異世界貿易商

 すぐに太い声で「はい」と返事があって、扉が開く。

 顔を覗かせたのは、第三世界人の男性だ。

 褐色の肌に、がっしりした体、それにぴたりと合った落ち着きのあるスーツに、人懐ひとなつこそうな笑顔。

 第五世界人と違うところというと、平均的に背が低く、声も低い点である。

 特に彼の声は、人の心に深く入り込むような響きを持っていた。

「異世界探偵社クワツの皆さんですね。お待ちしておりました」

 その言葉は、全世界共通言語である、第一世界のイト語でつむがれている。

「私がステイオです。どうぞよろしく……」

 ステイオ氏はオリトに、がっしりとした手を差し出し、無視されて、気まずそうに笑う。

「すみません。社長は集中すると、人の話が聞こえなくなるんです」

 代わりにヤン少年が、彼の手を握り、「探偵助手のヤン・トコルダです」と自己紹介する。

「あぁ、いえ、必要な情報はきちんと耳に入りますから、ご安心を」

 ヤン少年は、怪訝けげんな顔をしているステイオ氏に、慌てて言う。

 しかしステイオ氏は何故か、ヤン少年を見つめて、目を丸くする。

「お若いのに、イト語、お上手ですね。帰界子女きかいしじょですか」

「いえ、学校で習っただけですよ」

 ヤン少年は何だか力が抜けてしまい、ほっとしたように笑って答える。

「本当に? いやあ、お上手だ……」

 異世界貿易商にそんなことを言われて、ヤン少年は照れてしまう。

 ちなみに、オリトはもちろん、イト語を話せないし、理解もできない。

遠路えんろはるばる、ありがとうございます。あれ、わんちゃんも。いらっしゃい」

 ステイオ氏は屈んでフヨルに挨拶をし、分厚い手で、優しく頭を撫でる。

「フヨルといいます。探し物が得意でして」

「フヨルちゃん。かわいいねえ」

 フヨルはにっこにっこと笑って尻尾を振り、愛嬌あいきょうを振り撒く――かと思いきや、無表情で、ステイオ氏の顔を見ている。

「あれ、フヨルちゃん、人見知ひとみしり? 私は、小さい頃からずっと、犬を飼っていましてね。今も、妻と娘と一緒に、うちで待っているんですよ。それで、犬に嫌われたことはあまり無いのですがねえ」

 ステイオ氏は笑って、首をかしげる。

「ステイオさん、いつまで玄関でお待たせするつもりですか」

 部屋の奥から、男性の声――電話で聞いた、カシモト氏の声だ――が聞こえて、ステイオ氏は「あっ、すみません」と、照れ笑いを浮かべる。

「どうぞ、お入りください。皆さん、私のためにお時間を頂戴ちょうだいして、すみません……」

 ステイオ氏は、部屋の奥にも申し訳なさそうな顔を向けて、オリトたちを招き入れる。

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