第19話 ペットは放し飼い



「はっ?」


 思わずそんな言葉が口から漏れ出てしまった真那。当然と言えば当然のことではある。互いに隙を狙って警戒していた相手が隠蔽を解除した途端、負けましたと言わんばかりの姿を晒してきたのだ。


 ダンジョン内は危険地帯であるため呆然とするなと言われたところで無茶を言うなという話である。


コメント

・はっ?

・はい?

・えっ?

・んん?

・うん?


 混乱するのは視聴者も同じ。お面をずらしている真那の姿を見ていない。そもそもお面をつけているのはただ身バレ防止だとしか思っておらず、上の層でも問題なく活動するために隠蔽を付与するための魔道具だということを知らない視聴者たち。


 そんな人たちにとっては真那以上に訳が分からない出来事だった。


『ワフ?』


 呆然としている真那をつぶらな瞳で見つめる元凶。地面に仰向けの状態で横になりながら、こてんと首をかしげている。


 元凶は何故、真那が固まっているのか理解できていないらしい。そういったことを考えられるができるほどの高度な思考回路を持っていないのか。ただ単純にいくら考えてもわからないだけなのか。


 おそらく理由は後者であろう。


「あなたはプライドがないのですか?」

『ワン!』

「即答ですか……」


 言葉を失う。階層ボスとしてのプライドが一切感じられない様子に思わず聞いてしまったが、意味のない質問だったらしい。


コメント

・もうペットにしたんですか!? 早すぎじゃないですか!?

・あのタイミングを見計らうような姿は服従の機会をうかがっていただけだったのか。なるほど。考えもしなかった

・多分、普通に近づいてから気が付いただけじゃない?

・それで合ってると思う。あの姿は普通に警戒している感じだった。まぁ、普通なら獲物を狙う視線を向けてくるはずなんだけどね……

・入った瞬間から他の人とはオーラが違ったのか


 混乱から復帰しきれていない真那はぼんやりとコメント欄を眺める。


 うまく勘違いはされなかったみたいだなとか。お面の隠蔽、貫通しちゃっているだなとか。この子って前の層のボスより頭いいんだなとか。色々と思うことがあった。


「何というか、これはこれで複雑な気分ですね」

『ワフッ!』


 そして、混乱から完全に復帰した真那はこめかみを抑えつつ、そう呟いた。


 簡単に飼い慣らすことができたのは喜ばしいことだ。ただ隠蔽を解除した途端服従されるとは思っていなかった。通常に出現するモンスターたちならまだいい。階層ボスにそんな反応をされるのは何とも言えない気分だった。


「何というか、これで本当に良かったのか心配になりますね」


コメント

・まぁ、確かに。戦ってはいないからね。全然

・マリナさんの強さが証明されたということで

・もうそれはわかってた気がするけど

・頭にいいモンスターには警戒されると思っておけばいいんじゃない?

・それ採用!


「はぁ……。まぁ、気にしないでおきましょうか」


 ため息をつく。これ以上考えないほうがいいと割り切り、首を軽く振って思考を振り払った。


「よしよし」

『ワフー……』


 ゆっくりと近づき、お腹を撫で始めた真那。硬そうな見た目に反して柔らかくて触り心地のいい毛並みに癒される。犬は気持ちよさそうに目を細めている。


 しばらくすると大事な問題に行き着いた。


「というか、この子どうしましょうか?」


 犬をどうするかである。何とかなるだろう。そう楽観的な考えで飼い慣らしてしまった。階層ボスであるため、ダンジョンから出すのは確実に許可が必要だ。しかし、その許可を取るまでにある程度の時間を要する。


 その許可が出るまでどうしておくのか。出なかった場合どうするのか。考えるべきことは多数あった。


コメント

・飼えるのか?

・多分飼えないことはないんだろうけど、許可が出るかどうか

・難しい問題だな


『ワン!』

「ん? どうかしましたか?」


 今にも眠ってしまいそうなほど気持ちよさそうな表情をしていた犬が突然立ち上がる。そして、大きく鳴いた。真那はどうしたのか、首を傾げた。


 その瞬間、違和感を感じた。


「今、何か……」


 この違和感の正体を知っていた真那はすぐにステータス画面を開く。スキル一覧を呼び出して、確認してみる。すると。


「やっぱりスキルが増えてますね。調教師?ですか……」


コメント

・やっぱり獲得したんですね、そのスキル

・まぁ、モンスターを飼い慣らしている人たちは全員持ってるみたいだしおかしなことはないんだけど

・飼い慣らし方がその……。うん……。特殊すぎます

・普通はもっとしっかり戦うもんな

・あんなあっさり飼い慣らせる人も居るんだな


 本来モンスターを飼い慣らす。テイムする場合、もっと苦戦する上に多くの時間を要する。しかもそれは普通に沸いているモンスターに対してだ。ボスをテイムするなんてことは不可能に近い。それも戦うことなくというのまず無理だ。


「名付けするのはいいんですが、名前どうしましょうか」


 名前を付けてようやく完全にそのモンスターのテイムが完了となる。どうすればいいかと悩んでいると。


「確かヴァナルガンドってフェンリルの別名でしたよね……。なら、安直ではありますがフェンにしましょう」

『ワン!』

「よしよし……」


 名前を気に入ったらしく尻尾を大きく振りながら擦り寄ってきた。真那が頭を撫でてやるとより大きく尻尾を振り始めた。


「ん……? どうかしましたか?」

『ワフ……』


 しばらくすると、フェンは何かを思い立ったかのように真那からそっと離れた。そして、下の階層へと続く階段へと歩みを進め始めた。


「ちょっと、本当にどうしたんですか?」


 まさか、完全にテイムできていなかったのかと思った真那が引き戻すために追いかけようとした瞬間。


『クゥゥ……』


 フェンが真那のほうへと振り向き、鳴いた。鳴き声から寂しそうにしていること。残念そうにしていることは容易に察することができた。


 テイムが完全であることは誰の目にも明らかだ。では何故、離れていこうとするのか。下の層へと歩みを進めているのか。理由がわからず戸惑っていた真那に視聴者から一つの答えがもたらされた。


コメント

・マリナさんが強すぎるから修行に行くんじゃない?


「なるほど、そう言うことですか……」


 納得のいく話だった。だから。


「頑張りなさい、フェン」

『ワン!!』


 応援の言葉を掛けて送り出した。フェンは最後に大きく鳴いてから部屋から飛び出していった。

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