ポンコツ探偵オリト

「被害者は、異世界貿易会社に勤める男性。今回はその知人――私の会社員時代の同僚で、今は副社長候補になっている人――の秘書を通しての依頼だ」

 オリトは、「私の」から「なっている人」の部分だけを、珍しく渋い顔で言う。

「出発はいつにしましょう」

 オリトの向かいに座るヤン少年の目は、きらきらと輝いている。

 フヨルも、ヤン少年の足元でお利口にお座りをして、オリトの話を懸命に聞いている(ように見える)。

「一週間以内に解決してくれるなら、いつでもいいと。とにかく来てほしいそうだ」

「分かりました。早速、飛行機のチケットを取りましょう。早ければ今晩の出発になると思います」

 ヤン少年は、慣れた様子で自作の携帯端末けいたいたんまついじり、立ち上がる。

「オリトさんは、自分の荷物の準備だけお願いします。フヨルの分は僕がやるので」

 そう言い残してヤン少年は、事務所を出て行こうとする。

「荷物?」

 オリトは背筋を伸ばしたまま、目を点にする。

「まず、パスポートです。それに着替えと、あとは機内で時間を潰す物。機内で使う物は、手持ちのかばんに入れてください」

 ヤン少年はうしに扉を開けたまま、指示をする。

「え?」

「だから、パスポートと、着替えと、機内の暇潰しです」

「ぱんぺろりん?」

「あぁ、じゃあ……」

 ヤン少年は内心で頭を抱え、考える。

「……オリトさんはお昼ご飯を食べて、元気になっておいてください。冷蔵庫に、昨晩の残りがありますから」

「分かった」

 それくらいなら、オリトにもできる。

 オリトは腰をかばいながら立ち上がり、事務所のキッチンへ向かう。

 それを見送りつつヤン少年は、オリトの胡麻塩ごましお不精髭ぶしょうひげり、加齢臭のただよう体を洗い、きちんとした衣服を着せることまでも計画して、居住スペースに引っ込む。

 一方オリトは、冷蔵庫からヤン少年お手製の料理を取り出したはいいものの、途方に暮れているようである。

 それを察したヤン少年が、居住スペースに続く扉の向こうから言う。

「電子レンジに入れて、扉を閉めて、六百ワットで三分間温めてください」

「え?」

「まず、電子レンジに入れて、扉を閉めてください」

 オリトは言われた通り、電子レンジに料理の皿を入れ、開けっぱなしだった冷蔵庫の扉を閉める。

「そうしたら、『ワット』と書いてあるボタンを、一回押してください」

「どれ?」

「左上です」

「左上は、電子レンジのかどだよ」

「……そうですね。……フヨル、やってあげて」

 フヨルは、ふさふさの尻尾を使命感にぴんと立て、キッチンに入ると後ろ足で立ち上がって、太い前足で電子レンジの扉を閉め、『自動あたため』のボタンを押す。

 空気を吐き出すような重い音と共に、四角い電子レンジの庫内にオレンジ色の光が灯り、料理を乗せた回転皿がゆっくりと回り始める。

「わあ、フヨルはすごいねえ」

 ――オリトはやはり、ポンコツだ。

 仕事のことはもちろん、身の回りのことも全て、ヤン少年とフヨルの世話にならなければ生きていけない。

 そんなオリトが、気分で立ち上げた異世界探偵社クワツを異世界探偵社として続けているのは、ヤン少年とフヨルの存在があるからだ。

 十四歳のヤン少年は、非凡ひぼんな頭脳を持ち、手先は器用、運動能力も高く、そしてこれは後々のちのち説明するが、『第五世界人特殊能力だいごせかいじんとくしゅのうりょく』も高い。

 フヨルは、言葉は喋れず、文字も書けないが、犬らしからぬ賢さを持ち、そして何より、可愛かわいい。

 ポンコツおじさんオリトはこう見えて、ヤン少年とフヨルを、我が子のように愛している。

 二人が笑って生きられる場所を守るために、オリトは、異世界探偵社クワツの社長兼探偵であり続ける――。

「ねえフヨル、それじゃあ前が見えないよ」

 オリトは、ほどよく温まったチキンのトマト煮を頬張りながら、フヨルの顔を覆い隠す長い毛に手を伸ばす。

 ぎゃう!

 が、フヨルは遠慮なく牙をし、主人――否、よく遊んでくれるおじさんに歯向かう。

「じゃあ、結ぶ? ほら、ヤン君が、ええと、何か買ってきてくれたよ」

 オリトが、食卓と化している事務所のコーヒーテーブルの上の小物入れから、色とりどりのヘアゴムやリボンを取り出して、フヨルに見せる。しかし――。

 ぐううううるるるるるるる……。

 フヨルは牙を剥き出したままうなり、断固だんことして拒否する。

「フヨル、牙剥かない」

 扉の外を通りかかったヤン少年の声に、フヨルは素直に牙を仕舞しまう。

「あぁ、そうなの」

 フヨルはとにかくこの状態が好きなのだと再確認したオリトは、美味しいチキンのトマト煮に舌鼓したつづみを打ち、フヨルにうらめしに睨まれるのであった。

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