第10話 続く言葉は斜め上
「無理! 絶対に無理です! 死んじゃいますー!」
朱莉は目に涙を溜め、叫んでいた。手足を懸命に動かしているものの、空を切るばかりだった。真那によってまるで米俵を担ぐように肩へ抱えられている朱莉。脱出するために腰に回されている手を何とか放そうと足掻く。
しかし、二人の間には絶望的なまでの力の差がある。今の朱莉がいくら足掻いたところで意味はなかった。
「ホントに! もう、お家に帰してください!」
もう家に帰って温かいお布団で眠りたい。朱莉はそんなことまで思い始めていた。
そんな朱莉を抱えている真那はお願いをまったく気にもせず、ダンジョンの奥へと歩みを進めていた。声音からは若干恐怖心が感じられるものの、まだ余裕がある。そう感じたが故の無視だった。
真那自身は普通の人はどの程度で無理なのかがよく分かっていないため、今は朱莉がイレギュラーで死にかけた時の様子を参考に考えている。声が出るのなら。身体が動くのなら。まだまだ問題はない。そのように考えていた。
あれから少し時間が経ち、現在は11層の中盤に差し掛かっていた。疲れを知らないのかいまだに暴れ続けている朱莉。
「はぁ……。鍛えてって言ったのは篠原さんでしょ?」
「だからって無茶苦茶です!」
真那が立ち止まり、朱莉に声を掛ける。その声音には呆れの感情が混じっていた。
「レベリングなしで突き進むことは危険なんですよ!?」
「そうなの?」
「そうです!」
朱莉が力強く答えた。しかし、真那はピンと来ていないようで首を傾げる。
「16層以降はあまり関係ないでしょ?」
「えっ?」
「知らなかったの? 16層以降はその階層のレベル上限に達しているモンスターが最初から湧いているよ」
「マジですか?」
「マジだよ」
朱莉は真那から伝えられた驚愕の事実に目を見開いた。今まで通りにやっていける。そう思い込んでいたらしい。
今から格上と戦うことに慣れていなければ、踏み入れた瞬間その命の炎が吹き消される。そんな事態になりかねない。もし朱莉がイレギュラーに遭遇せず、真那と出会わなければそんな未来もあったのかもしれない。
「分かってます。そんなことは…………。でも……」
「でも?」
「安全に攻略したくないですか?」
朱莉は儚い笑みを浮かべた。
それを何となく察した真那は表情を全て落としたような無そのもの。そんな表情に変化させた。雰囲気で何か嫌な感覚に襲われた朱莉は体を強張らせる。そして、身構えていた所で何の躊躇いもなく告げられる残酷な宣言。
「よし、行くよ」
前よりも速度を上げて、どんどん奥へと突き進んでいく。何が起きたのか分からず、呆気に取られていた朱莉。ぼんやりと周囲を見渡すと明らかに景色の移り変わりが早くなっていた。そこに来てようやく状況に気が付く。
焦りを滲ませる朱莉は口を開く。
「待ってください! なんでそこで止まってくれないですか! そこは止まるとこですよね!?」
「そう……」
抑揚のない平坦な声に身を震わせつつも、朱莉は再度口を開く。
「まずは一つレベルが上の相手から戦って、徐々に上げて行けばいいじゃないですか!?」
「そう……」
「だから、その……」
「そう……」
「止まってくれません?」
「そう……」
幾度声を掛けても帰ってくる言葉は同じ。声音も平坦なままだった。
抵抗をやめて、だらりと身体から力を抜く。手足が揺られて、プラプラと左右に揺れ動いている。薄く開かれた瞼の奥から除く瞳。地面へ向けられているその眼からは弱弱しい視線しか感じられなかった。
「全く聞いてくれない…………」
そっと呟く。朱莉らしい明るい声音はもうそこにない。絶望しきったような声だった。流石にそれは良くないなと感じた真那は優しく声を掛けた。しかし、掛けられた言葉は朱莉を更なる絶望に導くもの。
「篠原さん、そこまで心配しなくてもいいよ。ボス部屋に近いモンスターでも中層に居る以上、弱いから」
「それが無理なんです! さっき戦ったモンスターよりもすごく強いんですから!」
「差なんて微々たるものだよ。実際、人が一日ぐらい鍛えたって大した変化はないでしょ?」
叫ぶ。力を絞り出して出した心からの叫びだった。もしかしたら止まってくれるかもしれない。そんな淡い期待がその叫びの裏にはあった。願いが込められた叫びを聞きくも、真那には全く響いていない。
9レベルもの差を微々たるものと言ってのけてしまった。
「微妙に分かり辛い例え! と言うか、9レベルもの差をそんな大したことないみたいに言わないでくださいよ!」
認識の違いだ。100レベルも差がある格上の相手と戦った経験のある真那にとって、9レベル程度は気にするようなものではない。だから、普通の人でも戦う相手だから全く問題がないと考えていた。
朱莉は同レベルの相手としか戦ったことがないため、一つ上の敵ですら驚異の対象だ。それが9レベルも上となれば、危なくなれば真那が助けてくれる。そう思っても恐怖で足がすくんでしまいそうになっていた。
因みに二人とも知らないことだが、8レベル以上の差があれば引くのが普通である。苦戦したり最悪命を落としたりすることもあるため、できれば戦わないほうが良いとなっているのだ。もちろん、そんなことを気にせず突っ込んでいく人はいる。実力者などはその傾向が強い。真那もその例に漏れず、突っ込んでいく人である。
「でも、実際大して変わらないよ?」
「変わります」
真顔で言い切った。今までの泣き顔が嘘だったかと思えるほどの変化の早さだった。
「いやいや。首を斬り飛ばしたり、核を潰したりすれば一撃で仕留められたよ」
「それができたら苦労しません! できないからレベル上げするんです!」
「…………そう……」
無茶を言うな。そう言葉からは伝わって来た。
真那は少し考えるそぶりをしたかと思えば、すぐに何かを決めたような表情へと変化させる。立ち止まり、朱莉をそっと地面へ下ろした。混乱している朱莉を横目にアイテムボックスを開き、狐のお面を取り出す。
「えっと、あの……。何故ここで降ろすんですか?」
真那が朱莉を下ろした場所。それはボス部屋の目の前だった。この層に居る通常モンスターの中でも一番上のレベルを持ったモンスターたちがうろつく危険な場所だ。
「あなたは死なないわ」
「く、九条さん……!」
真那がアイテムボックスから取り出した狐のお面を顔に付けるながら、優しく言葉を投げかけた。お面に付与されている隠蔽のよってオーラが消えた。それにより逃げていたモンスターたちは普通に徘徊し始める。
真那と朱莉に気配に気が付いたモンスターたちがゆっくりと近づいてくる。遠くに姿があるそれらをバックに朱莉は期待に満ちた視線を真那に向けていた。
あぁ、救いはあったんだ。これで安心できる。そう思った。
「回復ポーションはしっかりと持ってきているから」
わたしが守るから。そんな言葉が続く。そう思っていたのに実際は安心できるが安心できない言葉が続いた。
「何かそれ違います!!」
思わず、そう突っ込んだ朱莉は悪くないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます