第17話 漏れ出る笑い声



「ふふっ……」


 思わず声が漏れた。その声を聞いて真那は無意識のうちに口角が上がっていたことに気が付く。狐のお面が表情を隠しているため、配信映像では分からない。少し安心しつつ、元の表情に戻そうとした。でも、戻せなかった。


 気持ちが抑えられない。込み上げる感情が溢れそうになる。


コメント

:スゲー

:剣筋が全然見えない

:えっ? なんか不気味な声聞こえたんだけど

:笑い声? 何かのホラーですか?

:ナニナニ? 幽霊でも出たの?


「……ふふっ…………」


 漏れ出る声を止められない。


「アハハハハ……!」


コメント

・ひえっ!

・マリナさん!? 何があったんですか!?

・うん、まぁ、下層でノンストップ戦闘繰り広げている人が戦闘狂じゃないはずないよね

・下層に居る人たちってみんなあんな感じなのか

・それは流石に偏見。まぁ、七割ぐらいはその……。うん……


 真那の目に焼き付いている朱莉の姿。


 11層のボスを討伐する時。真那は朱莉へ攻撃が当たらないようにちゃんと守るけど、わたしは一切攻撃をしないと告げた。朱莉はしっかりと真那を見据えて力強く頷いた。


 強い意志を宿したその瞳。見入ってしまった同時にぞくりとした感覚を覚えた。まさかもう化けたの? 浮かんだ疑問はすぐに解消された。ボス部屋と踏み入れる二人。真那が攻撃をいなし続ける中で、朱莉は魔術へ意識を集中させた。


 魔力を操作し、集中させ青白い炎で矢を形作る。そして、放たれたそれは真っ直ぐにボスの心臓を貫き、骸を燃やし尽くした。


「ふふっ……アハハ……」


 笑い声を漏らしながら、まだまだ加速し続ける。生み出される骸や光の粒を置き去りにして、進み続けている。


コメント

・なんも分からん。というか何も見えないんだけど!? スマホ壊れた!?

・お使いの端末は正常ですってテロップいるだろ

・動きが速すぎて映像に残らないんですが、これ。取り敢えず、足跡だけは追える。散らばるドロップアイテムで

・信濃マリナ映像に映らなくなった件

・めちゃくちゃ頑張って映像をスローにしてるけど、それでもぎりぎり分かるか分からないかの瀬戸際なのマジでヤバイ

・あのー、マリナさん? ちょっと速度を落としていただけると嬉しんですが


「……あっ…………」


 真那はチラチラと視界の端で忙しなく動いている存在に目を向けた。その正体は仮想スクリーンに表示されているコメントの数々。集中しているがために。狂喜乱舞していたがために配信していたことが頭から抜け落ちていた。


 冷や水を頭からかぶせられたかのように急速に冷えていく頭。温まっていたはずの身体も一瞬にして冷めていく。


「…………」


 テンポが崩れて速度が落ちる。それでも、モンスターを切り伏せられているのは真那の技術力の高さあってのものだ。


コメント

・遅くなってきた?

・なんかさっき、我に返ったみたいな声出してたような

・配信してたの忘れてたね、絶対

・そんなまさかー……ないよね?

・ないはず! たぶん!


「…………」


 無言で刀を振るい続けている真那は一切感情の乗っていない目をしていた。迫り来るモンスターの一瞬の合間を縫って、刀を一思いに振るった。


 音はなく。ただ振るうだけだった。しかし、生み出された斬撃は無数のモンスターを切り裂き、壁に大きな爪跡を残した。


コメント

・ひぇっ……! 何か分からんけど、めっちゃ寒気した

・画面越しにも感じる殺気。自分、何かに目覚めそうになったんですがどうすればいいですか?

・うぅ、わたし惚れちゃいそう!!

・くわっ! 百合の波動を感じたぞ! どこだ!?

・お前、どうやって感知してんの? まじ怖いんだけど


「はぁ……」


 ため息をつく。気分が乗ったからと言って我を忘れ、見てくれている人たちのことを考えない動きをしたのは反省すべきだ。


 いつもは声を上げないものの、体が温まって来るとあんな感じになっているんだなと再認識した。一人で動いている時は問題ない。これからもそれでいい。そう思っていた少し前なら、気にしなくても良かった。


 しかし、今後誰かと行動することを視野に入れている今はしっかりと考えるべきだ。


「動きが速すぎる件については考えないと駄目ですね。加減をしつつ、モンスターはしっかりと倒せる丁度よい速度を見極めるないといけませんね」


 真那は刀を鞘に納めつつ、自身の問題点を口にする。


コメント

・合ってはいるんだけど、何だかなぁ……

・加減しても危なくなるとかの問題はないんですね

・動き速すぎて映像に残らないってホント

・えっと、頑張ってください?

・普通は全力出したってそうはならんのよ


「まぁ、この件はまた後日考えることにします。今は……」


 真那はそっと視線を目の前に佇む巨大な両開き扉へと向ける。


 華美な装飾はされておらず、質素な感じの扉。しかし、扉には狼たちの姿が彫られている。中央には両方の扉に跨る様に巨大な狼の姿が描かれていた。


 ボスの姿を簡易的ではあるものの、表しているそれを真那はじっと見つめる。


コメント

・薄々気が付いてたけど、やっぱりボス部屋前まで来てたんだ。手早く攻略するが現実になるなんて思ってもなかった

・ボス部屋の扉ってあんな感じなんだ。なんか古代の遺跡を見てる気分になる。実際、いつの時代に誰が作った物なんだろ?

・攻略速すぎ。いや、めっちゃ動き速かったから納得はできるけど。流石に早すぎて頭おかしくなるわ

・マジで手早い攻略だった。ボスには挑む感じですか?

・ボス行くの? またワンパン?


「挑むつもりなのはいいのですが、普通に倒すのは味気ないなと思いまして。少し趣向を凝らしてみようかと考えているんです」


 普通に攻略した場合、前の39層と同じく一撃でボスを倒して終わってしまう。それでも構わないと言えば構わない。ただ、見ている方としてはつまらない可能性は感じていた。


 だから、何か工夫を凝らしてみようと思った。真那にとって危険性がないこの層であるからこそできることだ。


「そうですね……。ちょ、コホン……。飼い慣らしてみましょうか?」


 真那は長年してみたかったことを試してみることにした。



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