第16話 リベンジマッチ

「釣りに行くか」


「え、釣りですか?」


 卑弥呼のその言葉に、谷崎はびっくりした。夏に釣りをしたが谷崎と卑弥呼は川釣りが苦手すぎて一匹も取れなかったのだ。最後には川の主によって川に落とされる始末。


「卑弥呼さん川釣り苦手でしたよね……」


 卑弥呼は釣り道具を準備しながら答える。


「大丈夫じゃ!この時期からサケが多く取れる」


 そして釣り竿を持ち、振り向く。


「それに釣れなくても待つのが良いのじゃ。それに……晴人とするのは何でも楽しいからな」


 卑弥呼は顔を薄く赤らめた。


「どうか?」


「……行きましょう」


 谷崎と卑弥呼は以前、川の主によって落とされた村の近くの川に行き、釣りの準備をする。針にエサを付け、釣り竿を大きく振り、川の真ん中あたりに釣り針が落ちる。


 そこから持久戦が始まった。


 一時間ほどが経つ


「釣れないですね……」


「わらは達は川釣りが苦手じゃからな……」


 さらに時間が経つ。


「釣れないですね……」


「……まあ、釣りは釣ることだけが大事じゃないからの。待つのも楽しみの一つじゃ」


 すると、谷崎と卑弥呼に風が吹いた。


「うう……寒いのう……」


 卑弥呼は谷崎に身を寄せる。


「え、ちょっと……」


「この方が暖かいのじゃ。谷崎も暖かいじゃろ」


「……まあ」


「じゃあ、これで良いのじゃ」


 卑弥呼は谷崎の肩に頭を乗せる。


「!?」


 谷崎はびっくりし、体が動く。


「……動かないでおくれ」


「すみません……」


(なんで僕が謝らないといけないんだ?)


 彼女いない歴=年齢の谷崎は数十分、気が休まない時間を過ごす。


 チョン


「お、かかりましたよ、卑弥呼さん……取らないんですか?」


「……もう少しこのままで居てくれ」


(こうしていると、落ち着くな。何故じゃろう……)


 こうしている間に釣り針に付けていたエサは食い荒らされていた。


 さらに時間が経ち、


「そろそろ帰るか?」


 谷崎はスマホを見ると始めた時間からすでに4時間ほどが経っていた。


「そうですね、片付けて帰りましょ……」


 チョン!


「ん?……これはもしかして……」


 谷崎と卑弥呼は水面を凝視する。すると、サケよりも遥かに大きい魚影があった。


「川の主だ!」

「川の主じゃ!」


 谷崎は釣り竿を持つ。


「どうしますか?糸を切りますか?」


 卑弥呼は顎に手を当てて考え、答える。


「釣ろう!川の主への再挑戦じゃ!」


 川の主は最初はエサをつつき、その後本格的にエサを飲み込む。


「きた!……うわ!」


「危ないぞ!」


 谷崎は卑弥呼と協力して釣り竿を持つ。


「うう……やはり力は凄いな……!」


 谷崎と卑弥呼は体重を後ろにかけ、川の主によって川に落とされないようにする。


「うう……!」


「ぬおー……!」


 谷崎と卑弥呼vs川の主の闘いが数分続き、そして決着がつく。


「うお!」

「おお!」


 谷崎と卑弥呼は見事に川の主を釣り上げた。だが、勢いありすぎて谷崎と卑弥呼は後ろに倒れてしまう。


「ようやく釣れました……」


「……どいてくれんかの」


「え、ああ!すみません!」


 谷崎は卑弥呼に乗っている事に気づき、急いで立ち上がろうとし、


 むにゅっ


「……ん?」


 谷崎は頭をフル回転させる。明らかに地面の感触ではない。だとしたらこれは……


「晴人!何わらはの……む、胸を触っておるのだ!」


「す、すみません!」


 谷崎は今度こそ地面に手を付き立ち上がる。


「本当にごめんなさい!悪気はなかったんです!」


「ふんっ!」


 卑弥呼はそっぽを向いてしまった。川の主こと大魚はピチピチと跳ねている。


「何でもしますから許してください……」


「ん?……今、何でもすると言ったな……」


 卑弥呼はニヤリとしながら振り向く。谷崎の額に汗が流れる。


「……何でしょうか?」


「正座してくれ」


「……正座ですか?」


「早く!」


「あ、はい」


 谷崎は地面に正座をする。


 そして卑弥呼は谷崎の太ももを枕にして寝転がり、空を見る。


「? どうしたんですか」


「空がきれいじゃな」


「……そうですね」


 上を見ると鮮やかな青色の空に白い雲が映えていた。


 大魚は今にも川に逃げようとしている。


「魚が逃げそうですけど」


「魚はどうでも良い。……晴人はわらはより魚が大事なのか?」


 卑弥呼は谷崎の顔を見る。


「もちろん卑弥呼さんの方が大事ですけど……」


「なら、これで良い」


 大魚は釣り糸を噛みちぎり、川に逃げていった。


「逃げてしまったな」


 卑弥呼は笑う。


「あと、どれくらいこのままなんですか?痺れてきたんですけど……」


「わらはの気が済むまでじゃ」


「えー……」


「何でもするんじゃろ?」


 卑弥呼はニヤリとする。


「はあ……分かりました」


 それから数時間ほど、卑弥呼は谷崎の太ももを枕にして、刻々と変わる空を見たり、時々谷崎の顔を見て笑ったりして過ごした。


 その後谷崎は立てなくなるほど足が痺れてしまったが、何故か苦にはならなく、むしろ心地よかったと思った時間だった。

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