第18話 プライドはないらしい



 慌てて言い直した真那だったが、視聴者たちにはしっかりと聞こえていたらしい。コメント欄がちょっと盛り上がる。


コメント

・ちょっと待て。今さっき何を言いかけた?

・普通に調教って言おうとしただけだろ。何もおかしなこと言ってないじゃないか。どうしたんだ? 過剰に反応して

・そうだそうだ。何もおかしなことなんてないぞ

・えっ? あれ、これって俺がおかしいの? 俺普通だよね?

・安心しろ。その反応が普通だ


 真那は誤魔化し切れなかったかと油断してしまった自分に軽い怒りを覚えつつ、話を続ける。


「ただ、それをするには少し懸念すべき点があるんですよね」


 真那にとって、40層のボスを倒すこと自体は簡単だ。しかし、飼い慣らすとなるといろいろと難しい点がある。


「普通に戦えば倒してしまいますし、どうしましょうか。あまり傷をつけない方向で考えるつもりではありますが……」


 真那が考える素振りをするため、顎に手を当てようとしたところ、狐のお面にぶつかってしまう遮られてしまった。その動きを誤魔化すよう、無意識に着物の衿に軽く触れてから、腕組みをする。顔を動かし、ボス部屋へと視線を向けつつ、熟考する。


 40層のボスも39層のボスと同様に一撃で倒すことができる。だからこそ、倒さずに調教、もとい飼い慣らそうとするのはかなり難しい。加減をしつつ、ボス相手に上下関係を知らしめる。


 刀を使えば、切ってしまう。素手でも適性がないとは言えカンスト手前のレベルである真那であればおそらく、粉々にしてしまうだろう。


 どうしようかなと悩む真那をよそに、視聴者たちは大いにざわついていた。


コメント

・というか、ボスを飼い慣らすて何? マリナさんは何を言ってらっしゃられるのでしましょうか?

・落ち着け。いろいろ混ざりすぎておかしくなってる。まぁ、そうなるのもすごくわかるけど

・ボスは飼えないです。というか、あのサイズでどうするの?

・まぁ、そこまどうにかなるんじゃない? 小さくなったりとか

・えっと、そんなスキルがあったような……

・まさか、調教スキル……?

・違う違う。そんなスキルないから。普通にテイマースキルだ。まぁ、日本語に訳したら調教師だから、その、うん……


「あっ……」


 何か思いついた真那は声を上げた。腰のアイテムボックスの中を探って、目的の品を取り出す。


「これなら、あまり傷をつけることなく飼い慣らせるかもしれません」


 手に持っているものはやはりと言うべきか。真那にとって一番使い慣れている武器の刀だった。ゆっくりと抜刀し、前へと突き出す。ダンジョンのほのかな明かりに照らされたそれは仄かな輝きを返した。


 真那が普段使っている刀よりもかなり武器としてのランクが低いらしい。強力な武器に存在している独特な気配というものがほとんどなかった。


コメント

・もしかして、刃が潰れてる?


 一人の視聴者が刀の違和感に気が付いた。


「はい、その通りです。一応、頑張れば切れなくもないですけどね」


 刃があるはずの部分に触れる。しかし、切れることはなくただ冷たい感触だけが返ってきた。刀を鞘に戻し、腰に差す。もともと差さっていた刀もあるため、日本も刀を装備している状態だ。


 真那が二本の刀に手を触れさせる。それこそが普通であったかのようにどこか安心感を覚えた表情をお面の下で浮かべた。


「では、行きましょうか」


 すっと視線を細め、扉のほうへと歩みを進める。目前にそびえる扉の絵を一瞬見たかと思えば、両手で扉を押した。


コメント

・おぉ! ボス戦だー!

・ペット狩りだー!

・ペット狩りて草

・妙な安心感があるんですがこれは

・命の危険がないからね、マリナちゃんにとっては。というか、ただペットにするためだけに挑んでいるようなものだし

・たぶん、マリナちゃんって40層の攻略経験あるよね? 配信のためにこの辺りの層にいるだけでもっと下の層が普段の活動場所なんじゃない? 

・その読み合ってると思う


 妙に盛り上がる視聴者たちがいる一方で落ち着いている様子の視聴者たちも居た。本来なら、前者に加えて緊張してる者たちがいるはず。真那の強さを知るが故の安心感であろう。


 一部の人は真那が40層を攻略した経験があることを察した。そして、いつもはもっと下の層に居ることも。ただ、その人たちでも真那がダンジョンを完全攻略してしまっているなんてことは予想だにしていない。


 それだけ、ダンジョンの完全攻略というものが不可能だと思われていることの証明でもある。


『グルル……』


 暗いボス部屋の奥で淡く光り輝く赤い二つの瞳。ゆっくりと歩み寄ってくる。真那の侵入を感知して仕掛けが動く。ボス部屋に明かりが灯る。


 真那の身長の二倍以上の体高を持つ、巨大なオオカミ――サブスプ・ヴァナルガンドの姿が露わとなる。真っ白な体毛がその身を覆う。硬いしっかりとした毛並みだ。並みの武器では攻撃が通用しないことを如実に示していた。


 この武器で何とかなるかなと思う真那。本当に飼い慣らすことができるのかと少し不安になりつつ、刀を抜いた。


『グルル……』


 警戒するように身を軽くかがませた巨狼の鳴き声がより一層低くなる。飛び出さんと時期を見計らっているようだった。真那も視線を強くして、警戒レベルを引き上げる。


コメント

・緊張感ヤバイ

・この静かな空気感めっちゃ緊張する

・わくわく

・安心して見れると思ってたのに緊張しすぎて手汗やばい

・全然安心できねぇ


 刀を構えつつ、巨狼から視線を外すことなくゆっくりと動く。ゆっくりと部屋の中を回るように動きながら、近寄ることなく離れることもない同じ距離を保っている。視線は互いに相手から全く外れない。


 緊張感溢れる、静寂が支配した空間が続く。


 そして、ふと何かを思い立った真那が左手をお面へと伸ばす。


 一瞬だけ視線を空を飛ぶドローンに向ける。こちらの顔が映らない角度に居ることを確認する。巨狼は真那の視線が外れたことを認識したらしく、地面を蹴って真那の方へと走り出だした。


コメント

・動いた!

・来るぞ!

・どうなるのこれ!?


 その巨狼を見つめつつ、真那が少しだけお面をずらした。発動していた隠蔽が解除される。


 そして、その瞬間。


『ワン!』


 巨狼こと40層ボスのサブスプ・ヴァナルガンドが慌てたように立ち止まり、お腹を見せながら大きく鳴いた。


 

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