探偵助手

「オリトさん、そっちじゃないです。それ、国内線です」

 二人分の荷物を持ち、広大な空港の中を案内するのは、ヤン少年だ。

 フヨルさえ、自分の食べるものをリュックサックに入れて自分で背負せおっているのに、無くし物が多いオリトは、パスポートも荷物も全てヤン少年に預けて、フヨルのリードだけを握り、フヨルに散歩されている。

「そっちでもないです。それ、女子トイレです」

 ヤン少年もフヨルもあきがおながら、オリトを引っ張って、どうにか飛行機に乗せる。

「んふ……」

 オリトは歩いていただけなのに、ふかふかの座席に座ると、幸せそうに息をいて眠ってしまった。

 オリトとヤン少年の間の席に寝そべったフヨルは、今朝の前髪騒動をまだ怒っているのか、オリトのももを後ろ脚で蹴りながら、ヤン少年の膝に顔をうずめる。

 この十二の世界ではどのようなペットでも、基本的なしつけができていること、人を攻撃しないこと、おむつができること、リードを付けること、予防接種と健康診断を受けていること、体を清潔にしていること、個体識別の登録が済んでいること、ペット同伴可能の座席に座ること、などを条件に、様々な施設を利用することができる。

 異世界間の活発な情報交換により、アレルギーや恐怖症に関する医療技術や、衛生管理技術、また獣医学の分野が発展したことが、このようなことを可能にする大きな力となった。

 ヤン少年は、ぐっすり眠るオリトと、こちらもいつの間にか眠っていたフヨルにシートベルトを締めてやると、メモ帳を取り出し、今回の依頼のあらましを確認する。

 オリトから聞いた情報だけでは不十分だったので、ヤン少年が電話の通話履歴に残っていた番号に折り返し電話をして、詳しい話を聞いたのであった。


     ――――――――――


・連絡時刻:

 全世界標準年二一七年 ハシム時間 五月八日 午前十一時三分 (タセマ時間 五月八日 午後十一時三分)


・概要:

 高級腕時計の盗難事件または紛失事故


・腕時計の持ち主:

 ニウワズナ・ガイバ・ステイオ

(五十八歳男性。第三世界アミネバ星、ルヤ国出身。異世界貿易会社、株式会社コトロヴワ営業室長。)


・依頼者:

 スアサ・カシモト

(セッタ・デシマ(四十一歳男性。第五世界タワ星、ハシム国出身。オリトの元同僚。ウェネット株式会社社員。同社副社長補佐ほさ。ステイオ氏の知人。)の秘書。三十五歳男性。同国出身。)

 デシマ氏とステイオ氏は旧来の友人で、恩もある。


・依頼の経緯:

 異世界人が多い地域であり、異世界人の犯罪率も高いことから、異世界人が関与している可能性が高い。また、警察にも手掛かりを見つけられなかったことから、腕時計の持ち主の知人が、その知人の探偵を頼った。


・詳細:

 事件または事故発生年月日:全世界標準年二一七年 タセマ時間 五月七日午前一時頃

 場所:第六世界、イバイ星、タセマ国内の高級ホテル、ネメテド・アンの八〇三はちまるさん号室。

 事件または事故前日、五月六日朝、ステイオ氏はホテルの自室で朝食を取り、書類仕事をして、昼食も自室で取り、ランドリーサービスとルームクリーニングを頼んでから、午後三時半ごろ、仕事(株式会社ユラオートとの商談)に出掛けた。

 仕事が終わったのち、午後六時頃、株式会社ユラオートの社員三人とレストラン(アイマ・ダイン)にて会食。午後八時頃に店を出て、午後九時前にホテルに帰る。

 すぐに自室には戻らず、十一階のバーで十二時頃まで飲み、部屋に帰って、腕時計をドレッサーに置き、シャワーを浴びて出たところで、腕時計が無いことに気が付く。

 腕時計の型は、サスアイラ・エメット02。

 アナログでありながら、複数世界、複数国の時間を瞬時に切り替えて表示可能。第十一世界産の純金を使用。耐水・耐熱・耐圧・耐衝撃の機能が全世界最高峰。サスアイラブランドの専任デザイナー、チフリイトがデザイン。職人のめい入り。ステイオ氏のイニシャル入り。

 全世界共通通貨にすると、五千万シェト前後で取り引きされる代物しろもの

 ステイオ氏によれば、酔ってはいたが、確かに、腕時計をドレッサーに置いてからシャワーを浴びた。バーのマスターもステイオ氏が腕時計を着けていたのを見たから、少なくともホテルの外に置いてきたということは無い。

 窓や扉の施錠はされていた。シャワーを浴びている最中も、誰かが入って来た気配は無かった。

 腕時計が無いことに気付いてから、部屋や荷物の中を探し、フロントに連絡を入れて、ホテル中を探してもらい、警察も呼んだが見つからず、窃盗の形跡も無かった。

 その腕時計は、恩師から贈られた品であり、買い直せばいいというものでもない。必ず見つけたい。

 ステイオ氏は五月十五日の夜に第六世界をつため、それまでに解決を願う。


     ――――――――――


 ヤン少年は、メモを何度も読み返すと、ふうと息をき、嬉しそうに笑う。

 自分は、異世界探偵社クワツの探偵助手だ。

 だから、僕は、僕。

 オリトと、フヨルと、共に生きる僕。

 フヨルとポンコツおじさんのよだれをハンカチでぬぐい、ヤン少年はまた、笑った。

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