第24話 その手を伸ばす


 ボス部屋前に辿り着いた朱莉。一切の躊躇いなく、扉を押し開けた。


「もうボス戦ですか……。早いですね」


コメント

・これが普通の人の早いか。なるほど

・マリナさんの速度を知ったからそこまで早くないなって思っちゃった

・正直これでも早すぎるぐらい

・今日だけで今までの常識が一気に崩れ去ったよ。まじで

・この人たちを常識として考えるのはヤバイわ。落っことした今までの常識をちょっと回収してくる

・砕け散ってどうにもならなくなってなきゃいいけど……。ちなみに俺はもう粉々でした


『よし……』

「油断は……、してないようですね。であれば、今のシノアさんの実力を考えれば問題なくボスを倒すことができるでしょう」


 朱莉は気合を入れて、ボス部屋へと足を踏み入れた。


 真那は朱莉が油断している可能性を考えた。しかし、表情を見る限り、しっかりと警戒した上で部屋へと侵入していた。問題はないだろうと思い安心する真那。


「……」


 再度注ぎ足したお茶を口に運ぶ。


 朱莉の動向をのんびりと眺めよう。そう思った。


『ガグギギギ……!』

「あれは……?」


 映像に姿が映ったボスの姿は真那の知っているものとは大きく違っていた。本来この階層のボスはオークの統率個体であるキングオークだ。通常のオークがボス部屋では出現しないため、実力は大きく削がれている。


 かなり難易度が下げられているはずだった。


 今のボスの姿にはオークの名残があるにはある。しかし、異常なほど隆起した肉。捻じれ曲がった体に苦しむような声を上がている。皮膚にも鱗上の何かがうっすらと表れていた。


コメント

・何あれ? この階層のボスってあんな不気味な姿してるの?

・普通にキングオークが出るはずなんだけど、どうしたんだ?

・またイレギュラーか?

・あれってまずいんじゃ……

・マジヤバ案件?


 身体がよりあらぬ方向へと捻じ曲がっていった。苦しみの声が大きくなっていく。体中から噴き出す液体。地面へと倒れ伏し、もがき苦しむ。放っておけば形状を維持できなくなり、自滅する。


 そうなるはずだった。


 急に呻き声を出さなくなったかと思えば、何事もなかったかのように軽やかな動きで立ち上がる。そして、皮膚表面の液体を振るい落とすように捻じれ曲がった身体が元に戻った。


『オォォォォ!!』


 大気を震わせるように鳴く。引き裂かれた腹からは内臓が零れ落ちている。うろこ状に変化した皮膚からは薄っすらと赤い液体が滲んでいる。無理に動いていることは明らかだった。


『ゴォォォォ!!!!』

『っ……!』


 口を大きく開いた怪物が地面を陥没させる程の強い力で蹴り上げた。朱莉を目掛け、飛んでくる。引き裂かれた口から覗かせる長く先が二つに分かれた舌。


 朱莉が反射的にその場から飛びのいた。次の瞬間、朱莉がいた場所の地面は怪物によって砕かれていた。ダンジョンが揺れる。


「やはり異常個体! なんであんな上の層で生まれているの!?」


 真那が慌てて、椅子から立ち上がった。異常個体は普通、下層より下の場所。つまり、61層よりも下の階層で誕生する。そんなものが中層で生まれた。


 配信用の口調も忘れ、真那が叫んだ。アイテムボックスから刀を取り出し、朱莉のもとへ向かう。


コメント

・異常個体?

・何それ?

・もしかして、61層で最強パーティが撤退した原因じゃあ……

・かなりやばいやつ?

・シャレにならないやつです


 転移門へと飛び込んだ真那。行き先は朱莉の居る階層。12層だ。


「間に合って!」


 刀を抜き放ち、前に立ちふさがっているモンスターたちを切り刻む。普段よりも多いモンスター。ボス部屋での異常事態とも何かしらの関係があるかもしれない。そう思いながら、進む。


『刺し貫け、ファイヤーアロー!』

『グギャァァァ!!』

『当たって!』


 朱莉が怪物に向けて魔術を放つ。しかし、見た目からは想像できないほどの速度で避け続ける。当たればどうにかなる。その一心で放ち続ける。


『うっ……!』


 朱莉が眉を顰めた。ふらりと体が揺れる。魔術の連続行使の反動だった。


『グギャギャ!』

『やばい!?』


 その隙を見逃すはずもなく、一直線に突撃してくる。慌てて避ける朱莉。


『いっ……!』


 背後へと過ぎ去っていた怪物を見つつ、掠った左の二の腕に触れる。滲む血。


 このまま行けば、確実に朱莉は死ぬ。逃げることもできず。倒すこともできず。あっさりと命の炎を吹き消される。


 恐怖で竦みそうになる。


 でも。


『死ぬつもりはないんですよ……!』


 朱莉の目には絶望の色がなかった。杖を構えなおす。


「シノアさん……」


 モンスターを切り刻みながら、突き進んでいた真那がポツリと呟く。もう無理だと諦めることなく立ち向かおうとする姿。絶対に生き残ろうとする意志。それらに心の奥底で淡く熱が生まれる。


 間に合わせる。そう決意を固めなおし、真那は駆ける。






 朱莉の目前に無傷で佇む怪物。


 どれほど、生きる意志があろうとも状況は怪物に傾いている。圧倒的に不利な状況。今ある手札ではどうしようもない。ならば、新たな手札を今作り出すしかない。


「当たらないなら、もっと速くするだけです……」


 朱莉が魔術を行使し始める。


 部屋を満たすほどの大きな炎が杖から放出された。怪物が怯むように後退った。残る魔力をすべてつぎ込んだ魔術。一か八かの賭けだ。根拠はない。正直に言えば、自信だってほとんどない。


 でも、勝てる。そんな感覚が心の奥底にはあった。


 真那が見てくれているから。そんな単純な理由かもしれない。


「収束……」


 朱莉の目の前に部屋を満たしていた炎が集まっていく。異常な熱量を肌で感じる。吹き出す汗。身体が危険だと警鐘を鳴らしている。それを無視して、炎の収束を進める。


 そして。


 朱莉の目前に現れる矢。ファイヤーアローの時とほぼ同じ大きさしかない。しかし、それが持つ熱量は比にならない。真っ白に光り輝いている。


『オ、オォォォォォ!!』


 怪物が走り出す。その矢が辿り着く前に潰す。その一心で。


「殲滅せよ! フレア・ヴェロス!」


 冷静にその姿を見つめていた朱莉が叫んだ。射出された矢は大気を焼きながら進んでいく。


「オォォォォ!!!!」


 直撃する。熱が怪物を一瞬で焼き消す。足掻くように手を伸ばすも、その腕すら灰になっていく。


「ドン!」


 爆発音と共に怪物はその姿を世界から消した。吹き荒れる熱風。吹き飛ばされぬように朱莉が杖を地面に突き刺し、耐える。


 そして、少ししてから静寂が辺りを包んだ。ちらちらと舞う火の粉。


 朱莉は気が抜けたように地面へと膝をつき、顔を伏せた。肩で息をする。もう残された力はない。

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和装少女は刀を振るう ~偶然助けたクラスメイトは有名配信者だったらしい~ 樹城新 @yuuls

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