第14話 変わるための一歩
「じゃあ、手を出して」
「は、はい」
朱莉は真那に言われるがまま、右手を差し出す。真那が左手で支え、右手の指で掌に触れる。朱莉は指の腹で撫でられた掌がくすぐったくてほんの少し肩を震わせた。
「魔力を流してみるから、自分の魔力がどうなっているのか感じてみて。焦らずにゆっくりでいいからね?」
「はい……」
真那が優しく語り掛けた。そっと頷いた朱莉は集中するため、目を閉じる。
真那はそのことを確認したと同時に自分の魔力を朱莉へと流した。本来魔力を受け渡すのであれば波長を合わせることが必要になる。しかし、今回は魔力が反発するようにわざと波長を合わせずに流す。
体内から押し出すように魔力が抵抗してくる。その動きは感じやすいため、魔力の動きを感知するのにはいいきっかけとなる。真那もそれをして貰ったことをきっかけで時間はかかったが、魔力の動きを感知できるようになった。
「ん……」
流し始めた瞬間、朱莉が僅かに眉を動かした。
「どう?」
「なんか動いているような? 押し返そうとしてるような? そんな感じがします」
「その調子でいいよ。その感覚に集中して」
早くも感覚を掴み始めていることに目を見開く。まだぼんやりと感じる程度ではあるだろう。
だが、違和感を感じるだけならばまだしも、反発している状態を感じるのは明らかに異常だ。もっと時間がかかると真那は思っていた。その予想を簡単に覆してしまう程の魔術系の才が朱莉にはあった。
「もしかしたら、これも分かるんじゃないかな?」
真那は朱莉の魔力をほんの少しだけ自分の魔力で絡み取って、彼女の体内から引き出す。
「なんか、魔力が取られた? そんな感じがします」
「なるほど」
しかし、朱莉はすぐに気が付いてしまった。
「分かった。じゃあ、これで終わり」
「えっ? もうですか? まだほとんど何も……」
真那が朱莉の手を離し、告げた。朱莉は呆気にとられた様子で、茫然と立ち尽くす。まだ始めてから時間はほとんど経っていないにもかかわらず、終わりだなんて訳が分からなかった。
「篠原さんは最後にやったこと、ちゃんとわかったでしょ?」
「は、はい。でも、あれで何故もう終わりになるんですか?」
「余程じゃなければあれは感知できないの。それぐらい小さい魔力しかとらなかったから。わたしだって最近になってようやく感じられるようになったぐらいだよ」
朱莉の規格外さに頭が痛くなってきた真那。
本来、魔力を取り出すこと自体初めての相手にするようなものではない。ほんのわずかの量を取り出すのであれば、何年も修練を続けた人がようやく気が付けるレベル。その点で言えば、真那もある意味で規格外ではある。
しかし、朱莉ほどではない。普通なら取られた魔力の大きさが小さすぎて気が付かない。
「あんなにしっかりと感知できるなら、もう少ししたら魔力操作スキルを獲得できるかもしれない。正直に言って今のわたしに教えられることはもうないよ」
「そ、そうですか……」
どこか残念そうな表情を浮かべる朱莉。そんな姿に真那は首を傾げた。いいことなのになんでショックを受けているのだろうかと。
朱莉としてはもっと真那と共に過ごしたかった。やることがないとなれば、もうこの時間も終わってしまうかもしれない。そう思ってしまった。
「篠原さん、スキルって何か知ってる?」
ふと何かを思いついた真那は突然朱莉へ問うた。
「どうしたんですか急に?」
「いいから。答えて」
「えっと、できることを示すものですかね?」
スキルがあるということはその名が示す事柄をできるということ。魔術スキルならば、魔術を使える証明。剣術スキルならば、剣が使えることの証明。しかし、本当は少しだけ違う。
「そう。スキルがあるってことはその技を使えることの証明なの。でもね、スキルがないからってその技が使えない証明じゃないの。まぁ、感覚系のスキルに限った話ではあるけどね」
「えっ……?」
朱莉は初めて聞く話に驚きを隠せない。スキルがなければできない。それが常識だ。感覚系のスキルは所持していなくとも扱える。そんな話は一度も耳にしたことがなかった。
感覚系のスキルには他のスキルと同様に獲得条件がある。例えば魔力操作は魔力を一定以上操作できる上に魔術系スキルのランクがEに達していること。つまり、条件に達してないため獲得はできないが、魔力操作自体はできるということだ。
「そのことを踏まえて、九条さん。ボスに挑んでみる?」
真那は背後にあるボス部屋へと視線を向けつつ、そう言った。朱莉は言葉が出て来ず、目を見開いたまま固まってしまう。
「そ、そんなの無……」
数瞬経った後、絞り出すように言葉を告げようとした。
しかし。
「わたしができるって言えば、やる?」
「それは……」
思わず、視線を逸らす。朱莉はその問いに答えられたなかった。たぶん、言われたらその言葉に従ってしまう。そう思ったから。
「本当にいいの?」
「えっ?」
「誰にも指図されずに自分で決めなくて?」
「っ……!」
朱莉の瞳の奥に宿っている強い意志。未だその姿は表に出ていない。でも、それが嘘だった。そうは思いたくなかった。だから、問いただす。
「…………」
顔を伏せて黙ってしまった朱莉。
自分を変えたいと願う朱莉。その願いを叶えるきっかけになればと思って、探索者になり、配信者になった。しかし、結局変われなかった。今も昔も誰かに流されるままだ。
そんな自分が嫌だ。だから。
そっと顔を上げる。
「わたしは……」
真那の問いに朱莉は……。
「いつか化けるとは思ったけど……」
帰りしなのバスの中。真那はポツリと呟いた。
「まさかもうそうなっちゃうとは思わなかったあなぁ……」
真那にとっては何とも思わない。むしろ嫌悪感すら抱いてしいまうその街並み。今日は少しだけキラキラと輝いている。そんなふうに感じられた。
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