第21話 解説配信へ
電話を終えた真那は耳元から離し、手に握ったままのスマホをじっと見つめた。そして、少ししてからスマホを片付け、歩き始める。
「ここで解説配信をする訳にはいかないですから、転移部屋に向かいましょうか」
コメント
・継続だー!
・よっしゃー!
・楽しみ!
・ありがとうございます!
・やったー!
真那の言葉を聞いた視聴者たちは喜びに浸っていた。コメント欄を見た真那はお面の奥で柔らかく微笑む。しっかりとやらないとなと思いつつ、少し速足で転移門があり、安全地帯でもある転移部屋へと向かう。
「…………」
無言で歩き続ける真那。静かな空間に彼女の足音のみが響く。薄暗いことも相まってどこか不気味な雰囲気がその場に漂っている。不思議と孤独感が湧き上がってくる感覚を覚えた真那。普段はこんなことなかった。
さっきまでフェンと一緒に居たからか? それとも朱莉と共に潜ったからか?
原因を考えつつ、静かに階段を下りていく。
「…………」
その途中。目的の場所がすぐ近くに迫った頃、真那が急に立ち止まる。しかし、止まっていた時間はたったの3秒程度。すぐに歩みを再開した。ただ、これまでのように速足ではなく、ゆったりとした足取りでだ。
真那は何かを警戒するような雰囲気を漂わせている。その警戒しているものが一体何であるかは不明だが。
コメント
・急にどうしたの?
・なんか急に立ち止まったけど、なんかあった? まさかイレギュラー?
・いや、流石にそれはないと思うけど。なんか人がいたとか?
「なんか嫌な気配がしたと思ったんですが気のせいだったみたいです」
視聴者たちの疑問の答える。
安心させるように優しさを込めた声音とは裏腹に真那は目を細め、いまだ警戒を解くことなく歩いていた。
コメント
・マリナさんってもしかして人見知り? だから人を避けてたとか?
・雰囲気的に多分そう。同類だと俺の直感が叫んでいる!
・同類ではない。というか、休みの日に配信なんか見てる俺たちとは全然違うだろ?
・うっ! おのれ! 無差別攻撃など!
・多くの人に刺さるような強烈な言葉を言わないでくれ!
「まぁ、人見知りではありますね。色々とあったので……」
言葉は最後へ向かうにつれてだんだんと弱弱しくなっていった。コメントからそっと目を逸らす。すべては過去。何があったかなどは今となっては正直どうでもいい記憶。忘れたいとも思わない。忘れたくないと思わない。大半はその程度。
ただ、あれがあったからこそ今の自分がある。どこかそんな認識はあった。みんなと関わって楽しくワイワイと過ごす。そんな未来があったかもしれないと考えると気持ちが悪くて仕方がなかった。
相手が何を考えているのか察せる今だからそんな風に考えてしまうのかもしれない。でも、一つだけ。その一つだけは違う。悲しみを覚えた。それと同時に激しい憎しみや怒りを覚えた。あの激情だけははっきりと覚えている。
嘘偽りで塗り絡められた醜きもの。今でも沸き起こった激情は奥底に眠っている。
「(あの子がいれば十分……)」
誰にも聞こえぬ程の声量と呟く。その言葉はどこか自分に言い聞かせるようなものだった。
コメント
・少しドロドロとした百合の波動を感じました
・またお前か! いつも急に出てくるな!
・百合の波動は突然やってくるのだから当然のことだ! ところで、これって何? 訳も分からず飛び込んできたんだけど
・いや、お前ついさっきも来てたじゃねえか……
・彼はどこにでも現れるんですね……
「百合の波動……」
謎に満ちたコメントに流石の真那も何と言えばわからなかった。正直に言ってあの子――穂花のことを少し考えただけでなんで気づけたのかという疑問が大きかった。マイクは声を拾っていないはず。しかも、発言した瞬間、反応している。
ただ微妙な既視感があった。思わず、真那は顔を顰める。ギルドに居る職員でちょっと変な二人。キャンパー田中と百合センサ佐藤。その後者ではないようね? 流石に……。そんなことを思ってしまった。
「コホン。なんか変な人は出てきましたが、ひとまず置いておきましょう。シノアさんの解説配信に移りましょう」
コメント
・待ってましたー!
・二画面表示で見なければ!
・あぁ、スマホだから見れねぇ! ちくしょー! 仕事中の癒しがー!
・ドンマイw。配信見てないで仕事しろ
・仕事しながら見るんじゃねぇよw
転移部屋へとたどり着いた真那はアイテムボックスから椅子を取り出す。そして、地面に設置して腰を掛けた。背凭れに寄りかかりながら、仮想スクリーンを操作し始める。
「えっと、配信は継続でいいですね。スクリーンにシノアさんの配信を表示してと……。後は……」
真那が左右に行ったり来たりとしているドローンへと目を向けた。これから動くことなく解説配信をするのであれば、ドローンを制止させても問題はない。そう思った真那はドローンを操作し、腰より上が配信に映るよう調整した。
真那の少し前で滞空しているドローンに視線を送る。映像とドローンともに問題がないことを確認する。
「これでよしと」
そう言うと、真那はアイテムボックスから水筒と湯飲み茶碗を取り出す。湯飲み茶碗へお茶を注ぎ、椅子に凭れ掛かり寛ぎながらスクリーンに表示した朱莉の配信を見始めた。
コメント
・めっちゃ寛いでるんですがこれはどうなの?
・ま、まぁ、いいんじゃない? ただ、解説するだけだし
・いくら安全地帯だって言っても、ダンジョン内って危険じゃなかったっけ?
・危険だよ。危険なんだけどねぇ……
・マリナさんなら安全になちゃうんだよなぁ、それが……
「……一応、モンスター対策をしておきましょうか…………」
視界に入ったコメント。それを見た瞬間、このまま配信を続けてはダメだと真那の直感が告げた。直感に従い行動に移した。アイテムボックスからモンスター除けの結界を張る魔道具を取り出し、椅子のすぐ隣に置く。
内部にセットしている魔石から魔力を取り出し、稼働を始める。目を凝らさなければ見えないほどの薄い膜。しかし、これでモンスターが近くに寄ってきても真那に直接的な攻撃を加えられなくなった。
これで心置きなく、朱莉の配信を見られる。
「さぁ、解説配信を始めましょう」
真那はドローンへ視線を向け、そう告げた。
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