇を動かさずに言う。

 オリトは頷きもせずに、唇を引き結ぶ。直後、薄っぺらい宮殿が二つに割れる。

《フヨルは僕が。助手なので》

 黒く分厚いカーペットに足を踏み出しながら、ヤン少年はフヨルのリードを受け取る。

 フヨルは、やっとヤン少年に散歩をしてもらえると思ってか、長い毛の下でも分かるほどにあからさまな笑顔を浮かべる。

「いい子だ。お利口にするんだよ」

 優しく言った主人に頭を撫でられると、フヨルはもっと笑顔になる。

 オリトは黙って、立派な廊下――否、八〇三号室の玄関を歩く。

《虫、探してください》

 オリトは外套の内ポケットからさっきの虫眼鏡を取り出し、歩きながら、所々に置いてある置物や壁の額縁、ヤン少年の肩やフヨルのつむじを拡大して、虫を探し始める。

「照明や太陽は見ないでくださいよ」

 ヤン少年はフヨルのリードを引きつつ、変人探偵に忠告する。

 オリトは無視し、虫探しに集中する。

 これでよし、とヤン少年は息をき、広大な玄関の奥に鎮座ちんざする、アンティーク調の分厚ぶあつい扉をノックする。

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