第13話 天才と天才
真那が鞘から刀をそっと抜く。
朱莉は見入るようにとその姿に視線を奪われている。誘われるようにふらりと一歩を踏み出そうとした。
「危ないから少し離れてて」
「は、はい」
しかし、その姿に気が付いた真那に注意を受けた。はっと我に返った朱莉は早足で元居た場所から移動する。
真那から少し離れたところ。刀を振るったり魔術を使ったりしても問題なさそうな距離で立ち止まった。十分離れていることを確認してから振り返る。真那の姿を再び視界の中に入れる。
朱莉が十分に離れた上でこちらを見ていることを確認した真那は口を開く。
「見せられるのは付与魔法だけだから、参考程度と思っていていいよ。まずは魔力操作をしない場合の付与魔術から」
そう言いつつ、朱莉が見えやすいように刀を前へと突き出す。
「炎よ」
そして、詠唱式を唱えた。その言葉と共に刀が炎を纏う。
大きな炎ではない。刀の周囲を薄っすらと覆っているだけ。炎の厚さは大体2~3センチ程度だろう。真那が刀を振るうと纏っている炎は少しだけ揺らいだ。生み出されら火の粉は一瞬で消える。
刀を振るうだけなら、そこまで離れなくても良かったかもしれない。そう思いつつ、朱莉は自分のいる場所と真那のいる場所へ視線を交互に向かわせた。もう少しだけ近づこうかなと思った。しかし、実行はできなかった。
「じゃあ、次は魔力操作をした時ね」
そう言いつつ、真那が勢いよく刀を振るうと纏っていた炎が消え去る。朱莉の頬を微風が撫でる。近寄るタイミングを失ったと思っていた朱莉は下手に動かなくてよかったと思い直した。
下手に近づけば生み出された検圧によって吹き飛ばされていたかもしれない。そう悟ったからだ。先程までよりも若干後ろへ下がる。
そして。
「炎よ」
「きゃっ……!」
刀が巨大な炎を纏った。先程までの炎とは比較にはならないほどの熱量と規模。吹き荒れた熱波に朱莉は思わず、頭を押さえて悲鳴を上げた。
「あっ……」
少し間を置き、おずおずと朱莉が目を開くとそこには炎によってその身が延長された刀があった。纏う炎の厚さは先程のものとは比較にならない。ゆらゆらと揺らぐそれは50センチ近くあるかもしれない。
ふと何かを思い立った真那は刀をゆったりと振るいながら舞い踊る。真那が軽く振るうたび、軌跡には火の粉が残され、舞い散る。
真那の持つ剣舞スキルによって、炎の威力は徐々に増していく。空高く舞い上がる火の粉たち。薄暗いダンジョンを仄かに照らすそれらは降り注ぎ、地面へと触れた瞬間その身を消す。
赤く染まったその空間で真那の長い黒髪がふわりと靡いた。
「……綺麗…………」
ただその一言に尽きる。
それ以外の言葉が見つからなかった。見惚れ、引き付けられる。ただ黙ってその姿を見続ける。その目に焼き付けんばかりに。
そうして、時間が少しだけ流れた。
「これでおしまい」
「あっ…………」
真那はその言葉と共に魔術を消す。消えて行く炎。周囲を舞っていた火の粉たちもゆっくりとその姿を減らしていく。残念そうな声を上げてしまう。
最後に残った火の粉が地面へと触れ消える瞬間を朱莉はどこか寂しそうな表情で眺めていた。
「篠原さん、何となくわかった?」
「あっ、えっと……」
どう言ったものかと迷い、朱莉は口を閉ざす。ただ純粋に真那が舞う姿を見ていた。見惚れていた。そして、見入っていた。だから、他のことなんて考えていなかったのだ。
魔力操作を実演するために見せてくれた魔術。それを無駄にしてしまった。そう思うと何も言えなかった。
「まぁ、さっきみたいにただ威力を増す以外にもいろいろとあるんだけど……。やっぱり見ただけじゃあ、分かりにくいよね?」
「す、すみません」
苦笑交じりに話す真那。その姿に肩をびくりとさせた朱莉は慌てて頭を下げる。
わざわざ九条さんが見せてくれたのに何やってるの、わたし! という感じで後悔していた。敬語が抜け落ちてしまう程に悔やんでいるのは彼女の性格故か。はたまた相手が真那であったからか。
「謝らなくていいよ。もしかしたら何か掴んだかもって思っただけだから」
「うぅ……」
「正直に言って、それで掴めるならわたしが教える必要ないし……」
真那とてあれだけで何かが分かるだなんて思っていない。そんなことは自分にだって無理だ。そう思うから。見て、そこから時間をかけてようやく何かを掴めるもの。
そこまで過剰な期待はしていない。手取り足取りゆっくりと教えていく。そのつもりだ。
「あ、でも、魔力は分かります!」
「へ?」
ふと思い出したように朱莉が告げた。一瞬何を言われたのか分からず、真那は間抜けな返事をしてしまった。
「自分の中にある魔力は認識できます!」
「えっと、それってさっきので?」
「いえ、そういう訳じゃなくて……。昔、魔力って認識できないのかなってやってたら、その時に分かるようになったんです。はっきりじゃなくとぼんやりとあるような感じがするってだけですけど……。あははは…………」
朱莉は顔を背けて少し恥ずかしそうに告げる。
当時はテンションが上がりすぎて、痛々しい思考回路になるような特殊な病気に罹っていた。当時は魔力よ、動けと家で叫んでいた。家族居ないため、誰にも聞かれなかったのは幸いだろう。
ただ完治した今でも当時のことを忘れられず、思い出しては心にダメージを受ける羽目になっている。残されたものは大きかったようだ。
「な、なるほど」
真那は動揺を隠せなかった。
さっきので出来たのかと思ったがそうではなかったらしい。しかし、認識できているという話は真那にとって驚愕するような事柄であった。まさか何も知らない状態でその領域に足を踏み入れるとは思いもしなかったからだ。
明らかに異常。誰もがそう断言するようなことだ。
「(篠原さんって普通の人じゃなかったけ?)」
もしかしてこっち側? なんてことを思った真那。魔力を認識できるかなと色々やった結果認識できた。それが偶然の産物であったとしても、早々できるようなことではない。
ある種、天才に分類されるような人間でなければ。このまま教えていたらどこかで化けるんじゃあ。そんな思いと共に強い興味が湧いた。自分についてこられる人間かもしれない。そう思うと、ワクワクせざるを得なかった。
「ふふ……。なら、早速次の段階に進みましょ!」
思わず笑みがこぼれる。朱莉は目を逸らしていたため気が付かなかったが、その笑顔は少々恐ろしかった。見なくて良かったのやら。見ておいたほうが良かったのやら。どちらが良かったのは誰にも分らない。
逸る気持ちを抑える。しかし、声音から滲み出る嬉々とした雰囲気は誤魔化せなかった。
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