第9話 堅実と無鉄砲



 真那が11層に転移すると、周囲は静かだった。


 先週のイレギュラーもあっていまだ様子見をしている人が多い。ダンジョン自体には潜っている人も居る。しかし、それは上層が大半だ。イレギュラーの発生した場所である中層はまだ来たくないらしく、現在は両手の数で数えられる程度の人しかいない。


 10年前の事件を経験している層が警戒し、当分は潜らないように注意を呼び掛けているのだ。もちろん、全員とまでは行かない。個人に対する呼びかけは行き届かない場合もある。


 実際、朱莉も真那もそういった話を耳にしたことはない。今潜っている人たちも耳にしていない人の方が多い。知っているうえで来ている人も居るが。


「あっ、九条さん!」

「篠原さん、遅れてごめんなさい」

「いえ、大丈夫ですよ。わたしも今さっき来たばかりですし」


 転移門の近く。部屋の隅の方で待機していた朱莉が走り寄って来た。


 真那は朱莉が先週大怪我を負ったトラウマであまりうまく動けなくなっている可能性も考えていた。今の感じを見る限りでは問題がなさそうだ。胸を撫で下ろした。


 ただ、モンスターと接触した場合もこのままであるとは言い切れないため、しっかりと見ておくに越したことはない。


「そう言えば、今日の着物は白基調の物なんですね」


 今日着ている着物は白を基調としたものである。以前は黒を基調としたものだったため、朱莉は随分と雰囲気が違うなと思ったのだ。どちらを着ていても清楚な雰囲気である。


 しかし、白を基調としているものの方が黒髪が映えるため、目を引く。実際、この姿で歩いていると男女問わず、道行く人の多くが真那の姿に見惚れていた。真那自身はそのことに気が付いていない。


 何かみんなこっち見ている気がするけど、気のせいだよね? そんな感じで見惚れられているだなんて全く思っていない。


「魔道具だから色を変えられるだけで、前着ていた着物と同じものだよ」

「えっ……。じゃあ、それってかなりのお値段だったんじゃあ……」

「いや、素材は持ち込みだったし、そこまでしなかったと思うけど」


 朱莉は着物の詳細を聞いて後退りした。ちょっと触れるのすら恐ろしいと言わんばかりの反応。どうしてそこまで過剰に反応するのか。理解できなかった真那は首を傾げた。


「だからって、そんな軽い感じには……。いや、えっ、ホントに?」


 真那の本当にそれ程お金が掛かっていないような反応に頭が混乱してしまう。まさか本当にそこまでの値段じゃない? いや、聞いたこともないような魔道具なんだからそんなはずは……。などなど。


 魔道具と言われるものはいくつかある。具体的に言うと防具や武器などだ。大量生産されるようなものもあるため、全てが高価という訳ではない。魔石を動力とした照明や時計等は1万円前後で購入できるものだってある。


 武器は防具とて、その程度で買えるものは存在している。しかし、オーダーメイドの品や一点ものとなると話は変わってくる。そう言ったものは安くても1000万円以上。記録として残っている100億円の額が付けられた聖剣が最高額の魔道具とされている。因みに真那が使用している刀――家宝として家にあった物はそれ以上のものだ。


「えっと、大丈夫?」

「あっ、はい! 大丈夫です!」

「そ、そう……」


 真那はブツブツと呟いている朱莉を心配して、声を掛ける。すると、ちゃんと返事は帰って来た。ただ、まだ混乱から抜けられていないらしく、挙動不審だった。


「じゃ、じゃあ、行きましょう!」

「えぇ」


 気を取り直し、朱莉はモンスターが闊歩する通路へと進んでいった。真那はその背中を追いかけるように歩き出した。






「ファイヤーボール」


 その言葉と共に構えた杖から火の玉が出現し、モンスター――ゴブリンに向け飛翔する。


『ギァァァ……』


 それは着弾と共にゴブリンへ纏わり付き、皮膚をじわじわと焼いていく。ゴブリンは多少の抵抗を見せたものの、炎を払うことはできず悲鳴を上げて倒れた。そして、光の粒に変わる。後にはドロップ品が残った。


「よし」


 朱莉は小さくガッツポーズをした。周囲を確認つつ、ドロップ品を確認しに行く。拾い上げると腰に巻いているアイテムボックスに入れた。


 その姿を真那を何とも言えない表情で眺めていた。この場所に潜っていた頃なんてドロップ品になんて目もくれず、モンスターを斬りまくっていたなと思い出していた。


「普通はこんな感じなのか」


 自分の異常性。薄々気が付いていたものの、それを目の前で示されたような気分だった。法律上、未成年はアイテムを換金できない。ただし、取っておけば成人後に換金できる。そのため、拾っておく人がほとんどだ。


 50層の攻略報酬でステータス画面内にアイテムボックスをセットするスロット。60層の攻略報酬でドロップ品の自動回収スキル。これらによって真那も今では回収はしている。


 魔道具を作って貰うための素材集め時は気にしているものの、普段はドロップ品になど全く眼中になかった。


「九条さん、どうでしょうか?」


 朱莉はニコニコと笑顔を浮かべながら、振り返る。真那はどう反応すれば分からず、何も言えなかった。難しそうな表情を浮かべている。


 正直に言って、弱かった。


「篠原さん、因みにレベルっていくつ?」

「100ですね」


 11層の攻略最低基準である100にしっかりと到達していた。基準を無視して突き進む命知らずな真那と違って、堅実的に攻略している。


 レベル自体は11層攻略時の真那よりも上。それにも関わらず、総合的な能力が低い。恐らく、スキル系の習熟がかなり低いだろうなと思った真那。スキルがしっかりと育てていれば基準に達していなくとも、何とかなる。


「すぅー。スキルって何があるの?」

「魔術スキルだけですけど」

「ランクは?」

「えっと、Fですね」

「はぁ……」


 予想だにしない答えが返って来て溜息をつく。ここまで来て、まだスキルが一つだけしかない。その上、スキルランクは最低。一体全体どうなっているのか分からなかった。普通に戦っていればランクはEに到達し、新しいスキルも芽生えているはず。


 ならば何故? そう負った瞬間一つの結論が頭の中に浮かんだ。


「もしかしてだけど格上と戦ったことある?」

「ないですね」


 天を仰ぐ。堅実が故に朱莉は格上と戦うのを避けていたのだ。


 攻略を進めていく中で格上とは確実に相まみえる。その格上との戦闘で熟練度を得て、成長していく。同格との戦闘で手に入る熟練度は0~1。格上とならば最低でも10以上。


 朱莉が同格や格下としか戦っていないのであれば、スキルが成長していないのにも納得できた。


 真那は笑みを浮かべた。朱莉はきらきらとした目で真那を見つめている。


「取り敢えず、レベルは無視してボスまで進もうか?」


 そう言った真那の瞳は全く笑っていなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る